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小泉八雲『ある保守主義者』

 

 小泉八雲[ラフカディオ=ハーン](Patrick Lafcadio Hearn, 1850~1904)は、ギリシャに生まれ、後に日本に帰化した日本人です。日本文化を研究し、海外に紹介しました。
 ここでは、ハーンの来日第三作『心』に収められた、雨森信成[あめのもり のぶしげ](1858~1906)をモデルとして描かれている『ある保守主義者』について見ていきます。

※ 『ある保守主義者』については、岩波文庫の『心―日本の内面生活の暗示と影響』に収録されていますが、翻訳に誤訳があるため、講談社学術文庫の『日本の心』に収録されている方をお勧めしておきます。

 

第一節 ある保守主義者 雨森信成
 『ある保守主義者』を収めたハーンの来日第三作『心』は、雨森信成(あめのもりのぶしげ)に献呈されています。明治の知識人である雨森信成は、勤王派の福井藩の出身であり、晩年に小泉八雲の親友となりました。
 小泉八雲の明治二十八年の手紙には、〈氏は私がこれまであった人々の中で、最も驚嘆すべき人物の一人です。はじめ私に対して尊大でしたが、私がただの世界漫遊の観光客でないと知ると、それからは本当に誠実な、暖かい、無私の友となってくれました〉とあります。明治三十一年の手紙には、〈雨森氏の頭は知的にいって日本人種の最善の枠を現している〉とあります。
 雨森は、グリフィス(William Elliot Griffis, 1843~1928)から問われるまで、自分から進んで『ある保守主義者』のモデルであるということを公言しませんでした。そのため、雨森信成の名は、長い間、歴史に埋もれていたという側面があります。

※ 雨森信成については、平川?弘『破られた友情――ハーンとチェンバレンの日本理解』に収められている「日本回帰の軌跡」を参考にしています。

 

第二節 侍の子
 小泉八雲の『ある保守主義者』から、雨森信成の生涯を追っていくことができます。
 福井藩で生まれた雨森は、侍の子として育てられました。その教育については、〈この世で一番大事にせねばならぬものは義務である。立居振舞で一番大切なことは自分を抑えることである。利己的な意味で苦痛を恐れるな、死は取るに足らぬ、という教えだった〉とあります。雨森は、神道・儒教・仏教・武士道のそれぞれの教育を受けました。その結果、〈快楽は蔑視して見向きもせぬ、礼儀正しい、恐れを知らぬ、私心を捨てた人として育ったのである。一言いわれれば躊躇せず即刻自分の命を投げ出す人、恩愛、忠義、名誉のためには自分の命を惜しまぬ侍として育ったのである〉と語られています。
 その頃、日本に黒船がやって来たのです。日本という国家の一大事です。雨森は、〈自己変革を遂行することによってのみ日本国家は自己の独立を全うしうる〉と考えました。〈愛国者たる者の明瞭な義務はこの必然性を認識し、来るべき将来のドラマにおいて男らしく振舞うことのできるよう、自分自身をその任に仕立てることでなければならない〉というわけです。

 

第三節 キリスト教への改宗
 雨森は、日本の危機に際して、愛国者としての道を歩みます。〈自国の敵の真相を冷静に研究するのが愛国者たる者の義務であった。彼は自分のまわりの新生活を偏見なしに観察できるよう苦心して自己自身を鍛えあげた〉と語られています。
 その上で、〈もし西洋文明の優越した力が真に西洋倫理思想の優越した性格を示唆するものであるなら、日本の愛国者たる者の明白な義務はこのより高度の信仰を奉じ、全国民のために努力すべきことにあるのではないのか〉と雨森は考えたのです。
 そのため、雨森はキリスト教と邂逅することになります。八雲はここで、〈物質的進歩の最高の形態は、キリスト教的理想主義とはおよそ合致しない非情な競争原理によってもっぱら実現したものであり、あらゆる偉大な倫理体系にそぐわないものである〉ことを指摘しています。そのことをまだ想像できない雨森は、キリスト教へと歩を進めます。〈若い侍が親族の反対を押し切って自分はキリスト教徒である、と公言する決意を固めた日がついに来た〉のです。〈青年は憂国の人として、真理を求める人として、自己の義務であると信じたところのものを見つめた。そして懼れることもなく悔やむこともなくその道を進んだ〉のです。

 

第四節 キリスト教からの離反
 八雲は、〈西洋人宣教師は自分の教え子が優秀であればあるほどキリスト教に留まる期間が短いことを発見して驚きかつ衝撃を受けた〉ことを指摘しています。〈キリスト教となるために――というかより正確には外国の一宗派の一因となるために、自己の立身出世を犠牲に供してから数年も経たぬうちに、この青年はこうした高価な代償を支払ってまで受け入れた信仰を公然と棄て去ったのである〉と語られています。
 雨森は、キリスト教からの離反を選んだのです。〈青年がキリスト教の教義に改宗したのは不完全な論法によってであった。より幅広く、より深く掘りさげて考えるうちに彼は教義を越える自分自身の道を見出した。そしてキリスト教教会の教義の主張内容は真の事実や理屈に基づいていない、自分は自分の師がキリスト教の敵と呼んだ人々の見解に従うべきだと感じる、という宣言を公けにした後、教会から離れたのであった〉と語られています。
 宗教問題で懐疑派となった雨森は、政府の政策にも公然と反対し、国外退去の憂き目にあいます。そこから、雨森の外国放浪の旅が始まったのです。

 

第五節 西洋文明との対峙
 雨森は外国放浪の旅を続け、見聞を広めていきます。雨森は、〈西洋社会はもう信仰を持ちあわせていなかった。それは快楽追求の利己心とまやかしと仮面とで出来上がった世界であり、宗教によって統治されているのではなく、警察によって統治されていた。そうした世界へは人間は生まれでない方がましなような世界であった〉と判断しています。
 ただし、雨森はイギリスについては好感を得たようです。〈イギリスの紳士社会(ジェントリー)の態度作法は日本の侍のそれと似てなくもないという感銘を受けた〉からです。
 それでも雨森は、〈自分はそれと感情や情緒の上でまったく調子をあわせることのできない人間として、自分はたといその文明の真只中に住んだとしても愛すべきものを何一つ見出すことのできない人間として、また自分はそのような文明社会に永久に別れを告げるような時になろうとも何一つ惜しいと思うことのないであろう人間として、その西洋文明を評価した〉のです。なぜなら、〈道徳的にいえば西洋文明は怪物的なものであり、風俗的にいえば残忍なものであった。西洋文明が彼に示したものは測り知れないほど深い堕落であった。彼が若かったころ日本で習った理想に匹敵するような理想はどこにも見当たらなかった〉からです。
 つまり、〈西洋の優越性は倫理的なものではなかった。西洋の優越性は算(かぞ)えきれないほどの苦難を経て発達した知性の力に存するのであり、その知性の力は強者が弱者を破壊するために用いられてきた〉と雨森は考えたのです。
 西洋文明を実地に見て判断した後、雨森は〈日本は今日必要に迫られて外国の科学を学び、自国の敵の物質文明から多くを採用せねばならぬ境遇に立たされている。しかしいかに必要に迫られているからとはいえ、従来からの正邪の観念、義務や名誉の観念を丸ごと投げ捨てねばならぬという道理はない〉と考えます。そのため、〈古来の日本の中で最良のものは極力これを保守保存し、何物でも国民の自衛や自己発展に益なきもの、不必要なものの輸入に対しては断乎反対する、という決意〉を固めるのです。
 雨森は、〈自国の清潔な貧しさの中にかえって力を認めた。自国民の非利己的な勤倹努力に西洋に対抗し得る唯一の機会を認めた。外国の文明に接したことにより、それ以外には決してわかりようのなかった自国の文明の価値や美点が彼にははっきりと見えてきたのである。こうして彼は自分の産土(うぶすな)の国へ帰る許しの出る時を一日千秋の思いで待ち望む人となった〉のです。

 

第六節 日本への帰還
 雨森は、日本へと帰国します。それは精神的な意味における、日本への帰還を意味していました。
 日本へ戻る舟において富士山をみたとき、〈彼の心の眼に見えたもの、それは古き日本であった〉のです。〈長い間かたくなに閉ざされたままであった記憶の細胞の中から、彼が一度は忘れようとつとめたもの、一旦は捨て去ったものの面影を激しく揺さぶった〉のです。そのとき、〈ふたたび彼は父の屋敷の中の小さな子供に返った〉のです。『ある保守主義者』は、次に示す文章で、その幕が閉じられています。

 

 ふたたび彼は母親の手がそっと自分の手を握ったのを感じた。毎朝毎朝、神棚の前、御先祖様の御位牌の前へ幼い足取りの自分をお詣りに連れて行ってくださった母親の手を。するといま大人のこの人の唇が、突然新しく見出した意味に新しく心打たれつつ、幼い日々何気なく唱えたあの単純な祈りの言葉をふたたびそっと低い声で繰り返したのであった。

 

第七節 『ある保守主義者』について
 稀代の天才・小泉八雲によって美事に描かれた『ある保守主義者』には、日本人が大切にしなければならない何かが確実に示されています。
 保守主義者という言葉は、イギリス人や日本人を含め、数多くの人たちによって語られています。その中でも、最も美しい用法を、私はこの『ある保守主義者』に見出すのです。是非とも読んでみてください。否応にも西洋文明というものと付き合っていかざるをえない日本人にとって、是非とも参考にしていただきたい作品だと思うのです。 

 

 

 

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