『日本式 経済論』林子平の章


 林子平(1738~1793)は、江戸中期の経世家です。著書である『海国兵談』を見ていきます。



第一節 経邦済世

 林は、経済について次のように述べています。



 天下國家に主たる人ハ、経済の術を知へし。夫経済トハ経邦済世とて、経ハ筋道の事、邦ハ國也。國に筋道を附ルを経邦ト云也。済世トハ済ハわたす事にて、此(コヽ)を彼(カシコ)に渡シ、彼を此に遣ス事也。世ハ世の中也。世の中の人の、すまひ易キ様に世話するを済世ト云也。



 さらに、〈済とは、第一に人々其処を得ル様に世話する事也〉と説明があります。つまり経済とは、国に筋道を付けて、世の中の人が住みやすいように世話をすることだというのです。世のために、人々が必要なものを世話することが要請されているのです。

 また林は、〈國家を経済する者ハ、刑を設て非を禁ス〉とも述べています。国政においては、刑罰を設けて為してはならないことを禁止することが重要だと考えられているのです。



第二節 文と武

 林は、〈文を学て國を治メ、武を張て國を彊(ツヨ)クする事〉を主張しています。文によって国を治め、武によって国を強くすることの重要性が説かれているのです。特に武については、〈躬(ミヅカ)ラ心を用ル時は如何なる不経済も取直シ、金穀をも貯て、始て武を張べし〉と強調して論じています。〈一國一郡にも主たる者ハ人ヲ多クシ、人ヲ強クする術を知べき事、兵家第一の肝要也〉とあり、人員増強と訓練という方法を示しています。武備の重要性については、〈國家に武備なきハ、國其の國に非ずト云もの也〉とさえ考えられているのです。

 林は、〈大将たる人は文武両全なる事を欲スべし〉と述べています。さらに、〈天度の寒暄、又は國土の経済、文武を励ス筋道迄能呑込たりとも、己レ一人知得ル耳(ノミ)にては、物の用に立難シ〉とも論じています。天候寒暖や経済や文武に通じるといえども、自分一人が知っているだけでは何の役にも立たないというのです。〈其國の上下万人、皆知得て皆勤ルにあらざれば、善の善に非ル也〉とあるように、国民が皆知って勤めるのでなくては、それは善ではないというのです。大将が文武を兼ね備えているのは当然ですが、天候寒暖や経済や文武は、一人が知っていてもどうしようもなく、国民が皆知って勤めて善と呼べるということです。



第三節 難事と心掛

 林は、考慮しておくべき難事とその心掛けについて述べています。



 人の世の中に五難あり。饑饉、軍旅、水難、火難、病難也。此五ツは変にして常式にあらざる故、何時到来するも計難ければ、此備を致ス事、一國一郡を領する人、第一の心懸なり。其心懸とて別の物にもあらず、金穀ノ二ツ也。



 饑饉・軍旅(戦争)・水難(水による災難)・火難(火による災難)・病難(病気による災難)などは、いつ起こるか分からないため、いつ来ても良いように金銭と穀物の準備をしておかなければならないというのです。



第四節 経済の九要点

 林は〈國家ヲ経済するの要九ツあり〉と述べ、食貨(食物と財貨)・禮式(礼式)・学政・武備・制度・法令・官職・地理・章服(制服)を挙げています。〈此九ツは経済の大趣意也〉というわけです。その中でも、〈人食無レば死シ、貨無レば物を通スル事能わず。此故に食貨を経済の第一トする事〉を重視して論じています。食物が無ければ人が死に、財貨が無ければ物流が停滞するため、特に食貨(食物と財貨)に重きを置いていることが分かります。







 本居宣長の章 へ進む


 『日本式 経済論』 へ戻る

 論文一覧 へ戻る


コメントする

【出版書籍】

本当に良いと思った10冊》

 『[ビジネス編]

 『[お金編]

 『[経済編]

 『[政治編]

 『[社会編]

 『[哲学編]

 『[宗教編]

 『[人生編]

 『[日本編]

 『[文学編]

 『[漫画編]』

《日本式シリーズ》

 『日本式 正道論

 『日本式 自由論

 『日本式 言葉論

 『日本式 経済論

 『日本式 基督論

《思想深化シリーズ》

 『謳われぬ詩と詠われる歌

 『公正考察

 『続・近代の超克

 『思考の落とし穴

 『人の間において

《思想小説》

 『思想遊戯

《メタ信仰論シリーズ》

 『聖魔書

 『夢幻典

 『遊歌集

《その他》

 『思想初心者の館

 『ある一日本人の思想戦

 『漫画思想

 『ASREAD掲載原稿一覧

 『天邪鬼辞典