L・ランダル・レイ『MMT現代貨幣理論入門』の問題について




 最近、何かと盛り上がりをみせているMMT(現代貨幣理論)の基本文献の邦訳がついに出ました。経済の動向を少しでも気にする方々は、是非とも読んでみるべきでしょう。

 本書について特筆すべきは、日本人二名による解説でしょう。巻頭解説が中野剛志さんで、巻末解説が松尾匡さんです。中野さんだけではなく、松尾さんの解説も載っているというのが非常に重要な評価点だと言えるでしょう。なぜなら、二名のMMTへの評価には差異が見られるからです。

 中野さんは、〈通貨としての価値を見出すのは、その紙切れで税金が払えるから〉というMMTの前提を主流派経済学と異なっている点として挙げていて、〈MMTを支持する側にいること〉を表明しています。一方、松尾さんは〈MMT論者ではない〉そうで、MMTの主張する事実命題が異端でなく〈経済学者なら誰でも認める知的常識の類〉だと述べていますが、〈国民は皆もともと納税債務を国家に負っているという前提〉について〈私にはなかなか心情的に受け入れがたい前提〉だと語っています。

 現在の日本への政策提言としては、中野さんも松尾さんも(そして私も)おそらく大きな相違はないでしょうが、MMTという貨幣の理論への評価には違いがあるわけです。率直に述べるなら、私は松尾さんの解説にはほとんど同意できましたが、中野さんの解説には違和感を覚えました。ですから、本書を読んだ私はMMT派にならず、MMTには理論的に問題があると考えているわけです。




 まず「第1章 マクロ会計の基礎」は、細かい論点にこだわらなければ、MMT派に限らず多くの人が共有できる話だと思います。問題は「第2章 自国通貨の発行者による支出」の論理です。

 第2章では、支払手段制定法では〈通貨が受け取られる理由を説明できない〉とされます。なぜなら、〈他人がそれを受け取ることが分かっているから〉というのは、〈受け取られるから受け取られる〉という〈無限後退に陥っている〉からだと言うのです。この説明は〈「間抜け比べ」もしくは「ババ抜き」貨幣理論〉だと辛らつです(苦笑)。

 そこで持ち出されるのが、〈租税の不払いに対して課される罰(刑務所行きもある)を避けるために、納税者は政府の通貨を手に入れる必要がある〉という理屈です。好きなモノを買ったり貯金したりする〈通貨の利用法はすべて二次的なものであり、租税の支払いにおいて自らの通貨を受け取るという政府の意思から派生したもの〉だというのです。つまり、〈国家が租税債務を課し、強制する権限を有していれば、その通貨に対する需要を確保できる〉という論理展開なのです。

 つまりMMTでは、通貨の裏付けを「信頼」や「期待」ではなく、「義務」や「罰の回避」だと主張しているわけです。本書を読んだあなたは、この前提に同意できるでしょうか?

 私は同意できませんでした。MMTでは無限後退を避けるために、いきなり政府による租税という義務を前提として持ち出しているわけです。しかし、それでは通貨を裏付けるために、租税の不払いを見逃さず、適切な罰則を下せる政府をすでに前提してしまっているわけです。そんな政府が、しっかりした通貨の運用をしていないとは考えづらいでしょう。つまりMMTでは、通貨を裏付けるために、通貨がすでにしっかり運用できているような政府を前提においてしまっているのです。

 本書の中の記述からも、この前提のおかしさを指摘できます。まず「第1章」の「【コラム】 会計の恒等式に対する異論」で、二人で構成されている経済の話が出てきます。ここでドル建ての債務証書と債務証書で取引がなされていますが、別に租税は必要とされていません。

 また驚くべきことに、第2章には〈民間の支払いにおいて外貨が使われ、節税や脱税が広がると、人々は政府の通貨をあまり欲しがらないかもしれない〉という説明があるのです。本書内ですでに、租税を前提とする理論が破綻しているように私には見えます。




 私の見解は、通貨の裏づけのためには、支払い手段などの権利と租税などの義務が補完関係になっている必要があるというものです。理論的に述べるなら、義務と権利の無限循環が安定しているから、通貨が通用する、ということです。




 ちなみに、政治学では義務を果たすことで権利が保障されると考えることができます。防衛義務を果たすから、その派生として財産権が保障されるといった場合です。ですから、義務を基礎にして、権利を導くということはありえるでしょう。

 しかし、通貨の場合で、しかも租税義務で、支払いの権利を派生的に論じるということは整合的でなく無理があるということです。




 また、第4章の〈変動為替相場制を採用している限り、政府は通貨安になっても特に対策を講じる必要がない〉という結論にも疑問を持っています。通貨安には政府は何らかの対策を講じるべきときがあると考えるからです。




 さて、重ねて言っておきますが、MMTの理論の妥当性は第2章にかかっていると思われますので、本書を読む方はここの論理に納得できるか注意深く確認しておくことを推奨します。理解しきれていない理論や、納得できない理論に賛同することは、誰のためにもならないと思われるからです。







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