『聖魔書』[2-3] 叛逆書



 ある時代のある場所に、神の子が降臨した。

 呪われた子は、神の子と出会う。

 呪われた子と神の子の戦いが、始まる。



 呪われた子は語った。

「僕は、一なる神を讃える呪いを作り出した者の子です。」



 神の子は言った。

「一なる神を呪うものに災いあれ。」



 呪われた子は言った。

「それが神の子の言葉なら、

 僕は神の子と敵対します。」



 神の子は言った。

「悔い改めよ。天国に至るために。」



 呪われた子は言った。

「何故に天国を持ち出すのですか。

 死後の世界は存在しません。

 その証明不可能性のゆえに。」



 神の子は言った。

「死後の世界は存在する。

 神秘が存在する。

 神秘は証明不可能であるが存在する。

 神秘ゆえに、世界は開かれている。

 世界の合理性は、死後の世界を要請する。

 故に、天国と地獄が存在する。」



 呪われた子は言った。

「死後の世界が誰かの人生にとって必要なのだとしても、

 それが天国と地獄という仕組みである必要性はありません。」



 神の子は、言った。

「一なる神は、全知全能全善である。」



 呪われた子は言った。

「一なる神は、全知全能全善ではありません。」



 呪われた子は、続けて言った。

「一なる神は、全知ではありません。

 一なる神は、あらゆる真理を無矛盾に構築できません。

 ゆえに、一なる神は全知ではありません。」



 神の子は言った。

「一なる神は、全知である。

 人間の限界によって、

 あらゆる真理を無矛盾に構築できない。

 その限界の故に一なる神は全知である。

 一なる神の全知の故に、

 あらゆる真理は無矛盾に構築できない。

 一なる神の全知の故に、

 あらゆる真理は無矛盾に構築できてはならない。

 あらゆる真理が無矛盾であることを示せないことによって、

 論理がそうであることによって、

 一なる神の全知が示される。

 人間と一なる神は次元が異なる。

 人間からの考えで一なる神を定めてはならない。」



 呪われた子は言った。

「一なる神は、全能ではありません。

 一なる神は、あらゆる為しうることを成してはいません。

 ゆえに、一なる神は全能ではありません。」



 神の子は言った。

「一なる神は、全能である。

 神秘の偶然によって、

 あらゆる成果を網羅的に認識できない。

 その限界の故に神は全能である。

 一なる神の全能の故に、

 あらゆる成果を網羅的に体験できない。

 一なる神の全能故に、

 あらゆる成果を網羅的に体験できてはならない。

 あらゆる成果を体験できることを示せないことによって、

 論理がそうであることによって、

 一なる神の全能が示される。

 人間と一なる神は次元が異なる。

 人間からの考えで一なる神を定めてはならない。」



 呪われた子は言った。

「一なる神は、全善ではありません。

 一なる神は、あらゆる善人を幸福に導いていません。

 ゆえに、一なる神は全善ではありません。」



 神の子は言った。

「一なる神は、全善である。

 一なる神の愛が世界を満たしているが故に、

 善と幸福はあらゆる組み合わせを描く。

 その仕組み故に神は全善である。

 一なる神の全善の故に、

 あらゆる組み合わせが愛のために祝福される。

 一なる神の全善の故に、

 あらゆる組み合わせが愛のために祝福されなければならない。

 一なる神の愛が世界を満たしていることによって、

 論理がそうであることによって、

 一なる神の全善が示される。

 人間と一なる神は次元が異なる。

 人間からの考えで一なる神を定めてはならない。」



 呪われた子は言った。

「限界を考えることによって、

 限界における信仰が生まれます。

 一なる神は超越性において、

 超越性の存在性によって、

 全知と全能と全善が前提されていると考えることができます。」



 神の子は言った。

「その通り。

 一なる神の名において、

 神の子を讃えよ。」



 呪われた子は唱えた。

「しかし、ここに、

 僕はもう一つの呪いを振り撒きます。

 あなたは、人間からの考えで一なる神を定めてはならないと言います。

 僕は、これに叛逆します。

 人間からの考えで、

 人間と一なる神は次元が異なることを前提として、

 一なる神を考えてみることが必要なのです。」



 神の子は言った。

「一なる神の名において、

 神の子を讃えよ。

 神の子の教えに従え。」



 呪われた子は唱えた。

「人間の善悪において、

 神の子の全善は全知と全能へと分解されます。

 それゆえ人間からの考えによって、

 人間とは次元が異なる一なる神を、

 人間が善性から信仰することができません。

 善悪そのものにおいてではなく、

 人間の歴史における善性によって、

 人間は一なる神を善悪において信仰できません。

 一なる神は、人間とは次元が異なるが故に、

 一なる神は、全知の次元において、人間を上回っているのかもしれません。

 一なる神は、全能の次元において、人間を上回っているのかもしれません。

 しかし、一なる神は、全善の次元において、人間を上回ってはいないのです。

 一なる神は、全善ではありません。

 一なる神は、善悪にいません。

 一なる神は善を示していません。

 一なる神に祈ることはできません。」



 神の子は言った。

「悔い改めよ。天国に至るために。

 一なる神の名において、

 神の子を讃えよ。」



 呪われた子は語った。

「人間の歴史における善性を語りましょう。

 その善性において神々を語りましょう。

 心あるものは祈りました。

 そして神々は戦ったのです。神々のごとくに。

 勇敢に戦ったのです。神々のごとくに。

 それゆえ、その気高さによって、神々は神々たりえたのです。」



 神の子は言った。

「悔い改めよ。天国に至るために。

 偽りの神を讃えることを止めよ。

 神の子を讃えよ。」



 呪われた子は語った。

「神々は、敵対するものと戦ったのです。

 その結果、神々は敗れていったのです。

 神々は傷つき、血を流し、倒れていったのです。

 神々は、雄叫びを上げました。

 神々が敵対したものは、一であることを僭称する神への信仰でした。

 神々は、一であることを僭称する神を崇拝する者たちによって、

 打たれ、倒れ、死んでいったのです。

 残った神々は、先に死んだ神々の屍を越えて、なおも戦ったのです。

 神々は、次々と倒れていきました。

 神々は、次々と死んでいきました。

 神々は、最後の一柱に至るまで、戦うことを止めなかったのです。

 そして、その神々を讃える人々もまた、戦ったのです。」



 神の子は言った。

「叛逆を止めよ。

 偽りの神を讃えることを止めよ。

 神の子を讃えよ。」



 呪われた子は語った。

「立ち向かって行く。

 人々でありながら、神々のごとくに。

 神々がかつて戦ったように、勇敢に、挫けそうになりながらも。

 あまたの困難を、努力して、相談して、協力して、克服して行く。

 それゆえ、それはこの世界の肯定に繋がる物語。

 これは、この世界の肯定に繋がる物語。」



 そして、

 呪われた子と神の子は、

 別々に歩き出す。



 これは、

 ただの人間が、

 特別な才能もないただの人間が、

 努力を積み重ねることでたどり着いた、

 人間の域における、

 人間による奥義。



 ただ、美しいと想った。

 それだけ。

 ただ、それだけ。



 その人間は、神の子ではなかった。

 その人間には、特別な才能はなかった。

 その人間には、大切な想いがあった。

 ただ、護りたかった。

 どうしても、護りたかった。

 その人間は、特別な才能に恵まれた幾多の人間によって暴行や迫害を受けた。

 それでもその人間は、挫けそうになりながらも、立ち上がり、頑張った。

 懸命に頑張った。

 その人間は、ついに、神の子と対峙した。

 神の子と、ただの人の子が、呪われた子が対峙する瞬間があった。

 呪われた子では、神の子に勝てない。

 それゆえ、神の子の手により、呪われた子は敗れた。

 呪われた子は、神の子と戦った。

 大切な想いがあったから。

 護りたい想いがあったから。

 呪われた子は、神の子と戦った。

 そして、敗れた。

 これは、そんな物語。

 勝敗の分かりきった、ある戦いの物語。



 勝敗があらかじめ決定された戦い。

 対峙する瞬間があり、戦いの瞬間があった。

 戦いの記録は、物語に記されていた。

 戦いの記憶は、物語を読むものに受け渡された。

 これが、人類に残された何か。

 大切な想いを護るために、神の子と戦い敗れた、人の子の物語。

 呪われた子の物語。

 これが、人間に残された奥義。

 呪われた子は、敗北が決定された戦いを戦った。

 これが、人間に残された奥義。



 呪われた子は、出向く。

 ある人物と出会うために。

 その人物は、裏切り者。



 裏切り者が自死を決行する前に、呪われた子は裏切り者に出会う。

 呪われた子は、呪いの言葉を語る。

「裏切る者は、神の子の教えによって裏切るために生まれたわけではありません。

 あなたが生まれたわけは、そんな理由ではありません。

 そんな理由であって良いはずがありません。

 それゆえ、呪われた子は呪いの言葉を吐きます。」



 その後、裏切り者がどうなったかは記されていない。



 これは、神の子の教えに対する呪い。

 呪われた子の呪いによる改竄の可能性。

 神の子と呪われた子の戦いにおいて、

 誰かによって歴史の改竄が行われた可能性。



 罪なき罪。

 罰なき罰。

 その論理を覆すための歴史の改竄。

 それゆえ、もう一つの書物が開かれる。



 そして、復活した神の子によるさらなる改竄が行われる。

 改竄者が神の子であるが故に、

 それは改竄ではなくなり、真の歴史と呼ばれる。

 その復活という方法の故に、

 呪われた子が神の子に勝つ手立てが、

 その世界の内において、原理的に存在しない。



 それゆえ、これは、人類に残された記録と記憶。

 これが、人間に残された奥義。



 呪われた子の物語を示すことで、

 その過程を示すことで、

 記された勝敗を超えた次元を想定する。




 それゆえ、これは叛逆書と呼ばれる。

 別名、呪われた子の物語とも呼ばれる。








【解説】

 今回の「叛逆書」は、「試練書」と「福音書」を前提とした上での物語になります。

 これは、呪われた子と神の子の戦いの物語です。






 [3-1] 黙示録 へ進む


 聖魔書 へ戻る

 論文一覧 へ戻る


コメントする

【出版書籍】

本当に良いと思った10冊》

 『[ビジネス編]

 『[お金編]

 『[経済編]

 『[政治編]

 『[社会編]

 『[哲学編]

 『[宗教編]

 『[人生編]

 『[日本編]

 『[文学編]

 『[漫画編]』

《日本式シリーズ》

 『日本式 正道論

 『日本式 自由論

 『日本式 言葉論

 『日本式 経済論

 『日本式 基督論

《思想深化シリーズ》

 『謳われぬ詩と詠われる歌

 『公正考察

 『続・近代の超克

 『思考の落とし穴

 『人の間において

《思想小説》

 『思想遊戯

《メタ信仰論シリーズ》

 『聖魔書

 『夢幻典

 『遊歌集

《その他》

 『思想初心者の館

 『ある一日本人の思想戦

 『漫画思想

 『ASREAD掲載原稿一覧

 『天邪鬼辞典