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ガルブレイス『ゆたかな社会』


  ガルブレイス(John Kenneth Galbraith, 1908~2006)は、カナダ生まれのアメリカの経済学者です。


第一節 『ゆたかな社会』の経済学
 『ゆたかな社会』は、1958年に著されたガルブレイスのベストセラーです。

 

第一項 経済学における生産
 ガルブレイスは経済学の考え方について、〈ゆたかさ自体に対する脅威となっているものさえある〉と述べています。
 ゆたかな社会では、〈不平等に伴う強い緊張は生産によってとり除かれた〉と考えられています。〈生産の重要性は経済学者の経済計算の中心〉であり、〈生産の増加が重要であり、それがすべての基礎である〉とされています。
 そのため、〈生産の重要性に対して疑惑を抱くのは、経済学の全体系の基礎に疑問を投げかけること〉なのです。〈生産の至上の力を疑うことは、今もって、英雄的な力をもつ神話に挑戦すること〉だと語られています。ガルブレイスは、経済学における生産の至上性に疑問を投げかけているのです。〈本書は、非常な重要性と不可避的な困難をになった生産こそわれわれの生活の中心問題である、とする神話の奴隷になっている現状をとりあげようとしている〉のです。

 

第二項 依存効果
 ガルブレイスの『ゆたかな社会』で示された概念の中で、依存効果は非常に重要です。

 

 社会がゆたかになるにつれて、欲望を満足させる過程が同時に欲望をつくり出していく程度が次第に大きくなる。これが受動的におこなわれることもある。すなわち、生産の増大に対応する消費の増大は、示唆や見栄を通じて欲望をつくり出すように作用する。高い水準が達成されるとともに期待も大きくなる。あるいはまた、生産者が積極的に、宣伝や販売術によって欲望をつくり出そうとすることもある。このようにして欲望は生産に依存するようになる。専門的な用語で表現すれば、全般的な生産水準が低い場合よりも高い場合の方が福祉はより大きい、という仮定はもはや妥当しない。どちらの場合でも同じなのかもしれない。高水準の生産は、欲望造出の水準が高く、欲望充足の程度が高いというだけのことである。欲望は欲望を満足させる過程に依存するということについて今後もふれる機会があると思うので、それを依存効果(Dependence Effect)と呼ぶのが便利であろう。

 

 依存効果は需要が生産に依存していることを示していますが、これは消費者主権が虚構であることも示しています。


 依存効果がある以上――消費欲望を満足させる過程自体によって消費欲望がつくり出される以上――、消費者は自立的な選択をおこなうのではない。消費者は広告と見栄の力によって影響されている。それらによって生産はそれ自身の需要をつくり出しているのだ。広告はもっぱら、見栄は主として、私的に生産される財貨とサービスに対して有利に作用する。需要管理と見栄の効果とが私的生産にとって有利なはたらきをするので、公共的サービスは本質的におくれをとる傾向がある。


第三項 金融制度
 金融制度については、次のように語られています。

 

 金融制度は、たとえどんなに見事に、あるいは秘術的に運用されたとしても、物価の安定と、ゆたかな社会で至上のものとみなされている生産および雇用とを、和解させることのできる魔法は持ちあわせていないのである。むしろ反対に、金融政策は、経済を操縦する道具としては、鈍い、頼りにならぬ、差別的な、いくぶん危険な手段である。

 

 金融制度に限りませんが、ガルブレイスは、〈現在の態度と目標に強いられて、経済を能力いっぱいの水準で動かさなければならないような羽目に陥っている〉場合には、〈当然インフレになる〉と考えています。

 

第四項 社会的バランス
 ガルブレイスは、〈ゆたかな社会の最も奇異な特徴〉として、〈民間の財の生産に対して惜しみない配慮と奨励を与えているのに、公共部門に求めざるをえないものに対してはきびしい制約を課している〉ということを挙げています。
 そこでガルブレイスは、社会的バランスという考え方を示します。

 

 私的に生産される財貨およびサービスの供給と国家によるそれとの間の満足な関連を示唆する用語をきめておくのが便利だと思うので、それを社会的バランス(social balance)と呼ぶことにする。

 

 この〈社会的バランスの欠如の原因の第一〉として、〈公共的サービスが私的な生産よりも常におくれをとる内在的傾向〉が挙げられています。
 さらに、〈社会的バランスは現代の社会におけるさらに二つの特徴の犠牲にもなっている。その二つの特徴とは、不平等に関する休戦状態とインフレーションの傾向とである〉と語られています。

 

第五項 バランスの回復
 ガルブレイスは、〈富によって毎年もたらされる財貨とサービスの大きな流れの中にバランスを確保し維持する方法を見出すこと〉の必要性を述べています。その際に、〈正確な均衡はそれほど重要ではない〉と述べています。なぜなら、〈バランスの正確な点を定義することはできまい。定義しえないことが、もっと立派な考えかたに対する致命的な落第点でありうる、と信じている人だけが、正確な定義から安心感を得るのである〉と考えているからです。


第六項 新しい階級
 ガルブレイスは、新しい階級について述べています。その内容については、〈新しい階級は閉鎖的ではない。この階級から離れる人はほとんどいないであろうが、毎年何千人もの人がこの階級に入ってくる。その資格は圧倒的に教育である〉と語られています。


 新しい階級の仲間入りをすることの魅力の一部は代償的な優越感から来ている。これは階級的態度のもう一つの表現である。しかし、この階級に仲間入りすれば、もっと重要な別の報いがある。肉体労働をまぬかれること、退屈さと制約ときびしい平凡さとから逃れられること、肉体的に気持のよいきれいな環境の中で生活できること、ある程度は自分の思想を一日の仕事に適用する機会があること――これらのことを重要と思わない人は、これらを全く当然のことと思っている人だけである。


 この新しい階級における〈自分の子供たちの教育と教化〉については、〈所得を極大化すべしということではない〉のであり、〈子供たちが面白くてやりがいのある職業につくこと〉が熱望されるのです。その際に、〈子供たちがその学識ある両親を模範にするであろう〉ことが想定されています。

 

第七項 ゆたかさの主要な影響と課題
 ブルブレイスは、取り掛かるべき仕事について述べています。

 

 からの部屋に家具をそなえることと、基礎がくずれるまで家具をつめこみ続けることとは、全く別のことである。財貨の生産の問題の解決に失敗したならば、人間は昔ながらのひどい不幸の状態を続けたことであろう。しかしその問題が解決ずみであることを見そこない、一歩前進して次の仕事にとりかからないでいることも、同様に大きな悲劇であろう。

 

 この指摘は当たり前のようですが、非常に重要です。ゆたかな社会には、ゆたかな社会なりの問題が生まれるのです。ガルブレイスは、〈ゆたかさの主要な影響として、私が今とくに強調したいことが二つあると思う〉と述べています。まず、〈第一に、われわれは、ゆたかさとともに、その便益および文化から排除された人びとを安易に無視して平気である、という危険がある〉とあります。次に、〈ゆたかさの第二の影響は、われわれの裕福さが大きいことのために、ますます危険度の高まる兵器生産の原資、すなわち、いっそう増大する大量破壊能力のための原資が生まれる、ということである〉とあります。
 その上で、ガルブレイスは読者に向けて次のように語っています。

 

 私は読者に二つのことをお願いしたい。一つは、貧困者の社会的要求を制限・拒否する社会理論を見出そうとする最近の傾向――これは過去にも多くあった――に抵抗することである。そうではなく、ゆたかな社会における貧困の除去を社会的・政治的な日程に強力に載せようではないか。さらに進んで、その中心に据えようではないか。そしてまた、地球を守るという名目で地球に灰しか残さないようにする懼れのある人たちがから、われわれのゆたかさを守ろうではないか。ゆたかな社会に欠陥がないわけではない。しかし、ゆたかな社会は、それ自身のもつ有害な傾向ないしは破壊的な傾向から救うだけの価値は十分にあるのだ。

 

第二節 『ゆたかな社会』の問題点
 ガルブレイスの描き出すゆたかな社会では、例えば不平等に伴う強い緊張などが取り除かれています。しかし、不平等などは生産力の増加という単純な力で排除できるものではありません。生産力が増加したゆたかな社会では、ゆたかな社会ゆえの問題があることは確かですが、昔ながらの問題がなくなったわけではないのです。
 また、インフレに対する警戒感が示されていますが、デフレに対するそれも付け加えておくべきでしょう。
 新しい階級についても注意が必要です。教育による差が、新しい階級意識を生み出すほどに高まるのなら、それはあまり健全なことだと言い難いのです。国民の教育は公共的なものですから、階級意識および階級格差を生むようなやり方は望ましくないでしょう。

 

第三節 『ゆたかな社会』から学ぶべきこと
 生産力を至上とする既存の経済学の考え方に対し、疑問を呈しているところは検討に値します。ガルブレイスの示している依存効果や社会的バランスという概念も重要です。金融制度に関する危機感も示唆に富みます。環境に言及している箇所も先見性があります。
 特に社会的バランスにおける民間部門と公共部門の関連性については、常に試行錯誤が必要になるところでしょう。その均衡については、ガルブレイスが述べているように、正確な点を定義することは不可能でしょう。なぜなら、状況によってその点は動いてしまうからです。ですから、異なる図形は異なる重心位置を示すように、状況ごとに応じてバランスを取ることが必要になってくるのです。


 

 

 

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