『日本式 経済論』会沢正志斎の章


 会沢正志斎[名が安、号が正志斎](1782~1863)は、江戸後期の水戸藩士です。尊王攘夷の運動を推進し、水戸学の発展に努めました。著作である『新論』を見ていきます。



第一節 五論

 国家が依って立つべきことが五つ提示されています。



 国家のよろしく恃むべきところのものを陳ぶ。一に曰く国体、以て神聖、忠孝を以て国を建てたまへるを論じて、遂にその武を尚び民命を重んずるの説に及ぶ。二に曰く形勢、以て四海万国の大勢を論ず。三に曰く虜情、以て戎狄覬覦するの情実を論ず。四に曰く守禦、以て国を富まし兵を強くするの要務を論ず。五に曰く長計、以て民を化し俗を成すの遠図を論ず。



 まとめると、国体・形勢・虜情・守禦・長計の五つが提示されています。国体とは、国家の体制であり、国柄のことです。日本の国体が神聖であるのは、記紀神話に伝えられる神々のためであり、人民の生活を重んじることにつながっています。形勢とは、日本を取り巻く国際情勢のことです。虜情とは、外夷が非望を抱いて、神州である日本をうかがう状況のことです。守禦とは、富国強兵のことです。長計とは、遠大なはかりごとのことです。



第二節 貨幣

 貨幣について言及があります。



 貨幣は軽重を権(はか)る所以にして、物多ければ、すなはち物軽くして金重し。金重ければ、すなわちその数寡(すくな)しといへども、また用に乏しからず。



 貨幣は価値をはかる基準であり、品物が多ければ品物の価値は低く金銭の方が高くなるというのです。お金の尺度機能(計算単位)が指摘されていることが分かります。ここでは金銭の方が高ければ、流通量が少なくても不自由しないと考えられています。



 貨幣多ければすなはち軽く、軽ければすなはち百物随つて重し。工商の生活に、用ふるところの物すでに重ければ、すなはち必ずその造作・貿易するところのものを貴くして、以て衣食の費を償ふ。故に百物いよいよ重くして、貨幣いよいよ軽し。いよいよ軽ければ、すなはち多しといへどもまたなお乏しきがごときなり。



 貨幣の流通量が増えると貨幣価値が下がり、それにつれて物価が騰貴するというのです。工商の生活用品が高くなると、製造して販売するものをつりあげて生活費をまかなおうとします。そのため、物価はますます上がり、貨幣価値はいよいよ下がるというのです。貨幣価値が下がると、流通量は多くても足りなくなるというのです。

 会沢は、〈およそ天下の物は偏重あれば、すなはちその軽からざるものもまたなお軽きがごとし〉と述べています。何かが偏って重ければ軽くないものまで軽く見られるというのです。



第三節 米穀政策

 米穀については、〈海内の穀は、よろしく海内に蔵すべくして、まさにこれを海外に棄つべからざるは、理の知り易きものなり〉とあります。国内の米穀は、国内に貯蔵して、海外に放棄してはならないというのです。具体策としては、米穀を分散して民間に貯蔵することで、人民が困窮しなくなる方法が提案されています。その貯蔵場所は、海外ではなく国内であるべきだと考えられているのです。



第四節 改革四点

 改革について、四点が提示されています。〈天下よろしく釐革すべきもの四あり〉というわけです。釐は改めるという意味です。

 改革の第一に、〈内政を修む〉とあり、国内政治の整備が挙げられています。その内容は、士風の作興・奢侈の禁止・民生の保障・人財の登用の四つに分けられています。

 第二に〈軍令を飭(ととの)ふ〉とあり、軍令を整えることが挙げられています。その内容は、驕兵を整理すること・兵員を増員すること・精兵を訓練することの三つに分けられています。

 第三に〈邦国を富ます〉とあり、藩を豊かにすることが挙げられています。貧しい状態から富を得るためには、現在の風俗にとらわれてはならないと考えられています。利害を斟酌し、うわべの形式を廃して実益を取るのは、英雄が時機をみて緩急自在に臨機応変に対応することだというのです。

 最後に〈守備を頒(わか)つ〉とあり、守備を分散することが挙げられています。その内容は、屯田兵をおくこと・斥候(敵情偵察)の組織を整えること・海軍を整備すること・火器を鍛えること・食糧を備蓄することの五つに分かれています。



第五節 利潤の適正化

 利潤の適正化について言及があります。



 軽重その権を得、米価その平を得、姦商猾賈をして専ら利柄を操(と)ることなからしめ、販夫・販婦をして独りその業を失ふことなからしめ、善く利を導きてこれを上下に布けば、すなはち邦君より以て士民に及び、その穀多く蔵すべくして、経費もまた以て給すべし。士民倶(とも)に富めば、すなはち商賈もまた随つてその利を受く。糶糴(ちょうてき)制ありて上下倶に便し、利を導く所以のもの周(あまね)きなり。



 軽重の均衡で米価が平均化され、悪商人が利益を独占することなく、行商人だけが失業することなく、利潤の適正をはかって上も下も指導すれば、皆の米穀の収蔵が増えて必要経費も足りるようになるというのです。武士も民も豊かになれば、商人もまた利益を得るようになると考えられています。米穀の売買制度を整えると上も下も便利になり、利潤の適正化が全体に及ぶとされています。



第六節 時に臨む

 米穀の財政管理は、方式が単純ではないことが指摘されています。



 およそ財穀を理(おさ)むるは、その術一端ならず。今、これを行はんと欲するに、一利を興せばすなはち一害随つて生ず。時に臨んでよろしきを制し、一を執りてこれを論ずべからず。



 有効な策を一つ行うと害も生じるため、その時その時で適宜な手段を取り、一つの方式にとらわれてはならないとされています。例えば、自然の産物・人工の作品・鉱物資源・米穀貯蔵などは、浪費を止めて生産を広げ、害のあるものは制限し、利のあるものは開発し、将来のことを考慮し、時機を察し、統制と放任により均衡をはかり、制度を立てて適材適所によってこれを実行すべきと考えられています。資材・食糧の備えは、平時において詳細に議論しておかなければならないというのです。

 会沢は、〈夫れ天下の事、この利あらば必ずこの害あり、二者相倚らざるはなし〉と述べています。天下のことは、一の利があればかならず一の害がともない、利害が相関的であることが認識されています。



第七節 義と利

 義と利の関係については、〈苟しくも義を以て利となるにあらざるよりは、すなはち所謂、利なるものは、未だその利たるを見ざるなり〉とあります。義こそが利なのであり、義を伴わない利は、本当の利ではないというのです。







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