『日本式 経済論』佐藤信淵の章
佐藤信淵(1769~1850)は、江戸後期の経済学者です。学問の範囲は、農政・物産・海防・兵学・天文・国学などの広範に及んでいます。
第一節 『混同秘策』
まず、佐藤信淵の『混同秘策』を見ていきます。
第一項 経済学
『混同秘策』の[泉原法略説]には、〈此法ハ我家経済学ノ極意ニシテ、国家富盛ノ統ヲ子孫ニ垂レテ終古(とこしなえ)ニ衰微スルコト無カラシムベキノ大事ナリ〉とあります。国家を富ませて衰えることがないように、経済の極意について論じているというのです。
その上で佐藤は、地道な積み重ねの重要性を説いています。
百姓一人ニテ勤ル所ノ業ハ其事小ナリト雖ドモ、国家数万人ノ心ヲ一ニシテ其力ヲ合セ、毎日舎(ヤム)コト無ク蓄積ヲ事トスルニ及テハ、些細ナル物貨ヲ積ムト雖ドモ、年数ヲ累(カサヌ)ルニ従ヒ漸々広大ノ蓄積ヲ致ス。
一人ではできることも限られていますが、国家の人員が地道に積み重ねていけば膨大な蓄積になるというのです。
第二項 六つの方策
経済における六つの方策が提示されています。
まず、〈第一ニ養育館ヲ立テ、遍ク貧人生所ノ小児ヲ此処ニ集テ此ヲ養ヒ、其父母ヲシテ家業ヲ勉強スルノ障害ナカラシム〉とあります。貧乏な家の子供にも、勉強の場を与えるための義務教育について語られています。〈宜ク此処ニ集メ置テ此ヲ養ヒ、存分ニ働カシムベシ〉というわけです。
次に、〈第二ニ療病館ヲ立テ、遍ク国内ノ人ヲ病患ニ苦マシムルコト無レ〉とあります。病院の充実について語られています。
〈第三ニ広済館ヲ立テ、遍ク国人ノ困窮ヲ救フベシ〉とあります。困窮した人を救済するための対策について語られています。具体的には、仕事を始めるための金の貸し出しや、災害時の救済金、道路や橋などの公共事業、博打の禁止、職業訓練などが提案されています。
〈第四ニハ[開物館ヲ立テ]開物府ノ政ヲ助ケ、国内ノ平原郊野ハ論ズルニモ及バズ、山沢海河ヲ探索シテ開物ノ業ヲ創(ハジ)メ、天地ノ化育ヲ賛(タスケ)テ種々ノ物産ヲ興サシムベシ〉とあります。国内を開拓し、新たな産業を興すべきことが語られています。
〈第五ニ製造館ヲ立テ、製造府ノ政ヲ助ケ、開物篇ニ説タル如ク、大ニ百工ノ業ヲ興シテ万物ノ製煉ヲ精妙ニシ、種々有用ノ貨物ヲ夥シク造出セシムベシ〉とあります。製造業について語られています。工業製品の精度向上や、有用な製品の増産などが提案されています。
最後に、〈第六ニ交易館ヲ立テ、融通府ノ政ヲ助ケ、自国ノ物産ヲ以テ他国ノ物産ト交貿シ、天下ノ貨物ヲ輻凑セシメテ遍ク互市ヲ通ジ、諸国ノ物価ノ貴賤軽重ヲ校(ハカ)リ、有無相遷シ昴低相転ジテ交互換易ノ利潤ヲ収ムベシ〉とあります。交易について語られています。国家間において貿易を行い、自国へ利益をもたらすべきことが提案されています。
これらの六つの方策について、〈此六館ヲ置テ各其業ヲ励ムトキハ、学館大ニ富ミ、境内安静ニシテ、人民漸々蕃息スベシ〉と語られています。
まとめると、養育・療病・広済・開物・製造・交易の六つの方策が提示されているのです。
第三項 利積
佐藤は、〈凡ソ永久ニ伝フベキノ業ハ、上下共ニ至誠ノ道ヲ尽シ、小利ヲ積テ大利ヲ致スノ策ヨリ良ナルハ無シ〉と述べています。身分の高い人も低い人も、小さな利を積み重ねていくことが大切だと考えられています。〈抑小利積テ大利ヲ成スノ永久ノ国益タルコトハ、誰人カ此ヲ知ラザラン〉というわけです。提示された経済政策を実施すれば、国富が実現でき、永く衰えることはないというのです。
国家ニ主タル者ニ、我ガ家ノ経済学ヲ尊信シテ、学校ヲ設ケ講師ヲ敬ヒ、教化ヲ施シ百姓ヲ慈ミ、泉原ノ法ヲ行フ者アラバ、年数ヲ経ルニ従ヒ境内次第ニ富実充満シ、後ニハ無双ノ隆盛国ト為テ永ク衰微スルコト無カルベシ。
第二節 『経済要略』
次に、佐藤信淵の『経済要略』を見ていきます。
第一項 経済学
経済の定義として、次のように論じられています。
経済トハ、国土ヲ経営シ、物産ヲ開発シ、部内ヲ富豊ニシ、万民ヲ済救スルノ謂ナリ。故ニ国家ニ主タル者ハ、一日モ怠ルコト能ハザルノ要務ナリ。
世を経(おさ)め民を済(すく)うという原則に則って、経済の定義が示されています。具体的な経済運営については、〈創業・開物・富国・垂統ノ四篇ヲ紀シ、以テ其概略ヲ示ス〉と語られています。これら四つについて、以下の項で個別に説明していきます。
第二項 創業
まずは、創業です。
創業トハ国家ヲ富盛スルノ事業ヲ創(はじむ)ルヲ云フ。凡ソ国家ヲ富実スルノ政ハ其国君ノ平日ノ行状ヨリ始ルコトニテ、先ヅ君侯自ラ恭倹ノ二徳ヲ脩ルニ非レバ決シテ成就セザル事ナリ。恭トハ、貌容ヲ正クシ、辞義ヲ温ニシ、己レ謙(へりくだ)リテ有徳ヲ崇ビ、大臣ヲ敬ヒ、群臣ヲ愛シ、万民ヲ矜(あわれ)ミテ、敢テ己ガ慾ヲ縦(ほしいまま)ニセザルヲ云フ。
創業では、まずは君主から「恭倹」の二徳を修めるべきだというのです。「恭倹」の「恭」とは、容貌を整えて言葉遣いを温厚にし、相手によってきちんと敬ったり愛したり哀れんだりし、自分を控えめにして徳を学び、自分勝手をしないことです。次は「恭倹」の「倹」の説明です。
倹トハ、操守ヲ厳ニシ、動作ヲ簡ニシ、飲食ヲ菲(うすく)シテ、神祇ノ祭祀、先祖ノ法事ノミ豊潔ヲ致シ、衣服ヲ悪クシテ、宗廟・朝廷ノ礼服ニハ美麗ヲ尽シ、宮殿ヲ卑クシテ、山沢・河海ヲ開拓シ、田苑ヲ墾(あらきばり)シ、物産ヲ興ス等ノ事ニハ、精力モ財用モ共ニ打込テ其業ニ従事シ、日夜怠タラズ、諸事ニ心ヲ配リ、無益ノ華費ヲ警メ、恒ニ財用ヲ節約シテ此ヲ国家万民ノ為ニ用ヒ、己ガ栄曜ノ事ヲバ皆打止ルコトナレバ、此亦難儀ノ務ナリ。
長い定義ですが、簡単にいうと「倹」とは、生活は質素でも祭祀は清らかに行い、産業はしっかりと無駄遣いせずに行うことです。自分が栄えることも止めてしまえば、何事も難しくなると考えられているからです。
第三項 開物
次に、開物です。〈開物トハ百穀・百菓ヲ始トシテ、種々水陸ノ物産ヲ開発シテ境内ヲ豊饒ニスルヲ云フ〉とあります。水からの恵みや土からの恵みによって、物産を開発して豊かさを実現する方法です。〈国土ヲ経緯シ、物産ヲ開発スルハ、人君天地ニ代テ万民ヲ安養スルノ本業ナリ〉というわけです。国土の特色に適った方法によって、豊かさを実現するのです。
第四項 富国
次は、富国です。〈国ヲ富サント欲スル者ハ先ヅ財用ノ融通ヲ宜クシテ諸事厄塞(サシツカエ)ノ無キ様ニスベシ〉とあります。財産運用の必要性が説かれています。〈何トナレバ財用ノ融通ノ宜キハ金銀ノ自在ニ出入スルノミニテ、金銀ノ溜リタルニモ非ズ〉というわけです。ただ溜め込むだけでは意味がなく、運用してこそ意味があるというのです。
国家の富については、〈先ヅ其国ノ貧ク為リタル所以ヲ熟察セザレバ、此ヲ富スノ法モ亦詳カニ弁ジ難シ〉と語られています。富ますためには、まずは貧乏になってしまったことの考察からだというのです。例えば、〈奢侈定度ヲ敗リ、華費分限ニ過グ。是レ貧ヲ招クノ始メナリ〉とあります。限度を超えた贅沢が、貧乏の原因だというのです。
国富の方法は、貧乏になることと反対の方法だと語られています。具体策としては、交通網の整備や貿易を盛んにすることなどが説かれています
第五項 垂統
最後は、垂統です。〈垂統トハ、国家ニ君タル者子々孫々万世衰微スルコト無ク、其ノ国家ヲシテ永久全盛ナラシムルヲ云フ〉とあります。君主の血筋によって、国家の連続性を守ることで国家の勢いを保つことが語られています。
佐藤は、〈国家ニ主タル者垂統法ニ依テ其ノ国土ヲ経理セバ、其ノ国ノ隆盛ナルコト天地ト共ニ永続シテ、八百万世ヲ経ルト雖ドモ衰敗スルコト無カルベシ〉と述べています。国家に国家の連続性を守る君主が居て、その連続性に依って経理を行えば、国家は栄えて衰えることはないというのです。国家の連続性を守ることが、経理においても有効に働くことが示されています。
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