『日本式 経済論』二宮尊徳の章


 二宮尊徳(1787~1856)は、江戸後期の農政家で思想家です。幼名は、金次郎です。農家に生まれ、没落した家を再興し、諸藩・諸村の復興に尽力し幕臣となりました。

 二宮尊徳の思想は、門人である福住正兄(1824~1892)が尊徳の言葉を書き記した『二宮翁夜話』などで知ることができます。『二宮翁夜話』を見ていきます。



第一節 大小

 二宮は、〈大事をなさんと欲せば、小さなる事を、怠らず勤むべし、小積りて大となればなり〉と述べています。〈千里の道も一歩づゝ歩みて至る〉というわけです。〈励精小さなる事を勤めば、大なる事必なるべし〉と語り、小さなことの積み重ねが大きな結果につながることが説かれています。



第二節 富国

 富国については、〈多く稼いで、銭を少く遣ひ、多く薪を取て焚く事は少くする、是を富国の大本、富国の達道といふ〉とあります。そこで、〈貯蓄は今年の物を来年に譲る、一つの譲道なり〉と語られています。〈人道は言ひもてゆけば貯蓄の一法のみ、故に是を富国の大本、富国の達道と云なり〉というわけです。将来のための節約が、富国へ至る方法だというのです。



第三節 村里

 村里については、〈村里の興復は、善人を挙げ出精人を賞誉するにあり、是を賞誉するは、投票を以て耕作出精にして品行宜しく心掛宜しき者を撰み、無利足金、旋回貸附法を行ふべし〉とあります。〈出精人〉とは、出精奇特人のことです。出精奇特人とは、二宮の仕法開始にあたって、民風印新・農民教化のため、村民の投票によってえらばれた、村の平均以下の貧乏人の内で農業によく精出し、心がけもよい模範的な者のことです。この出精奇特人を表彰し、無利息金貸付などを行い、自力復興の気運をおこさせるのが荒村復興の第一要件だというのです。

 村里の復興について、投票や表彰や無利息金の貸し付けなどの方法が提案されているのです。



第四節 倹約

 倹約については、〈我が倹約を尊ぶは用ひる処有が為なり、宮室を卑し、衣服を悪くし、飲食を薄うして、資本に用ひ、国家を富実せしめ、万姓を済救せんが為なり〉とあります。

倹約を尊ぶのは、用いるべきところのためだというのです。住居・衣服・飲食を粗末にするのは、資本を作り国家を富有にし、万人を救済するためだというのです。

 つまり倹約は、資本を作って国家を富有にし、万民を救済するために行われると考えられているのです。



第五節 譲道

 二宮は、〈遠を謀る者は富み、近きを謀る者は貧す、夫遠を謀る者は、百年の為に松杉の苗を植う〉と述べています。将来のことを考える者は富み、目先のことだけを考える者は貧するというのです。将来のことを考える者は、百年後のために松杉の苗を植えるというのです。

 こういった考えは、譲道として示されています。〈譲は人道なり〉というわけです。



 今日の物を明日に譲り、今年の物を来年に譲り、其上子孫に譲り、他に譲るの道あり、雇人と成て給金を取り、其半を遣ひ其半を向来の為に譲り、或は田畑を買ひ、家を立て、蔵を立るは、子孫へ譲るなり、是世間知らずしらず人々行ふ処、則譲道なり



 雇人の給金の半分を使って、半分は将来のために投資することは、世間の人が知らず知らずに行っている譲道だというのです。将来を思う者に対しては、今日のものを明日へ譲り、今年のものを来年に譲り、子孫や他の人へ譲ることが、譲道として勧められているのです。



第六節 日本

 日本についても言及があります。



 世人富貴を求めて止る事を知らざるは、凡俗の通病なり、是を以て、永く富貴を持つ事能はず、夫止る処とは何ぞや、曰、日本は日本の人の止る処なり、然ば此国は、此国の人の止る処、其村は其村の人の止る処なり



 人は、自身のとどまるところを知るべきだというのです。日本人ならば、日本という国家がとどまるところになります。

 国家については、〈天下国家、真の利益と云ものは、尤利の少き処にある物なり、利の多きは、必真利にあらず、家の為土地の為に、利を興さんと思ふ時は、能思慮を尽すべし〉と語られています。国家単位における真の利とは、個人的な利とは別であることが示されています。日本人については、日本にとどまるため、日本のことを知るべきだと説かれているのです。



第七節 勉強

 勉強については、〈人皆貨財は富者の処に集ると思へ共然らず、節倹なる処と勉強する処に集るなり〉とあります。節約や倹約とともに、勉強することで貨幣や財産が集まるというのです。

 二宮は、〈我が教は、徳を以て徳に報うの道なり、天地の徳より、君の徳、親の徳、祖先の徳、其蒙る処人々皆広太也、之に報うに我が徳行を以てするを云〉と述べています。徳に報いる教えです。その教えにおいては、〈勤倹を尽して、暮しを立て、何程か余財を譲る事を勤むべし〉と語られています。二宮の教えは、あくまで徳に報いる教えなのです。



第八節 天禄

 天禄については、次のように語られています。



 人生尊ぶべき物は、天禄を第一とす、故に武士は天禄の為に、一命を抛つなり、天下の政事も神儒仏の教も、其実衣食住の三つの事のみ、黎民飢ず寒えざるを王道とす、故に人たる者は、慎んで天禄を守らずばあるべからず



 衣食住という天禄について、その重要性が指摘されています。武士は、その衣食住のために命を懸けることすら要請されているのです。



第九節 分度

 二宮は、〈凡事を成さんと欲せば、始に其終を詳(ツマビラカ)にすべし〉と述べています。物事の成就には、計画を細かく立てることが必要だというのです。そのため、〈方法は分度を定むるを以て本とす〉と語られています。〈我が富国安民の法は、分度を定むるの一ッなればなり〉というわけです。物事をはかるための分度が、基本的な方法として提示されていることが分かります。



第十節 経済

 経済については、〈経済に天下の経済あり、一国一藩の経済あり、一家又同じ、各々異にして、同日の論にあらず〉と語られています。天下・国家・藩・家などの単位において、経済は異なった様相を示すというのです。



第十一節 恩

 二宮は、〈凡て世の中は、恩の報はずばあるべからざるの道理を能(ヨク)弁知すれば、百事心の儘なる者なり〉と述べています。恩に報いることの重要性が説かれているのです。

 具体的には、〈村里の衰廃を挙るには、財を抛(なげう)たざれば、人進まず、財を抛つに道あり、受る者其恩に感ぜざれば、益なし〉と語られています。恩によって益が生まれるのであり、恩なくして益は生まれないと考えられているのです。







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