『日本式 経済論』中村治兵衛の章


 近江商人とは、中世から近代にかけて地元の近江ではなく、近江国外で活躍した商人たちです。原材料の移入と完成品の移出を行い、幅広い活動をしていたました。

 その一人に、中村治兵衛(法名・宗岸)がいます。



第一節 三方よしの精神

 近江商人の経営理念を分かりやすく標語化したものとして、「三方よし」があります。厳密には、戦後に研究者が分かりやすく標語化したもので、当時は「三方よし」という用語はなかったそうです。

 「三方よし」の精神の基となったものは、宝暦四年(1754)に70歳の麻布商・中村治兵衛が15歳の養嗣子に宛てた遺言の一節だと言われています。その一節を見てみましょう(引用は、末永國紀『近江商人学』からのものです)。



 たとへ他国へ商内(あきない)に参り候ても、この商内物、この国の人一切の人々皆々心よく着申され候ようにと、自分の事に思はず、皆人よきようにと思ひ、高利望み申さず、とかく天道のめぐみ次第と、ただその行く先の人を大切におもふべく候、それにては心安堵にて、身も息災、仏神のこと常々信心に致され候て、その国々へ入る時に、右の通に心さしを起こし申さるべく候事、第一に候。



 これが、売り手よし・買い手よし・世間よしという「三方よし」の精神の基となったのです。商取引では、当事者の売り手と買い手に加えて、世の中のためにもなるべきだという考えがここにはあります。

 他国への商売では知り合いがいないため、道徳的な配慮がおろそかになりがちです。そこへの戒めがあるのです。他国での商売でも、自分の儲けよりもお客様の喜びを考え、天の恵み次第と謙虚にし、その土地の人々を大切に思うべきだというのです。そうすれば心も安らぎ、身も安全になり、神仏への信心へとつながるというのです。



第二節 長期と短期の視点

 他国での商売において、客への気づかいが強調されているということは、長期的な関係が想定されているということになります。商売という分野において特に顕著ですが、効果的に勝つ(稼ぐ)ためには、短期的には相手の裏をかく戦略が、長期的には相手との信頼に基づいた戦略が有効になるのです。少なくとも、そのように考えることが可能な状況設定はありえるでしょう。

 ここで近江商人は、情報の不均衡を利用した商売をしない、という戦略をとっているのです。なぜなら長期的な商売の場合には、情報の不均衡の利用が相手にばれたときのリスクがあるからです。売り手よし・買い手よし・世間よしという「三方よし」の精神が、長期的には自身の利益に結び付くことになる、ということです。








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