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終章 日本人の信仰心

 

 日本とキリスト教との関わりについて見てきました。
 ザビエルやフロイスの書き残したものを読んだ上で、やっぱり彼らの言うことには納得できない点が多々あるというのが正直な感想です。それでも、彼らを嫌いになれないという面もあるにはあります。
 新井白石の書いたものからシドッチの人格をうかがうなら、やっぱり嫌いにはなれないというのも正直なところです。ただ、やっぱり白石の言っていることの方が、筋が通っているなぁというのも正直なところです。


 日本人がキリスト教に示した態度を考えるなら、日本人は道理や理性によって判断してきたと言えると思います。その際に、日本人はかなりの寛容さを示していますが、不寛容な相手には不寛容になっていることが分かります。


 私の個人的な経験ですが、理系技術者である寺の次男坊と話したことがあります。その人が小さいころに仲が良かったのは、教会の息子だったというのを聞いて嬉しくなったことを覚えています。同じ町に、神社があったり、お寺があったり、教会があったりするのは、今の日本では普通のことです。そして、それぞれの子供たちがお互いに友達になれるのです。
 例えば、神社の子供や寺の子供や教会の子供が集まって、『論語』を読んで、「なかなか良いこと書いてあるんじゃない?」と話すことも、今の日本では普通にありえることだと考えられるのです。これは、世界史における宗教上の争いを少しでも知っているなら、驚くべき状態だと言えます。
 宗教には寛容さが必要であり、そこに寛容さがあるのなら、後はきちんと考えていけば良い話になります。寛容さがないのなら、残念ながら、排除せざるをえなくなるのです。






 

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