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森鴎外『妄想』

 

 森鴎外(1862~1922)は、陸軍軍医としてドイツに留学し、小説・評論・翻訳などの多彩な活動を行った日本を代表する文豪です。
 『妄想(もうぞう)』は、鴎外が50歳の時に発表した随想です。一老翁が自身の過去を述懐するという形を取っており、その内容は作者自身の人生観に深く関わっています。

 

第一節 人生観
 『妄想』は、〈目前には広々と海が横わっている〉という文から始まります。〈海を眺めている白髪の主人は、この松の幾本かを切って、松林の中へ嵌め込んだように立てた小家の一間に据っている〉とあり、本作の主人公が登場します。〈主人は時間ということを考える。生ということを考える。死ということを考える〉とあり、翁の人生観が語られることになります。
 翁は、〈生れてから今日まで、自分は何をしているか。始終何物かに策(むち)うたれ駆られているように学問ということに齷齪(あくせく)している〉と考えています。翁の述懐は続き、〈赤く黒く塗られている顔をいつか洗って、一寸舞台から降りて、静かに自分というものを考えて見たい、背後の何物かの面目を覗いて見たいと思い思いしながら、舞台監督の鞭(むち)を背中に受けて、役から役を勤め続けている。この役が即ち生だとは考えられない。背後にある或る物が真の生ではあるまいかと思われる〉と語られています。

 

第二節 自我
 翁は自我について語ります。翁は、〈自分は小さい時から小説が好きなので、外国語を学んでからも、暇があれば外国の小説を読んでいる。どれを読んで見てもこの自我が無くなるということは最も大いなる最も深い苦痛だと云ってある。ところが自分には単に我が無くなるということだけならば、苦痛とは思はれない〉と述べています。
 ここで翁は、西洋人の見解を持ち出します。〈西洋人は死を恐れないのは野蛮人の性質だと云っている。自分は西洋人の謂う野蛮人というものかも知れないと思う〉とあります。続けて、〈そう思うと同時に、小さい時二親が、侍の家に生れたのだから、切腹ということが出来なくてはならないと度々諭したことを思い出す。その時も肉体の痛みがあるだろうと思って、その痛みを忍ばなくてはなるまいと思ったことを思い出す。そしていよいよ所謂野蛮人かも知れないと思う。しかしその西洋人の見解が尤もだと承服することは出来ない〉と語られています。
 ただし、〈そんなら自我が無くなるということに就いて、平気でいるかというに、そうではない。その自我というものが有る間に、それをどんな物だとはっきり考えても見ずに、知らずに、それを無くしてしまうのが口惜しい。残念である〉と翁は述べています。

 

第三節 日本と保守
 翁は日本を想い、「まだ」を語ります。まず、〈故郷は恋しい。美しい、懐かしい夢の国として故郷は恋しい。併し自分の研究しなくてはならないことになっている学術を真に研究するには、その学術の新しい田地を開墾して行くには、まだ種々の要約の闕(か)けている国に帰るのは残惜しい。敢て「まだ」と云う〉とあります。翁は過去に西洋に留学していたのです。翁は、〈自分は日本人を、そう絶望しなくてはならない程、無能な種族だとも思わないから、敢て「まだ」と云う〉とも述べています。
 留学から帰ってきた翁は、洋行帰りについて語ります。〈自分は失望を以て故郷の人に迎えられた。それは無埋も無い。自分のような洋行帰りはこれまで例の無い事であったからである。これまでの洋行帰りは、希望に輝く顔をして、行李の中から道具を出して、何か新しい手品を取り立てて御覧に入れることになっていた。自分は丁度その反対の事をしたのである〉とあります。
 具体的には、〈食物改良の議論もあった。米を食うことを廃めて、沢山牛肉を食わせたいと云うのであった。その時自分は「米も魚もひどく消化の好いものだから、日本人の食物は昔のままが好からう、尤も牧畜を盛んにして、牛肉も食べるようにするのは勝手だ」と云った〉ということが挙げられます。
 その上で翁は、〈そんな風に、人の改良しようとしている、あらゆる方面に向って、自分は本の杢阿弥説を唱えた。そして保守党の仲間に逐い込まれた。洋行帰りの保守主義者は、後には別な動機で流行し出したが、元祖は自分であったかも知れない〉と語っています。

 

第四節 人生の下り坂
 翁は死について語ります。〈自分はこのままで人生の下り坂を下って行く。そしてその下り果てた所が死だということを知っている〉と言い、続けて、〈しかしその死はこわくはない。人の説に、老年になるに従って増長するという「死の恐怖」が、自分には無い〉と語っています。
 翁は、〈若い時には、この死という目的地に達するまでに、自分の眼前に横わっている謎を解きたいと、痛切に感じたことがある。その感じが次第に痛切でなくなった。次第に薄らいだ。解けずに横わっている謎が見えないのではない。見えている謎を解くべきものだと思わないのでもない。それを解こうとしてあせらなくなったのである〉と述べています。
 つまり、〈死を怖れもせず、死にあこがれもせずに、自分は人生の下り坂を下って行く〉というわけです。〈謎は解けないと知って、解こうとしてあせらないようにはなったが、自分はそれを打ち棄てて顧みずにはいられない〉と考えられているのです。
 本作は、次のように終わっています。

 

 かくしてもはや幾何もなくなっている生涯の残余を、見果てぬ夢の心持で、死を怖れず、死にあこがれずに、主人の翁は送っている。
 その翁の過去の記憶が、稀に長い鎖のように、刹那の間に何十年かの跡を見渡させることがある。そう云う時は翁の炯々たる目が大きくみはられて、遠い遠い海と空とに注がれている。
 これはそんな時ふと書き棄てた反古(ほご)である。

 

第五節 『妄想』について
 『妄想』では、登場人物である翁の述懐を通して、森鴎外の人生観が語られています。その中で、鴎外は自身を「洋行帰りの保守主義者」と規定しています。
 明治維新に伴い、日本の思想はかなり歪んでしまったのですが、その中において、鴎外は参照に値する数少ない人物の一人だと言えると思います。

 

 

 

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