『保守の名称』

 自分の立場を何という名で表すかということは、非常に難しいことです。ですが、思想的立場を表明することは良かれ悪しかれ必要なことなのですから、避けては通れない問題です。
 思想的立場と簡単に言いますが、思想とは物事を総合的・包括的に捉えたものの考え方のことです。それをある一つの単語だけで過不足なく表現するというのは、ほとんど不可能です。ですが、それだからこそ思想的立場をどう名乗るかは熟考に値します。
 「名は体を表す」という言葉があります。名は体を表してくれるから、私たちは物事が判断できるわけです。名が体を表してくれていないと混乱してしまいます。
 近代が生んだ三つの主義として、自由主義(Liberalism)、社会主義(Socialism)、保守主義(Conservatism)があります。
 内容を吟味した上でどれが良いかを評価するなら、一番に保守主義、二番に自由主義、三番に社会主義という順になります。ですが、名前だけで判断すると、一番に社会主義、二番に自由主義、三番に保守主義となります。特に、福沢諭吉のように社会を人間交際と捉えるなら、社会主義こそまっとうな人間の取るべき主義であるとすら言えます。逆に保守主義は、保守とは技術系におけるメンテナンスのことなのですから、そんな変なものには係わり合いにならないのが正解と判断してしまいます。
 そもそも保守とは、イギリスで生まれたイギリス流の価値です。それゆえ、日本人がその「保守」という言葉を掲げるというのもおかしな話です。イギリス流の保守を日本に根付かせたいがために、保守を掲げるのだとしたら、それは日本とイギリスの歴史の相違を無視した暴論だと思われます。ですから、保守とは伝統保守のことで、イギリスはイギリスの伝統を守り保ち、日本は日本の伝統を守り保つ、それが保守だという意見が予想されます。
 西部邁は、〈何を「保ち守る」のかを明言しなければ保守という言葉は空語にすぎない。政治思想でいう保守主義の最大の特徴は、その国の歴史のなかに連綿と流れ、そして少しずつ蓄積されてきた「伝統の精神」とでもいうべきものを、まずもって保守せんと構えるところにある(『発言者0 創刊準備号』)〉と述べています。
 なるほど、と頷いてしまいそうになります。ですが、ここで少し考えてみましょう。その国の歴史のなかに連綿と流れ、そして少しずつ蓄積されてきた「伝統の精神」、それを大事にすること(守り保つこと)は、その国では何と呼ばれるのか、と。なぜなら、日本とイギリスでは言語体系も歴史的価値観も違うからです。つまり、伝統を大事にする(守り保つ)ということを「保守」と言い表すこと自体がイギリスの歴史性に根ざしているのです。日本が日本の歴史性に根ざした言い方をするなら、「保守(Conservatism)」ではなく「護持」や「護国」という言葉になります。
 つまり、「保守(Conservatism)は日本の伝統を大事にする」というこの言葉自体が、既におかしいのです。
 もう一度いいます。保守という用語はイギリスの歴史において意味を持つものです。保守は伝統を大事にするということも、イギリスなるものを基にしているのです。日本の伝統を大事にする、そのことに保守と言う言葉を使うことは、日本の歴史に根ざした言葉の使い方を軽視していることになります。

 

 

 

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