『日本式 経済論』荻原重秀の章


 ここでは、お金の信用について考えてみます。お金の価値の担保として、歴史的に重要なものに金属と国家を挙げることができます。お金は信用に基づく債権債務の関係ですから、その価値が何によって担保されているかによって、経済政策の幅に違いが出て来ます。

 実物の金銀を必要とする実物貨幣から、国家の権威による信用貨幣へと移行できれば、お金(貨幣)の供給を国家が制御できることになります。そのため、国民に必要なお金を政府が供給できるようになり、より効果的な経済政策が可能になります。



第一節 元禄の貨幣改鋳

 国家による信用貨幣を考える上で、元禄時代に貨幣改鋳を行った江戸時代の幕臣・荻原重秀(1658~1713)は参照に値します。参考文献としては、村井淳志『勘定奉行 萩原重秀の生涯』が秀逸です。

 五代将軍・徳川綱吉のときの元禄八年(1695)に、荻原は江戸幕府勘定吟味役として、大規模な貨幣鋳造を指揮しました。この改鋳作業では、純金含有量が違うお金を同じ価値として扱うことが意図されていました。ここには、実物貨幣から信用貨幣へと向かう貨幣観がうかがえます。荻原は著作を残していませんが、『三王外記』に彼の言葉が残っています。



 貨幣は国家が造る所、瓦礫を以ってこれに代えるといえども、まさに行うべし。今、鋳するところの銅銭、悪薄といえどもなお、紙鈔に勝る。これ遂行すべし。



 改鋳後の貨幣の質の悪さを指摘された萩原が、こう述べたというのです。こういった考え方は、「貨幣国定説」と呼ばれます。

 荻原は勘定吟味役と佐渡奉行を兼帯しており、財政の責任者であり、鉱山開発の責任者でもありました。鉱山からの産出量が限界をむかえる中で、人口が増えていくという時代状況が、実物貨幣の限界の認識につながったのだと推測できます。

 ちなみに、この改鋳による被害者は、既存の貨幣を大量に保有していた富裕層だと見なせます。改鋳によって、保有していた貨幣の価値が相対的に下がってしまうためです。結果的に、富裕層への課税と同じ効果がもたらされたことになります。



第二節 新井白石との議論

 当時、ライバル関係にあった新井白石(1657~1725)の『折たく柴の記』で、荻原重秀の名は不当に貶められています。しかし、少なくとも経済分野において、荻原の方がはるかに格上であることは間違いないでしょう。

 『折たく柴の記』には、荻原重秀と新井白石の会話が残されています。貨幣改鋳に対する批判について、荻原は次のように述べています。



 初メ金銀の製改(あらため)造(つく)られしより此かた、世の人私に議し申す事どもありといへども、もし此事によらずむば、十三年がほど、なにをもてか国用をばつがれ候べき。殊にはまた癸羊(みずのとひつじ)の冬のごとき、此事によらずむば、いかむぞ其急難をば救はせ給ふべき。



 金銀貨幣の改鋳から、世の人が陰でいろいろと非難しているようだが、この方法によらなければ、十三年分の国費をどうすべきだったのかと述べているのです。特に元禄十六年(1703)の(大地震や大火災のあった)冬のような場合は、この改鋳という方法によらなければ、急場を救うことができなかったと主張されているのです。この見解はもっともなものです。

 この意見に対し、新井白石は次のように答えたと自ら記しています。



 近江守が申す所も、其いはれあるに似たれども、はじめ金銀の製を改(あらため)造(つく)らるゝごときの事なからむには、天地の災も並び至る事なからむもしるべからず。



 荻原(近江守)の言うことも理があるようにみえるが、金銀貨幣の改鋳がなければ、天地の災害も起こらなかったかもしれないじゃないかと言っているのです。新井白石には、金銀に対する過度な神聖視が見られるのですが、それにしてもこの意見はひどすぎます。

 経済分野においては、荻原に軍配を上げざるを得ないでしょう。







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