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ヴェブレン『有閑階級の理論』

 

  ソースティン・ヴェブレン(Thorstein Veblen、1857~1929)は、アメリカの経済学者であり社会学者です。

 

第一節 『有閑階級の理論』の経済学
 ウェブレンの『有閑階級の理論(The Theory of the Leisure Class)』は、1899年に出版されました。
 

第一項 有閑階級
 ウェブレンは、〈有閑階級全体は貴族階級と聖職者階級から構成されるが、従者の大部分もそれに含まれる〉と述べています。有閑階級とは、財産があり、生産的労働につかず、閑暇を社交や娯楽などに費やしている階級のことです。

 

 有閑階級という制度は、共同社会が原始未開から野蛮状態へと移行する間に、つまりもっと正確に言えば、平和愛好的な生活習慣から一貫性をもつ好戦的な生活習慣へと移行する間に漸次的に発生した、というのである。それが首尾一貫した形で登場するために不可欠な条件は、以下である。(一)共同社会は略奪的な生活習慣(戦闘あるいは大きな獲物、または両者)から構成されていなければならない。すなわちこの場合、始まったばかりの有閑階級を構成する男は、暴力や策略によって危害を加えることに慣れていなければならない。(二)共同社会のかなりの部分が恒常的に決まりきった肉体労働に従事せずにすむことを許容するほど、十分容易な条件で生活必需品が入手可能でなければならない。有閑階級という制度は、ある職業は尊敬に値し、ある職業は尊敬に値しないという、初期の職業間の差別化から派生したものである。


 ここで示されているウェブレンの歴史認識は、現在の研究成果から様々な批判が可能でしょう。事実、かなり穿った見方に過ぎないと思われます。
有閑階級については、よほどの例外を除いて、人類史のいたるところに見つけることのできる興味深い現象だと考えておいた方が良さそうです。

 

第二項 制作者本能と金銭的な競争心
 有閑階級について説明するために、ウェブレンは制作者本能という言葉を持ちだしています。

 

 人間は有用性や効率性を高く評価し、不毛性、浪費すなわち無能さを低く評価する、という感覚をもっている。この習性ないし性向は、製作者(ワークマンシップ)本能と呼ぶことができよう。生活の環境や伝統が能率をめぐって人と人とを比較するという習慣をもたらすようなところでは、製作者本能は、結局、人と人との間の競争的な、あるいは妬みを起こさせるような比較をもたらすことになる。

 

 そのため、〈製作者本能は競争心にもとづく力の誇示をもたらすことになる〉わけです。確かに、人間にはウェブレンが制作者本能と呼ぶような性質があるように思えます。ここに所有権が関わってきます。ウェブレンは、〈文化的な進化の継起のなかでは、有閑階級の登場は所有権の開始と時期を同じくしている〉と述べ、〈閑暇と所有権が当面の目的にとって関心事になるのは、社会構造の要素――慣例的な事実――としてである〉と語っています。〈所有権の根底にある動機は競争心〉であることを見抜いたウェブレンは、〈能率の証拠と見なされていた富の所有が、大衆の理解においては、それ自体で賞賛に値する行為になってくる〉ことを指摘しています。〈富それ自体が本来的に尊敬に値するものであり、その所有者に名誉を与える〉というわけです。


 人間と人間との自己中心的な対立関係がはっきりと意識されてくるにつれて、秀でた業績を求める性向――製作者本能――は、ますます金銭的にすぐれた業績を達成するという点で他人を凌ぐための努力へと、姿を変えていく傾向がある。

 

 制作者本能のために、人間は作品の有用性や効率性を高く評価します。この働きが、逆説的なことに、有閑階級という制度を可能にするのです。

 

第三項 顕示的閑暇と顕示的消費
 ウェブレンは、〈育ちのよい生活の作法というものは、顕示的閑暇や顕示的消費という規範に適合するような細目から成り立っている〉と述べています。
 顕示的閑暇については、〈閑暇な生活は、それ自体としてもその結果としても、文明人の目にすばらしくしかも高貴なものと映る〉という観察結果から語られています。そこには、〈生産的な仕事はするに値しないという意識〉と、〈何もしない生活を可能にする金銭的能力の証拠〉という要素が存在しています。
 顕示的消費については、次のように説明されています。

 

  価値の高い財の顕示的消費は、有閑紳士が名声を獲得するための手段である。彼の手元に富が蓄積されてくると、彼自身の努力だけでは豊かさを十分に証明できなくなってくる。こうして友人や競争相手の助力を得て、高価な贈り物や贅を尽くした祝祭や宴会を提供するという手段が活用される。

 

 この顕示的閑暇や顕示的消費を行う有閑階級には、ある種の役割が生まれます。〈名声という点では、有閑階級が社会的秩序構造の頂点に立っている。だからこそ、その生活の作法と価値基準が社会全体に対する規範を与える〉ということです。なぜなら、〈高度に組織化されたあらゆる産業社会では、立派な評判を得るための基礎は、究極的に金銭的な力に依存している。金銭的な力を示し、高名を獲得したり維持したりする手段が、閑暇であり財の顕示的消費なのである〉と考えられているからです。
 こういった考え方を突き詰めていくと、〈名声に値するものであるためには、浪費的でなければならない〉ことになります。浪費とは、〈この類の支出が全体として人間生活や人間の福祉に役立たない〉ということです。ただし、〈当初は浪費的なものとして始まったのに、消費者の理解の上でやがて生活必需品になってしまう、ということが生活水準の構成要素のなかでしばしば生じる〉ことも指摘されています。

 

  あらゆる支出に課される審査は、それが全体としてみた人間生活を高めるのに直接役立つかどうか――それが非個人的にみた生活過程を助長するかどうか――という問題である。というのは、これが制作者本能による判定の基礎だからであり、この本能が、経済的な真理や妥当性をめぐるあらゆる問題の最終控訴審の場だからである。

 

 ウェブレンが考える問題は、〈支出の結果が、生活の充足や快適さの点で進歩をもたらすか否か〉という点にあるのです。問題は、特定の消費者の満足や心の平安ではないというのです。


第四項 生活図式と人口抑制
 有閑階級の役割で重要なものの一つとして、生活図式を社会に示すことが挙げられます。

 

 一般的な概略においてのことではあれ、世間体にかない、名声に値するものとしてどのような生活図式を社会が受け入れるようになるか、を決定するのは有閑階級である。教示や例示によって、最高かつ理想的な形でこの社会的救済の図式を説明することが、有閑階級の人々の職務なのである。

 

 ある種の理想を社会に提供するために、有閑階級の存在は欠かせないのです。
 また、有閑階級の理論では、人口抑制についても示唆に富む回答が示されています。

 

 なんとしても面目を保てるような支出を実行しなければならない羽目に陥っている階層の出生率の低さは、同様に、顕示的浪費にもとづいた生活水準をみたす、という必要性に起因している。子供の標準的な養育に要する顕示的消費や結果的な支出の増加はきわめて大きく、強力な抑止力として作用する。おそらくこれが、マルサスが言う思慮深い抑制のうちで、最も効果的なものであろう。

 

 ここでウェブレンが問題にしている対象は、マルサスの『人口論』です。マルサスは、食糧が増加すると人口が増加するため、その抑制のために貧困と悪徳を提示しています。しかし、それだけですと、裕福になった国での少子化問題を説明できないわけです。ウェブレンの回答は、裕福な国での少子化問題に対する一つの回答を示しています。

 

第五項 制度
 ウェブレンは、〈社会構造の進化は、制度の自然淘汰の過程であった〉と述べています。そこでは、〈制度それ自体は、たんに普及し、支配的なタイプになっている精神態度や習性を形成する淘汰的で適応的な過程の産物であるだけではない。それは同時に生活と人間関係の特定の体系であり、それゆえ、次の機会には淘汰をもたらす要因になるのである〉と考えられているのです。

 

 制度とは、実質的に言えば、個人や社会の特定の関係や特定の機能に関する広くゆきわたった思考習慣なのである。したがって生活様式というもの、つまり、あらゆる社会の発展過程の一定の時と所で効力をもつ諸制度の全体を構成するものは、心理学的な面からみて、広く行きわたった精神態度や人生観だ、とおおよそ特徴づけることができよう。

 

 他にも制度については、〈制度は過去のプロセスの産物であり、過去の環境に適応したものであり、それゆえ、決して現在が要求しているものに完全に一致することはない〉と語られています。

 

第六項 進化と保守
 ウェブレンは、進化と保守の関係性についても論じています。社会の進化については、次のように語られています。

 

 社会の進化は、実質的にいえば、過去の異なった一連の環境の下で、もはやそれに合致するように形成された思考習慣を許容しないような環境の圧力を受けて、個人の側でなされる精神的な適応の過程なのである。

 

 社会の進化に対し、〈有閑階級は保守的な階級である〉とされています。そのため、〈社会進化における有閑階級の任務は、進展するものを妨げ、時代遅れのものを存続させることである〉と考えられています。〈事の本質からして有閑階級は、社会の前進・発展と呼ばれる環境への適応を妨げるように作用し続ける〉というわけです。

 

第七項 有閑階級と古代的特質
 ウェブレンは、〈有閑階級という制度は、たんに社会構造だけでなく、社会構成員の個々の性格に対しても影響を及ぼす〉と述べています。その影響は、〈ある程度まで構成員の思考習慣を形成し、人間の習性や性向の発展に対して淘汰的な監視を行うことになるだろう〉と想定されています。ウェブレンは、〈有閑階級という制度が人間性を形成するという点でもっている大まかな傾向は、精神的な存続と先祖返りという方向で伝えられる〉と考えているのです。
 一方、〈社会進化は、共同生活の環境がもつ圧力の下で、気質と思考習慣とが淘汰的に適応してゆくプロセスである。思考習慣の適応が制度の成長である〉と語られています。

 

 有閑階級が名声の手本としてもっている規範的な地位は、有閑階級の人生観を形作る多くの特徴を、下層階級に押しつけてきた。結果的に、つねに社会全体にわたって、このような貴族的特性の多少とも永続的な培養が続けられてきた。それゆえにまた、このような特性は、もし有閑階級という教訓と模範がなかった場合に比べて、人民集団の間で生き残りのための機会を増大させることになる。

 

 ウェブレン自身の考えは、例えば次のような文章に現れているように思われます。

 

 古典古代の有閑階級の間で大流行していたような、生活、理想、思索および時間や財の消費の仕方などを沈思黙考する習慣に由来する喜びや好みといったものは、この点に関して、現代社会のありふれた人間の願望、知識および日常生活に同様に親しんでいることから結果的にえられる喜びや好みよりも、さらに「高級」で「高貴」で「価値がある」ものと考えられる。最近の人間や事物に関する純然たる知識を内容とする学問は、比較的「低級」で「卑しく」、「下品な」ものなのである。

 

第二節 『有閑階級の理論』の問題点
 有閑階級について、「好戦的な生活習慣」や「略奪的な文化段階」とか「金銭的な文化段階」という用語で説明している箇所については、現代の研究成果も踏まえておくべき論点です。有閑階級の存在については、もっと広く、人類史のいたるところで見られる興味深い現象だと考えておいた方が良いと思われます。
 また、ウェブレンは有閑階級を保守的な階級と考えているようですが、必ずしもそうだとは限りません。世に存在する有閑階級の中には、発生当初から革新的だったり、途中から革新的に変化する階級がありえるからです。有閑階級については、保守的にも革新的にもなりえるということを想定しておき、その性質が社会に及ぼす影響について考察していくべきなのです。

 

第三節 『有閑階級の理論』から学ぶべきこと
 ウェブレンの言う制度とは、「個人と社会の特定の関係なり、特定の機能なりに関する支配的思考習慣」のことです。ウェブレンの示す有閑階級における制度論には、考えてみるべき論点が含まれています。
 有閑階級には金銭的な力が必要ですが、そこには顕示・浪費・名声・規範といった要素が関わってきます。それゆえ人々の生活に影響を及ぼし、複数の価値観が混在することになります。価値観の複数性については、その関係性を考察しておくことが重要になります。
 例えば、ある有閑階級が示す生活図式に対し、それを上品だとも下品だとも評価することができるわけです。それらの評価の相関関係を認識した上で、自身の価値観を構築することは非常に重要だと思われるのです。

 


 

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