『日本式 基督論』第五章 新井白石の『西洋紀聞』


 新井白石(1657~1725)は、江戸中期の儒学者であり政治家です。『西洋紀聞(1715年頃)』は、新井がイタリア人宣教師シドッチ(Giovanni Battista Sidotti, 1668~1714)を尋問したときの記録をまとめたものです。

 シドッチは、イタリア人のカトリック司祭です。1704年からマニラで日本語を学び、1708年にスペイン船で屋久島に上陸後に捕らえられ、江戸の小石川切支丹屋敷に幽閉されました。

 ここでは、『新訂 西洋紀聞』(平凡社)を参照していきます。




第一節 シドッチ(シローテ)について

 司祭として活動していたシドッチは、日本における宣教師の布教活動や日本信徒の殉教を知り、日本行きを決意しました。日本には侍の姿に変装して屋久島に上陸しましたが、捕らえられ長崎へと送られます。翌年、江戸に護送されます。幽閉されているシドッチに、新井は会いに行ったのです。



 大西人に問ふに、其姓名郷国父母等の事を以てす。其人答て、我名は、ヨワン・バッティスタ・シローテ、ローマンのパライルモ[Palermo]人也。



 新井がシローテと聞き取った人物は、シドッチのことです。ここに、歴史的な出会いが実現したのです。

 新井はシドッチについて、〈博聞強記にして、彼方多学の人と聞えて、天文地理の事に至ては、企(て)及ぶべしとも覚えず〉と評しています。〈謹告にして、よく小善にも服する所ありき〉とも評しています。要するに、新井はシドッチのことを、慎み深くて科学的な知識が豊富な人物だと評価しているのです。

 また、シドッチがはるばる日本へ来たことを次のように記述しています。



 男子其国命をうけて、万里の行あり。身を顧ざらむ事は、いふに及ばず。されど、汝の母すでに年老いて、汝の兄も、また年すでに壮なるべからず、汝の心におゐて、いかにやおもふと問ふに、しばらく答ふる事もなくて、其色うれへて、身を撫していふ。



 新井は、男たるもの国家の命令に従うのはやむを得ないことだと理解しています。それにも関わらず、その男にも肉親があることも理解しているのです。それは日本では、忠および孝と呼ばれるもののことです。ここで新井は、シドッチに同情や共感を寄せているのです。ここには、偉大な人物同士の心の交流があるのです。



第二節 形而上と形而下

 新井は、形而上と形而下という言葉を用いてシドッチの述べたことを説明しています。



 其教法を説くに至ては、一言の道にちかき所もあらず、智愚たちまちに地を易へて、二人の言を聞くに似たり。こゝに知りぬ、彼方の学のごときは、たゞ其形と器とに精しき事を、所謂(いわゆる)形而下(けいじか)なるものゝみを知りて、形而上なるものは、いまだあづかり聞かず。



 形而上や形而下は、古くから使用されている言葉です。漢書『易経』[繋辞下]には、〈形而上者謂之道、形而下者謂之器(形よりして上なる者、之れを道と謂う。形よりして下なる者、之れを器と謂う)〉とあります。形而上は精神的方面を対象とし、形而下は物質的方面を対象とすると解してよさそうです。

 要するに、新井は教法を説くシドッチは愚者であり、天文地理に通じたシドッチは智者だと言っているのです。新井は、西洋の形而下については価値を認めているわけです。

 それでは、シドッチの説く教法、つまりはキリスト教についてはどうでしょうか。



第三節 キリスト教について

 新井はキリスト教について、論理的に考察しています。まず天地創造について、新井は次のように記しています。



 今西人の説をきくに、番語デウスといふは、此に能造之主といふがごとく、たゞ其天地万物を剏(ハジメ)造れるものをさしいふ也。天地万物自ら成る事なし。必ずこれを造れるものありといふ説のごとき、もし其説のごとくならむには、デウス、また何ものゝ造るによりて、天地いまだあらざる時には生れぬらむ。デウス、もしよく自ら生れたらむには、などか天地もまた自ら成らざらむ。



 ここで新井が述べていることは、天地がおのずから生まれることはないからそれを創った創造主がいたというキリスト教の話はおかしいということです。それなら、デウスは何から生まれたのかという疑問が浮かぶからです。また、デウスはおのずから生まれたというのなら、天地がおのずから生まれてもいいじゃないかというのです。この新井の論理展開は見事です。

 次に、アダムとイヴの原罪およびイエス・キリストの救済についてです。



 其天戒を破りしもの、罪大にして自(ら)贖ふべからず、デウスこれをあはれむがために、自ら誓ひて、三千年の後に、エイズスと生れ、それに代りて、其罪を贖へりといふ説のごとき、いかむぞ、嬰児の語に似たる。



 アダムとイヴによる原罪をすぐには許さないで、三千年後にイエス・キリストがその罪を贖うというのは、あたかも赤ん坊の話のようだと新井は言っているのです。一刀両断です。

 新井は、根本的に創造主のあり方に疑問を呈しています。



 デウスといへども、人をして皆ことごとく善ならしむる事あたはず、皆ことごとく教ふる事あたはずは、いかむぞまた、天地能造の主とは称ずべき。また至愚にして、其教ある事をしらざるもの、何の罪かは深く咎むべき。



 デウスが全人類を善人にできるわけでもなく、全人類にその教えをひろめられているわけでもないと新井は言っているのです。しかも、キリスト教の教えを知らない者が、罪人だとされてしまうのはおかしいと言っているのです。

 確かに新井が指摘しているように、このようなデウスを全知全能全善であると判定することには無理があります。これらのキリスト教の考察から、新井は〈我国厳に其教を禁ぜられし事、過防にはあらず〉という判断を下しています。ちなみに、豊臣秀吉は1587年にバテレン追放令を発し、徳川家康は1613年に日本人一般のキリスト教信仰を禁じています。






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