『日本式 経済論』仁徳天皇の章


 日本には、民に対する経済的な支援を仁政と考える長い歴史があります。仁徳天皇の話にあるように、古代から日本人は、民の経済的福祉に気を配ることを善政だと見なしてきたのです。



第一節 日本の経済論

 日本における「経済」や「経世」という言葉は、儒学の「経世済民」という用語に由来しています。経世済民とは、世を経(おさ)め民を済(すく)うという意味を持っています。例えば、晋代の『抱朴子』には〈経世済俗〉とあり、隋代の『文中子』には〈経済之道〉という言葉が見られます。

 日本では江戸時代の元禄から享保期にかけて、商人階級による商業活動が日本全国で発展した一方、耕地の拡大は鈍化し、幕府・諸藩の財政や農民の生活は困窮しました。そういった時代状況において、日本において経世済民の思想が説かれはじめました。

 本著を『日本式 経済論』とするか、『日本式 経世論』とするか迷ったのですが、江戸時代の著作をのぞいてみると、「経世」よりも「経済」という語の使用頻度の方が多いように思われたため、題名を『日本式 経済論』としています。



第二節 民の竈の煙

 日本の経済的な仁政を示す例として、特に有名なものは『日本書紀』の仁徳天皇(巻第十一 大鷦鷯天皇)の話でしょう。

 あるとき仁徳天皇が高殿に登って民家の方を見てみると、豊かな生活の目印となる民の竈の煙を見つけることができませんでした。民の貧しさに心を痛めた天皇は、三年間の課税を止め、自身も質素な生活をおくることにしたのです。そのため、宮殿の垣根や屋根も壊れて修理もままならない有様でした。

 三年が経ち、天皇と皇后が高殿に登ってみると、民家から盛んに煙がのぼっています。それを見た天皇は、自分が豊かになったと言いました。それに対し皇后は、宮殿が壊れて雨が降れば濡れてしまうような状態で、なぜ豊かになったと言えるのかと問うのです。それを受けて天皇は、次のように語るのです。



 天皇の曰はく、「其れ天(あめ)の君(きみ)を立つるは、是(これ)百姓(おほみたから)の為になり。然れば君は百姓を以て本(もと)とす。是(ここ)を以て、古(いにしえ)の聖王(ひじりのきみ)は、一人も飢(う)ゑ寒(こ)ゆるときには、顧みて身を責む。今百姓貧しきは、朕(わ)が貧しきなり。百姓富めるは、朕が富めるなり。未だ有らじ、百姓富みて君貧しといふことは」とのたまふ。



 つまり、天が君主を立てるのは人民のためであり、人民が根本だということです。偉大な昔の君主は、一人の人民の飢えや寒さにも自分を責めたというのです。人民が貧しいのは君主の貧しさであり、人民の豊かさは君主の豊かさだと考えられているのです。人民が豊かなら、君主が貧しいということはありえないということです。

 その後、人民は老いも若きも協力し、みずから進んで宮殿を修理したと伝えられています。ちなみに、この話については中国古典の『淮南子』などの影響が指摘されています。



第三節 民への恵み

 仁徳天皇の政治については、『方丈記』にも言及があります。鎌倉時代の日本人が、民の竈の煙の話を事実だと見なしていたことが分かります。鴨長明(1155~1216)は、次のように述べています。



 伝へ聞く、古の賢き御世には、あはれみを以て、国を治め給ふ。即ち、殿に茅を葺きても、軒をだに整へず、煙の乏しきを見給ふ時は、限りある貢物をさへ免されき。これ、民を恵み、世を救(たす)け給ふによりてなり。



 仁徳天皇の慈愛による政治が、民への恵みとなり、世の中を救済したという認識がここには示されています。

 日本史における経済的な事例を考えていく場合には、やはり民のためになっているかを意識しておくことが必要だと思われます。そのような視点に立ったとき、政治には仁政が求められ、為政者の責任問題が出てくることになります。








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