エリオット『伝統と個人の才能』
エリオット(Thomas Stearns Eliot, 1888~1965)は、イギリスの詩人であり、劇作家であり、文芸批評家でもあります。エリオットが1919年に出版した『伝統と個人の才能(Tradition and the Individual Talent)』を見ていきます。
※ 『伝統と個人の才能』は、岩波文庫の『文芸批評論』に収録されています。
第一節 伝統
まず伝統について、エリオットは、〈伝統を相続することはできない。それを望むならば、たいへんな労力を払って手に入れなければならない〉と述べています。その上で、〈伝統はまず第一に、二十五歳をすぎても詩人たることをつづけたい人なら誰にでもまあ欠くべからざるものといってよい歴史的意識を含んでいる〉と語られています。
歴史的意識については、〈この歴史的意識は一時的なものに対する意識であり、永続的なものに対する意識であり、また一時的なものと永続的なものとをいっしょに意識するもので、そのために作家が伝統的になれるのだ。またその歴史的意識によって作家は時代の中にある自分の位置、自分の現代性をきわめて鋭敏に感じることができるのである〉と説明されています。
続けて、〈どの詩人でもどの芸術部門の芸術家でも、その人ひとりだけで完全な意義をもつ者はない。その意義、その価値は死んだ過去の詩人たちや芸術家たちに対する関係の価値である。詩人や芸術家をその人ひとりだけ切り離して評価することはできない、過去の芸術家のあいだに置いて対照し比較しなければならない。これはただ歴史的批評というだけでなく、美学的批評の原理なのである〉と語られています。
第二節 秩序
秩序については、〈現在ある秩序は新しい作品があらわれないうちは完結しているわけだが、目新しい作品が加わった後でも持続したいというのなら、現在ある秩序全体が、たとえ少しでも、変化を受けなければならない。こうして一つ一つの芸術作品が全体に対してもつ関係やつり合いや価値が修正せられてゆく、これが古いものと新しいものとの順応なのである〉とあります。
さらに、〈新しい作品が前のものにただ順応するというだけでは、実をいうと順応にはならない。それだけでは新しくないのだから、その作品は芸術作品といえないだろう。新しい作品がうまく秩序にあてはまるからいっそう価値があるとは決して言わないが、あてはまるということは新しい作品の価値をきめる標準で、ほんとうのところ、おちついて注意を払わなければ使えない尺度である〉と語られています。〈なぜなら順応しているかどうかを正しく判断できる者はわれわれのうちにないからだ。新しい作品が型にはまっているように見えて実は個性的かも知れないとか、個性的に見えていて型にはまったものかも知れないとかわれわれは言う。だが、新しい作品がそのどちらか一方だけで他の方ではないということはまずないようだ〉というわけです。
第三節 個性の滅却
エリオットは、〈芸術家の進歩というのは絶えず自己を犠牲にしてゆくこと、絶えず個性を滅却してゆくことである〉と述べています。個性の滅却という考え方が示されています。
その詳細については、〈芸術の情緒は非個性的である。詩人は自分が行なう芸術の制作に自己をすっかりまかせきらなければ、この非個性に到達することはできない。そうして詩人は現在ばかりでなく過去の現在的瞬間というものの中に生きるのでなければ、また死んだものでなく前から生きているものを意識するのでなければ、自分は何をすればよいかわからないだろう〉と語られています。
第四節 『伝統と個人の才能』について
エリオットの『伝統と個人の才能』には、参照すべき考え方が示されています。
ここで示されている価値観は、芸術家や詩人だけではなく、もっと広い範囲で応用可能な考え方だと思われます。
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