『日本式 経済論』帆足万里の章


 帆足万里(1778~1852)は、江戸後期の儒学者であり、理学者です。西欧近世科学を学び、三浦梅園の説を発展させました。著作である『東潜夫論』を見ていきます。



第一節 経済

 経済について、次のように言及されています。



 士大夫たる人宜しく数を学びて、田賦の法、金財の出納をも明察し、郡奉行、勘定方をも差引して使ふべし。左もなくては経済に於いて行届かず、毎(つね)に金財のことにて胥吏に制せらるゝなり。



 経済においては、数に強くなり、法および銭や物品の出し入れに通じておくべきことが語られています。そうしないと、役人の掌の上で踊らされることになるというのです。



第二節 国政

 国政を町人に委ねることの危険性が指摘されています。



 今の世、町人を勝手向の役に使ふ國多し。是甚だ宜しからぬことなり。先づ財利の事も國政なり。町人に頼みて國を治むべき理なし。



 町人は利分を表として私多きものなり。且つ利徳のことには幼少より馴れて、中々以て士人の及ぶ所にあらず。必ず欺かれて盡く國益を盗まるなり。



 財政は重要な国政であるため、民間人に政務を任せることの危険が指摘されています。町人は儲けに長けていて、利益を得ることについては侍の及ぶところではなく、国政を間違った方へ導く可能性があるというのです。ここでは、私的な利益追求と国政の性格の違いが考慮されていることが分かります。



第三節 賄賂

 賄賂についても言及があります。



 諸侯の國にては一籃の魚、一筺の果も受けしむべからず。是皆賄賂の類なり。魚果の類、利徳にはならねども、已に其物を受けては人情気の毒に思ふ心出来て、必ず法を枉(まげ)る様になるなり。



 俗に役人の下方の物を受けるを役徳といふ。役義は元勤めなり。勤めに利徳あるべき理なし。皆賄賂なり。役義を正直に勤むれば昇進もし、加増をも賜はるなり。是こそ真の役徳といふべし。



 少しの賄賂だと思われるものについても、もらっては情が生まれてしまうため、受け取ってはならないとされてしまいます。役人には、役得というものはなく、それは賄賂に過ぎないというのです。役人は、まじめに働いて出世すべきことが説かれています。



第四節 武勇と清廉

 帆足は、〈治民及び貢賦は其國第一の要務なり〉と述べています。民を治めることと貢ぎ物と税金は、政治の大事な仕事だというのです。そのため、〈必ず学術ある士人を用ゆべし〉とあり、学のある人の必要性が説かれています。その上で、戦国と太平によっての場合分けが考慮されています。



 戦國には武勇を面(おもて)とす。武勇なれば人の國をも伐(き)り取りにす。故に武勇の士は少々の過も赦され、臆病なる人扶持にも離れ、人にも比数せられぬなり。太平の世は領地限り有り費用多ければ、清廉にして盗みせぬ人を第一とすべし。清廉の士は少々の過は赦すべし。貪汚にして官物を盗み、賄賂を納るるものは其刑尤も重かるべし。戦國の陣頭にて逃走する者と同じ。今の世、大夫たるもの貪汚にして、官物を盗みし人を罰せぬは其故二つあり。一は結構なる人なりと言はれて自分の悪事を掩(おお)ふにあり。二つは素より其人の賄賂を受けしゆゑなり。



 戦国では武勇が、太平では清廉が大事だというのです。状況の違いによって、求められる資質の異なることが認識されているのです。その時代に必要な人材の過誤は、大目に見る必要があるというのです。逆に、戦国における逃走や太平における貪汚は罪が重いとされています。貪汚については、悪事の隠蔽と賄賂が例として示されています。



第五節 御勤

 お勤めについては、次のように論じられています。



 俗に精を入れぬ事を御勤めといふ。商売は自分の為に十分出精しても時としては損失あり。況や御勤めにてなさば豈利益あらんや。第一は國體を失ひて、第二大損失あるなり。



 利益のために動いたとしても、損失は生まれる可能性があります。国家的な損失と、個人的な損失の両方が懸念されています。政治の勤めにおける損失は致命的なため、利益を優先すべきではないというのです。そこで、〈天下の事は大小に由らず、一己にて出来ぬものなり。第一輔翼の人を求むべし〉と語られています。世の中は自分一人では何もできないため、他人の協力が必要だというのです。利益追求に偏ることを戒め、仲間との協力が必要なことが説かれているのです。







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