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西部邁『日本の保守思想』

 

 西部邁(1939~ )は、日本の保守思想家です。数多くの著作がありますが、ここでは『日本の保守思想』を取り上げて論じます。

※ 『日本の保守思想(2012)』は、『思想史の相貌―近代日本の思想家たち(1991)』を改題したものです。

 

第一節 日本の保守思想の流れ
 『日本の保守思想』は、西部邁が〈日本の保守思想の流れにあって、言論界から少々目立つ誤解を受けていると思われてならない作家や作品について、私なりの批評を加えてみたら本書が出来上がった〉ものと位置づけられています。
 具体的には、福沢諭吉・夏目漱石・吉野作造・北一輝・河合栄治郎・和辻哲郎・伊藤博文・吉田茂・坂口安吾・竹内好・吉本隆明・小林秀雄・福田恆存の13名について論じています。これらの人物についての各評論については、読んでいただくということでひとまず置いておきます。ここで言及したいのは、「日本の保守思想の流れ」という想定についてです。

 

第二節 日本の保守思想の源流
 本書の「保守思想の源流 福沢諭吉」の章において、西部は〈保守思想が何を意味するか、その定義は様々であろうが、今、仮に保守思想を体現した人物が眼前に現れたと想定してみると、その人物はまぎれもなく大人の風貌をもっていると見当がつく〉と述べています。続けて、〈オトナの定義もこれまた様々であろうが、さしあたり、物事に熱狂するのを避けること。それが大人たることの第一条件だといえよう〉と語られています。
 ここで注目すべきことは、どのような基準によって、大人の風貌をそなえた保守思想家を選んでいるかです。西部は、〈近代日本においても立派な大人の系譜は、ということは保守思想の命脈は、時代の推移とともに先細ってきている。福田恆存氏あたりがその系譜のひょっとしたら最後に位置するということになるのかもしれない〉と考えています。その上で、〈歴史の砂漠に没せんとしている近代保守思想の水脈の源泉でも訪ねてみて、そこで得られるであろう知見を参考にしつつ、その水脈をなお少し延命させるべく図るのが得策であろう〉と述べています。
 この企みそのものは、ある程度の成功を収めていると言えるかもしれません。福田恆存の後を継いだ西部邁が保守思想を語り、その弟子たちが現実に少なくない影響を持ち始めているからです。
 ですが、ここではその問題も置いておきます。ここで問題としたいのは、西部が〈保守の水脈の先端もしくは終点に福田氏がいるのにたいし、その始点にはもうひとりの「福」が、つまり福沢諭吉がいる〉と述べている箇所です。西部は、〈諭吉のなかには保守思想の養分がたっぷりと含まれている〉と考えています。それは良いとしても、ここでの問題点は、西部が福沢諭吉を保守思想の始点と考えている点です。福沢諭吉が、保守思想の源流とされていることに大きな問題が隠されていると思うのです。

 

第三節 福澤諭吉の保守と進歩
 なぜ西部は、福沢諭吉を保守思想の源流と見なしたのか、その理由を推測してみます。
 西部は、『思想の英雄たち 保守の源流をたずねて』において、〈バークという近代保守思想の始祖〉という位置づけを述べています。エドマンド・バーク(Edmund Burke, 1729~1797)の『フランス革命の省察(1790)』を以て、(イギリス流の)保守思想が誕生したと見なしているのです。そのため必然的に、日本における保守思想の源流は、その後でなければならないのです。
その制約があるため、「近代」保守思想の日本における源流は、福沢諭吉(1835~1901)以外には見あたらないのです。福沢には、「開化先生」・「改革者流」・「心酔者流」などと言って、西洋崇拝者をからかっているという実績があります。
 ただし、「近代」保守思想など関係なく、日本思想を(記録に残っているものから)年代順に追っていったときに、福沢諭吉は別の顔を見せることになります。その顔は、福沢諭吉(1835~1901)が晩年に書いた随筆『福翁百話(1897)』に、明確に現れています。例えば、〈唯我輩は過去の事実に徴して人事進歩の違わざるを知り、禍福平均の数を加除して幸福の次第に増進するを知り、由て以て天道人に可なるの理を証するのみ〉とあります。さらに、〈天道既に人に可なり。その不如意は即ち人の罪にして不徳無智の致す所なれども、人間の進歩改良は天の約束に定まり、開闢以来の事実に証して明に見るべし〉とまで語られているのです。ここから福沢諭吉は、明確な進歩思想の持ち主だということが分かります。
 福沢諭吉の進歩思想は、明らかに西洋思想の影響です。もちろん、福沢諭吉の思想には賞賛に値するものも数多く含まれています。しかし、日本思想において現れることのなかった進歩思想が、西欧の影響を受けた福沢によって宣伝されているのです。日本思想を基軸とする者にとって、福沢諭吉を警戒すべき理由がここにあるのです。
 福沢諭吉は、日本における保守思想の源流なのかもしれません。そして、福沢諭吉は、日本における進歩思想の源流でもあるのです。

 

第四節 『日本の保守思想』について
 『日本の保守思想』は、イギリスに発生した近代保守思想を、日本に当てはめて考えた場合にどう評価できるかという、きわめて特異な問題設定がなされている本です。
 実際、この問題設定にどれだけの価値があるのでしょうか? 正直、そこじゃないだろうと私は思うわけです。私の関心は、日本の思想に基づいて物事を考えることです。そのため、日本思想の文脈から見ると、福沢諭吉の進歩思想は間違った考え方だと判断するのです。それとは逆に、福沢諭吉の『瘠我慢の説』は、日本思想の文脈から高く評価できるのです。

 

 

 

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