スラッファ『商品による商品の生産』


  スラッファ(Piero Sraffa, 1898~1983)は、イタリア生まれのイギリスの経済学者です。マーシャルを批判して不完全競争理論の確立に影響を及ぼし、新古典学派にかわる基礎理論を提示しました。


第一節 『商品による商品の生産』の経済学
 『商品による商品の生産(The Production of Commodities by Means of Commodities)』は、スラッファが1960年に出した著作です。

 

第一項 収益不変
 この書の序文で、スラッファは意味深な言葉を発しています。


 需要と供給の均衡のタームで考えることに慣れている人なら誰しも、これからのページを読むにあたって、そこでの議論が一切の産業における収益不変という暗黙の仮定に立っていると想定しようとするかもしれない。このような仮定が役に立つことがわかれば、読者がそれを一時的な作業仮説として採用しても、なんの困難もない。だが、実際には、そのような仮定は立てられていない。


 実際には収益不変の仮定が立てられていない、とは、どういうことでしょうか。
 その謎を解くことは難しいと思われますが、参照すべき箇所もあります。例えば[第八章]には、〈もし一つの基礎的商品の生産方法に改良が生じたならば、その結果は必然的に利潤率と一切の商品の価格の変化をきたすであろうが、非基礎財のばあいには、同様の改良は、たんにその特定の価格に影響するにすぎないということ〉が語られています。スラッファは、稀少性よりも生産の観点から経済学を考えようとしていることが分かります。
 また、スラッファは、経済学でお馴染みの需要と供給の均衡とは異なった理論を提示しようとしていることも指摘できます。

 

第二項 自由度一
 スラッファは、〈われわれは終始、どのような体系も少なくとも一つの基礎的生産物を含むものと仮定しよう〉と述べています。
 その上で、〈変数の一つとして賃金を付加した結果、これらの変数の数はいまや、方程式の数を一つだけ超過することになるので、その体系は自由度一をもって動くことができる。そしてもし、変数の一つが定められると、他の変数もまた確定するであろう〉と語っています。未知数の数が方程式の数よりも一個多いモデルにおいて、自由度一の世界が築かれることになるのです。
 このモデルは、〈どのような体系内でも、完全な「くりかえし」はただバランスを保つ割合によって可能となるにすぎない〉のであり、〈事実上、「くりかえし」というただ一つの条件だけが存在することになる〉とされています。


第三項 標準商品と標準体系
 スラッファは、次のような経済体系を構築しています。


 現実の経済体系から、一つの完全な縮尺体系を構成するような個々の基礎的産業の部分を切りはなしてみよう。そしてこの縮尺体系は、各種の商品が、生産物として保っているのと同じ割合で、その総生産手段のなかにも現われるという性質を備えているものとしよう。


 ここからスラッファは、合成商品として、一意的な割合を持つ標準商品(standard commodity)を定型化するのです。〈このような型に属する混合体を、標準合成商品ないしは簡潔に、標準商品とよぼう。そして標準商品を生産する割合で組まれた、方程式の(ないしは産業の)組合せを、標準体系とよぶであろう〉と語られています。
 スラッファは現実の体系を観察することによって、仮想の標準体系(standard system)を論理的に構築していくのです。〈標準体系においては、各種の商品が総生産手段にはいるのと同じ割合で生産されるという事実は、生産された数量が生産で使いはたされた数量を超過する比率が各商品について同じであるということを意味している〉というわけです。
 標準商品を価値尺度とすることによって、賃金と利潤の分配関係が諸価格の変化から独立して論じることができるようになるわけです。〈標準体系においては、純生産物の賃金と利潤とへの分配にいかなる変動が生じようとも、また、その結果として価格がいかに変化しようとも、生産手段に対する純生産物の比率は同一に止まるであろう〉と説明されています。
 ここでスラッファが述べている価格は、「市場価格(market prices)」とは異なっているようです。ここでは、スラッファ体系内の「くりかえし」条件によって決まる価格のことだと考えておくことにします。

 

第四項 独立変数
 利潤率について、〈それは、生産の体系の外部から、とくに貨幣利子率の水準によって、決定されることが可能である〉とあります。スラッファは利潤率を独立変数にし、外部からそれを与えることでモデルを閉じているわけです。そのため、利潤率が貨幣利子率の水準によって決定されることになります。
 つまり、標準体系における利潤率は、諸商品の価格から独立に(価格変動の影響を受けずに)、商品間の物的数量の比率として決まるということです。
 このことが意味するところについて、スラッファは明確に述べていません。スラッファの理論では、利潤率や賃金率などの分配の問題について、外部から導入することで問題を処理しています。それらを外部から導入するということは、それらを方程式などの数学的理論によって算出できないということです。そのため、スラッファはそれらを数学的に理論化できないと考えていた可能性があります。例えば、分配の問題は歴史的な社会制度に関わるため、普遍化できないと考えていた可能性などが浮かんでくるのです。

 

第五項 利潤率と資本/労働の比率
 [第十二章]には、利潤率の上昇・低下が、資本/労働比率の低下・上昇をもたらすという命題が成り立たない可能性が示唆されています。


 利潤率の上昇ごとに、(単一生産物産業の体系では)つねにどんな商品で測っても賃金の下落が対応するであろう。これは利潤率と賃金の変化がつねに一つの体系の内部で生ずるために、この二つの動きが反対の方向をとらざるをえないからである。ところが、一つの方法から他の方法への(したがってまた、一つの体系から他の体系への)切換えは、利潤率または賃金のいずれの変化をもともなわない。


 ここでの体系から体系への切替えについては、〈与えられた賃金と利潤率の水準において可能となる〉とスラッファは述べています。

 

第二節 『商品による商品の生産』の問題点
 スラッファの理論は、異端派と呼ばれることもあります。異端派に対比するところの正統派経済学についても問題は多いので、スラッファの理論を異端派として排除してしまうのは間違っていると思われます。
 なぜなら、正統派を名乗るものの陥穽を撃つには、異端派と呼ばれる理論が役立つことがあるからです。その観点から、スラッファの経済学はかなり役立つように思われるのです。
 スラッファの理論に対しては、標準体系という都合の良い設定によって、都合の良い結論を導いたに過ぎないという批判も可能でしょう。標準体系は、現実の体系の各産業の生産規模を一定倍した仮想の体系です。ですから、数学的に等値になると見なして、現実の体系に妥当すると主張することには問題があると思います。複雑な現実の体系に対し、単純化した仮想の体系をそのまま当てはめることは危険だからです。
 ですが、スラッファの理論は現実の体系のある側面を表現していると考えておくことは重要だと思うのです。それは、他の側面の影響を受けるでしょうし、他の側面に影響を与えることもあるでしょう。そういった多角的な視点を持つということは、経済学という分野では非常に重要なことだと思います。その一つの視点を提供できているということからも、スラッファの理論は参照に値します。

 

第三節 『商品による商品の生産』から学ぶべきこと
 スラッファによる市場の見方では、商品(自然)利子率が、外生的に与えられた貨幣利子率に調整されるわけです。この考え方は、貨幣利子率が唯一の自然利子率に調整されるという(例えばワルラスのような)見方とは対称的です。
 これらのどちらかを選択して現実に挑むことは、端的に間違っています。現実は、どちらの側面もあるという簡単な話です。商品(自然)利子率と貨幣利子率は、互いに影響を与え合うことになるのです。
 様々な見方によって、現実の経済は動いていきます。ですから、単一の見方に捕らわれないように注意しておくことが重要になるのです。


 

 

 

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