『思想初心者の館』「10時間目」普遍的価値「基本的人権」



 思想初心者のための解説「10時間目」を始めます。

 今回の講義は、普遍的価値だと言われている基本的人権についてです。



基本的人権(fundamental human rights)>

 基本的人権(fundamental human rights)とは、人間が人間として生まれながらに持っている社会的権利のことです。単に、人権(human rights)と呼ばれることもあります。

 人権思想では、個人はすべて生まれながらにして固有の、他人に譲り渡すことのできない人権を持っていると見なされています。人権は、実定法上の権利のように、剥奪されたり制限されたりしないと考えられていたりします。

 フランス革命やアメリカ独立革命などを通じて、国家は人権を守るために設置されると考えられるようになりました。ちなみに、日本国憲法にも人権についての規定があります。日本国憲法では、国民主権(主権在民)・平和主義・基本的人権の尊重を三大原則としています。基本的人権は、生命・財産・名誉の尊重といったような個別的具体的な権利の保障へと展開していきます。

 ここまでが、基本的人権の教科書的な解説になります。


 さて、ここから基本的人権について真面目に考えていきます。まずは、完全に論理が逆転していることを指摘しておきます。論理の逆転については、歴史的にはホッブズの社会契約の考え方が、ロックによって変節したという経緯があるのですが、難しくなるのでおいておきます。

 簡単に言うと、人間が生まれながらに持っている社会的権利など、存在しないのです。その証拠は、歴史上、悲惨な目にあった人たちがたくさんいるという事実によって明らかです。

 つまり、国家などの共同体がうまく運営され、その一員と見なされることによって、やっと人間はまともな生活ができるというのが本当のところなのです。日本という国家に生まれた日本人には想像しにくいことかもしれませんが、国家の庇護から外されたり、政府が国民の生活を重視していなかったりした場合、とても悲惨な事態になるのです。そのようなとき、人々は生きながらにして地獄を見ることになるかもしれないのです。

 何が言いたいかというと、国家が正常に機能していないと、人権などは保証されないということです。国家が危機的状況に陥ると、人権は当然ながら制限されることになります。

 例えば、戦争で考えてみます。正常な国家であれば、まず国防の義務があります。さらに、国家の緊急権が想定されています。戦争やテロルなどの緊急事態においては、政府が基本的人権の一部を制限するという非常措置によって、秩序の回復を図る機能があるわけです。

 このような超法規的措置が取られるような場合、大きく分けて二通りの選択肢があると思われます。ホッブズが『リヴァイアサン』で述べた見解と、ルソーが『社会契約論』で述べた見解です。

 ホッブズは、〈主権者にたいする国民の義務は、主権者が国民を保護できる権力持ち続けるかぎり、そしてそのかぎりにおいてのみ、継続するものと考えられる〉と述べています。

 ルソーは、〈執政体(プランス)が「おまえの死ぬのは、国家のためになる」と言えば、市民は死ななければならない。それまで彼が安全に生活してきたのは、そういう条件下においてのみであり、その生命はもはや単に自然の恵みでなく、国家の条件つきの贈り物であるからである〉と述べています。

 この二つの意見は、参照に値すると思われます。どちらの意見に与するかは、その論理構造を含めて考察する必要があるでしょう。

 とりあえずは、人権の中身が意味するところについては様々な考え方があって、国家ごとにその解釈が異なるということは知っておくべきでしょう。さらに、基本的人権は国家の状態によって制限を受けるものだということも知っておくべきです。その制限の仕方についても、国家ごとにその解釈が異なります。

 それなら、世界統一基準を作れば良いではないかと思われるかもしれません。それに対しては、最強国およびその同盟国の思惑が、他国へ押し付けられるといった事態が考えられると答えておきます。このことについては、「国家」という存在を含めて、あらためて考えてみる必要があります。

 ということで、基本的人権は普遍的価値ではありません。それらの運用には、各国の思惑が絡んで来るからです。

 また、その制限の基準について考えることは、人間が思想するということの奥深さを味わうことにつながるでしょう。基本的人権を守る場合と、制限する場合の葛藤を通じて、驚くべき人間ドラマが繰り広げられていることが分かるはずです。人権を守るために国家があるというのは間違いというか一種の嘘であり、国家の状態や国柄によって人権は左右されるものなのです。

 ちなみに、基本的人権を普遍的価値とまで言ってしまうと、普遍的価値だと見なされていることを利用して、悪用することができるので注意が必要です。そのことに対する注意は必要なのですが、基本的人権がある程度大事な価値観の一つだとは言えると思います。なぜなら、奴隷制の禁止や、拷問の禁止などは、各国間の差異を考慮してもそれなりに妥当すると考えることは、あながち無理があるとは言えないと思うからです。




【補習】

 基本的人権は、相当うさんくさい価値観ではあります。それを利用して、楽においしい思いをしようとすることができてしまうからです。

 ただし、不当な弾圧に抵抗するために必要となる概念でもあります。そういった肯定できる側面については、儒教の流れを汲んだ日本の人道の思想と通じ合うところがある概念でもあります。






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