『日本式 経済論』太宰春台の章


 太宰春臺(1680~1747)は、江戸中期の儒学者です。荻生徂徠に学び、特に経世済民の学において徂徠学を継承しています。著書である『経済録』と『経済録拾遺』を見ていきます。



第一節 『経済録』

 まずは『経済録』から見ていきます。



第一項 経済

 太宰は、経済について次のように論じています。



 凡経済ハ、古ト今ト時ヲ異ニシ、中華ト日本ト俗ヲ異ニスレドモ、是ヲ行フ術ハ、少モ異ルコト無シ。若シ古ニ宜クテ、今ニ宜シカラズ、彼国ニ宜クテ、此国ニ宜シカラザルハ、聖人ノ道ト云ベカラズ。是ヲ行フテ、行ハルト、行ハレザルトハ、行フ人ニ在リ。



 凡天下国家ヲ治ルヲ経済ト云。世ヲ経シテ民ヲ済フト云義也。



 世を経(おさ)め民を済(すく)うことが、経済だというのです。経済は時代や国が違えども、方法論は変わらないと考えられています。結局のところ、経済はそれを行う人次第だというのです。



第二項 沿革と損益

 沿革と損益について説明されています。〈沿革トハ前代ノ政ニ因ルヲ、沿ト云、前代ノ政ヲ[改ムルヲ]、革ト云。又損益ト云コト有リ。前代ノ制度ヲ減裁スルヲ、損ト云、増加スルヲ、益ト云〉とあります。沿革の「沿」の部分は以前からの政治に従うことであり、「革」の部分は改めることだとされています。損益の「損」の部分は以前からの制度を減らし、「益」の部分は増やすことだとされています。経済においては、以前からの政治に従う部分と改める部分の区別や、制度を増やしたり減らしたりすることの区別が必要だということです。

 その上で、〈損益ハ一事ノ上ニモ有ル也。歴史ヲ読者、是等ノ義ヲ以テ、古来経済ノ不同ナルコトヲ知ベシ〉と語られています。一つの小さな出来事にも損益が発生するため、歴史を学んで経済に通じておくべきことが説かれています。



第三項 知るべき四点

 太宰は〈経済ヲ論ズル者、知ルベキコト四ツ有リ〉と述べ、次の四点を挙げています。



 凡経済ヲ論ズル者、知ルベキコト四ツ有リ。一ツニハ時ヲ知ルベシ。二ツニハ理ヲ知ルベシ。三ツニハ勢ヲ知ルベシ。四ツニハ人情ヲ知ルベシ。



 個別に見ていきましょう。

 一点目は、時を知ることです。〈一ツニ時ヲ知ルトハ、古今ノ時ヲ知ル也〉とあります。時を知るとは、古今に通じることだとされています。歴史を学ぶ必要があるということです。〈治道ヲ論ズルニハ、時ヲ知ルヲ最要トスル也〉とあるように、世を治めるには時を知ることが重要視されているのです。

 二点目は、理を知ることです。〈二ニ理ヲ知ルトハ、理ハ道理ノ理ニ非ズ、物理ノ理也。物理トハ、凡物ニハ必理有リ〉とあります。経済において知っておくべき理として、物理が挙げられています。ここでいう物理とは、例えば〈物ノ理ニハ必順逆有リ。サル故ニ物ヲ治ルニ、理ニ順ヘバ治リ、理ニ逆ヘバ治ラズ〉と説明されています。為政者は、物の理を求め、その理の従って逆らわなようにすべきことが説かれています。

 三点目は、勢いを知ることです。〈三ツニ勢ヲ知ルトハ、勢ハ事ノ上に在テ、常理ノ外ナル者也〉とあります。勢いは事実の上にあり、常識が通用しないような事態が想定されています。具体例としては、〈譬バ水ト火トノ如シ。水ハ火ニ勝者ナレドモ、少ノ水ヲ以テ大火ヲ救フコト能ハザルハ、火ノ勢強ケレバ也〉と説明されています。水は火を消しますが、火が大きければ少しの水では役に立ちません。そのときの勢いを考慮して対応すべきだということです。また、勢いは理と合わせて論じられていて、両方を踏まえた上で政治を行うべきことが語られています。

 四点目は、人の実情を知ることです。〈四ツニ人情ヲ知ルトハ、天下ノ人ノ実情ヲ知ル也〉とあります。具体的には、〈好悪・苦楽・憂喜ノ類〉が挙げられています。〈人ニ此情無キ者有ラズ〉というわけです。政治についても、〈政事ヲ施シテ、人情ニ協(かな)ヘバ、民従ヒ易シ。人情ニ悖(もと)レバ、民従ハズ〉とあるように、人情を考慮すべきことが語られています。



第四項 人情

 太宰は、人の情の弱さも熟知しています。精神力の強い武士については、〈士大夫ハ大抵義ヲ知テ道ヲ守ル心モ有ル者〉と見なす一方で、〈小民ハ義ヲ知ラズ、道ヲ守ル心モ無ケレバ、情ヲ抑ヘ、情ヲ制スルコト能ハズ〉と述べ、精神力の弱い者も想定しています。人情を考慮し、人情に適ってこその政治だということです。〈昔ヨリ、人情ニ悖タル政ノ永久ニ行ハレタルハ有ラズ〉ということです。

 太宰は、〈人情ヲ知ルコト、物理ヲ知ルヨリモ難シ〉と述べています。物理は本を読んで学問をすれば身に付きますが、人情はそれだけでは分からないというのです。人情は、物理よりもよっぽど難しいというのです。



 唯善ク学問シタル上ニテ、其品々ノ人ニ近ヅキテ、親ク其事ヲ見聞シテ、一々ニ其人ノ身ニナリカハリテ、其隠微ノ所ヲ深ク察シテ、其所業ト其言語トニ意ヲ注デ、精ク思惟スレバ、其大要ヲ得ル也。サモナクテハ、決シテ人情ニ通ズルコト能ハズ。



 人情に通じるには学問だけでは不十分であり、実際の状況や環境に身を置き、注意深く観察し考察しないと分からないというのです。そこでは、相手の立場で考えることや、行動と言葉の関係を考えることが必要になるのです。



第五項 経済と政治

 太宰は、経済と政治の関係について次のように述べています。



 学問有リテ古今ノ世変ニ達シ、時ヲ知リ理ヲ知リ、勢ヲ知リ人情ヲ知テ、経済ノ道ヲ明メタル者ヲ、卑賤ヨリ挙テ、是ヲ補佐トシテ治道ヲ論ジ、政事ヲ議シ不易ノ定法ヲ立玉ハヾ、天下何ゾ治メ難カランヤ。



 経済に通じた人なら、身分に関わらず政治に参加させるべきことが説かれています。経済には、過去を学ぶ必要があるという認識がここにはあります。ただし、単純に過去にうまくいったことをするというわけではありません。太宰は〈古ノ政、今ノ世ニ行ヒ難キコトモ多シ〉と考える一方、〈然ドモ政ニハ大体ト云モノ有リ〉とも考えているのです。つまり、古きことを学び、学び取った政治の大本を今に活かすべきことを述べているのです。



第六項 国の政治

 国を治めることについては、〈国ヲ治ル道モ、人主ノ一代々々ノ物好ニテ、先君ノ政ヲ替ルハ、治ルニ非ズシテ、乱ヲ速(まね)ク道也〉とあります。ある特定の世代が、好き勝手に以前から続いている政治を替えてしまうと混乱の基になるというのです。



 其本ヲ善クセズ、世ノ移リ行クニ任セテ、悪クナリコヂレタル国家ヲ、一旦ニ治メテ善クセントスルハ、彼庸医ノ難病ヲ治スルガ如シ。政令ヲ出セバ出スホド、民情ニ逆ラヒテ治マラズ、却テ乱ヲ速(まね)ク道也。其時ニ無為ノ道ヲ知リタル者ハ、手ヲ著ケズ、治メズ、只民ノ元気ヲ養フテ、ユガミナリニモ、国運ヲ少モ長クスルコトヲ計ル。是ヲ善治ト云、是ヲ不治ノ治ト云。



 基本から善くしようとせず、惰性に任せて悪くなってしまった国家を善くしようとすることは、難病を治すくらい難しいというのです。いたずらに法律で縛れば民は逆らうため、かえって世の中は乱れるというのです。ですから、民の活力がうまく働くような政策が求められることになるのです。



第二節 『経済録拾遺

 『経済録拾遺』は『経済録』の後に書かれました。



第一項 経済と制度

 太宰は、経済における制度について語っています。



 国家ニ制度ヲ立ルハ本ナリ。制度ナクシテ、風俗敗レ、国用足ラザルヲ、是マヽニテ当前ノ急ヲ救ハントスルハ末ナリ。然レドモ天下ノ制度ヲ改ルコトハ、一国ノ力ノ及ブ所ニ非ズ。天下ノ制度改ラズシテハ、善キ経済ハ行ハレズ。サレバトテ、一国ハ一国ノ経済ニテ、如何様ニモナルベキ事ヲ、一向ニ棄置テ位ヅメニスルハ、智術ナキナリ。



 経済においては制度が重要だということです。制度は『経済録』で〈制度トハ万事ノ法式ヲ定ルヲイフ〉と定義されています。天下の制度を改めることは難しいですから、一国の経済から立て直すべきことを説いています。江戸時代での話ですから、天下が日本で一国が藩を意味しているでしょうが、天下が世界、一国が日本という現代の状況においても参考になる見解だと思われます。



第二項 金銀と売買

 太宰は〈今ノ世ハ、只金銀ノ世界〉という認識において、〈今ノ世ハ、米穀布帛アリテモ、金銀乏ケレバ、世ニ立ガタシ〉と述べています。ここには商人の経済力の増大に伴い、金銀による貨幣経済が拡大した時代状況があります。



 今ノ世ハ、禄アル士大夫モ、国君モ皆商賈ノ如ク、偏ニ金銀ニテ、万事ノ用ヲ足ス故ニ、如何ニモシテ金銀ヲ手ニ入ルヽ計ヲナス。是今ノ急務ト見ユルナリ。金銀ヲ手ニ入ルヽ術ハ、売買ヨリ近キコト無シ。



 金銀による貨幣経済において、売買によってお金(貨幣)を入手する世の中になっているというのです。そのため武士階級が商売することによって、利益を得るべきことが説かれているのです。



第三項 国用と国富

 売買の方法についても、様々な方法が語られています。ここでは国に必要なものを満たし、国の富みを増やすことが図られています。



 土産ノ出ルニ多キ有リ、寡キ有リ。土産寡キ処ハ、其民ヲ教導シ、督責(トクセキ)シテ、土地ノ宜キニ随テ、百穀ノ外、木ニテモ草ニテモ、用ニ立ツベキ物ヲ種(ウヘ)テ、土物ノ多ク出ル様ニスベシ。又国民ニ宜キ細工ヲ教テ、農業ノ暇ニ、何ニテモ人間(じんかん)ノ用ニ立ベキ物ヲ作リ出サシメテ、他国ト交易シテ、国用ヲ足スベシ。是国ヲ富ス術ナリ。



 土地に合った栽培方法や、兼業などの方法が示されています。ここでいう「人間(じんかん)」は、世の中のことです。他国と交易して自国に必要なものを満たし、国の富を増進させる方法が示されています。





第四項 物産と物流

 国富の方法の一つとして、〈今ノ経済ニハ、領主ヨリ金ヲ出シテ、国ノ土産、諸ノ貨物ヲ、コトゴトク買取テ、其処ニテ買フモノアラバ売ルベシ〉という意見があります。領主が物流を管理し、船や馬を使って都会(江戸・京・大坂)へ持っていき売るという方法が提案されています。



 今若其国主ヨリ金ヲ出シテ、其国ノ土産貨物ヲコトゴトク買取ンニ、民ノ居ナガラ他所ノ商人ニ売ルト、他所ニ旅行シテ、行家ニ就テ売ルト、両様ノ価ヲ勘辨シテ、其価ヨリ少貴ク買取テモ、多クノ貨物ヲ一処ニ集テ、江戸・大坂ノ如キ都会ニ送テ、府庫ニ蔵置キテ、時価ノ貴キ時ニ売出サバ、国民ノ私ニ売ルヨリモ、其利多カルベシ。



 国主がまとめて売り物を運ぶのと、個人が運んだ場合を比較して考慮しろというのです。貨物を一括して運び、都会の諸藩の蔵屋敷に置いて、時価の高いときに売り出せば、個々人が売買する場合に比べて利益が大きいからです。この方法では、領主が物流を買い取って一括管理し、大量輸送して売却することで利益を上げられます。そうすれば、〈民必コレヲ便利ト思テ喜ブベシ〉というわけです。

 つまり、製品を大量に買い付け、物流を集約して大規模輸送を実現し、保管場所を確保して時価にあわせて製品を売り出す方法が示されているのです。藩が、現在でいう企業活動を行うことが提案されているのです。



第五項 職責と

 太宰は、職責(勤め)のためにも市賈(商い)が必要だと言います。



 凡今ノ諸侯ハ、金ナクシテ国用足ラズ。職責(ツトメ)モナリガタケレバ、只如何ニモシテ金ヲ豊饒ニスル計ヲ行フベシ。金ヲ豊饒ニスル術ハ、市賈(アキナイ)ノ利ヨリ近キハ無シ。諸侯トシテ市賈ノ利ヲ求ルハ、国家ヲ治ル上策ニハアラネドモ、当時ノ急ヲ救フ一術ナリ。



 金がなければ国に必要なことができず、職責も果たすことができないため、商いをして利益を求めろというのです。そのためには制度が重要であり、金銀を増やすべきだと主張されます。そのためには、〈金銀ヲ豊饒ニスル術ハ、市賈ヨリ近キコト無シ〉と考えられています。そのとき、〈諸侯其国ノ土産ヲ以テ、他所ニ市賈センニ、何ノ憚ル所アランヤ〉と語られているように、商売をすることに遠慮はいらないというのです。








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