TOP 概要 自己紹介 論文 小説 日記 本の感想 LINK


  にほんブログ村 人気ブログランキング に参加しています。1日1クリックお願いします!
  にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ         

  

日本式経済論:熊沢蕃山『集義外書』の章

 

 熊沢蕃山(1619~1691)は、江戸前期の儒学者です。著書である『集義外書』から、蕃山の経済論を見ていきます。

  

第一節 困窮と奢り
 蕃山は、〈世人のまどひは異端の渡世よりをこり、民の困窮は世の奢より生ずるとにて候〉と述べています。続けて、〈しかれども数十年奢によりて、渡世するもの餘多あれば、急に奢をやめむとすれば、うゑに及もの多き者にて候。異端の渡世はなを以て数十万人あるべければ、是も急には制しがたかるべし〉と論じています。困窮は贅沢から発生するが、驕った状態が長く続いているので、急に贅沢をやめれば飢える者も多く出ると考えられています。
 蕃山は、〈人の迷惑せぬを仁政と申候。大道行はれ候はゞ、一人も迷惑するものなく、人のまどひも困窮もやみ申す可き候〉と述べて、誰も迷惑することのない仁政を追い求めています。

 

第二節 農兵制
 蕃山は、〈日本も今とむかしは大にかはりあり。むかしは農と兵と一にしてわかれず、軍役みな民間より出たり。武士みないまの地士といふものゝごとくなり〉と述べ、昔の農兵制に一つの理想を見出しています。そこでは、〈恭倹質素にして、驕奢なければついえなし〉とあるように、無駄な出費がないと考えられています。
 そのため、〈今は士と民とわかれて、士を上より扶持するゆへに、知行といひ、扶持切米といひ、多いるなり〉と語られています。武士階級が土から離れたため、多くのものが入り用になってしまったというのです。
また、〈農に兵なきゆへに、民奴僕と成てとる事つよく、いやしく成たり。故に農兵の風たえて後は、一旦おさまるといへども、君も士も民もはなればなれに成て、はてはては惣づまりになりて、乱世となる事はやし〉とも語られています。農民側も、兵がないから卑屈になり、兵側と農側で気持ちが分かれるので世の中が乱れる可能性があると考えられています。
 農兵制を評価する蕃山ですが、〈日本の今の時所位あり、より所ありといへども、跡によるにあらず、時に当てはなすべし、かねていひがたし〉とも述べています。よい制度といえども、今の時間と場所と立場に合わなければ駄目だというのです。

 

第三節 困窮と余力
 国家については、〈夫國の国たる処は、民あるを以也。民の民たる所は、五穀あるを以て也。五穀のゆたかに多き事は、民力餘りありて功の成によつて也〉と述べられています。そのため、〈故に有徳の君、有道の臣ある代の日は、舒にして長し。其民しづかにいとま多く、力餘あればなり。道なき世の日は、いそがはしく短し〉と語られています。民に余力があればこそ、農作業による穀物も多くとれるようになり、国力も増すと考えられています。
 蕃山は、〈国の?は民より初る、民の困窮するは、これ国の?する始也〉と、国の困窮は民の困窮からだと述べています。そのため、〈今の武士民につよく取事を好てやはらか成をそしり、民の?せらるゝ次には、己が身に及ぶ事を知らず〉とあるように、武士が横暴に民を苦しめると、巡りめぐって自身の困窮に及ぶことが示されています。

 

第四節 物価の流れと適正価格
 一つの階級の貧乏が、巡って他の階級の困窮につながることについては、〈諸職みな美をつくさん事を欲す。故に商人富に過て士まづし。士貧乏なれば民に取事ますます多し。民と士と困窮する時は、商ひすくなく成行て、多の商人職人、うへに及ぬ。あつまる処は天下に数すくなき富人の手のみなり〉とあります。そのとき、一部の人にだけ富が集中する弊害が発生することが指摘されています。
蕃山は、〈何程よき事にても、聖人の法にても、時所位にあはざる事はあしく、山川までもなく、人倫たちまち迷惑に及べし〉とあるように、あくまで時所位を重視しています。その上で、〈士民は天下の本なり。其本困窮きはまれば乱に及ぶべし。商人出家など安楽をねがふとも得べからず。亦甚高直にても世中立べからず。其本にかへるべきのみ〉と述べられています。民の困窮によって世が乱れないように、物価高を警戒し、物価の適正価格があることが説かれています。

 

第五節 金銀と穀物
 蕃山は、〈宝は民のためのたからなり。民のためのたからは五穀なり。金銀銭などは、五穀を助たるものなり。五穀に次たり。しかるに金銀を重くして、五穀をかろくする時は、あしき事多し〉と考えています。お金よりも穀物を重く見ています。その上で、〈士民ともにゆたかにして、工商常の産あり。たからを賤するとて、なげすつる様にするにはあらず。五穀を第一とし、金銀これを助け、五穀下にみちみちて、上の用達するを、貨を賤すといふなり〉と語られています。お金を穀物より下に見るといっても、お金の助けによって穀物の流通がうながされることの重要性が説かれています。
 為政者である武士については、〈商の心は、やすき時に買、高時に売。有所の物をなき処へ通ずるばかり也。工はたゞ其身の職分に心を入れ、才力を盡すのみなり。大廻しの事は、武士のみ知て、彼等は手足の心にしたがふがごとくなる道理にて候。いまは手足の為に心をつかはるゝに成申候〉とあります。お金を使うべき心が、お金に使われている現状を嘆いているのです。

 

第六節 『集義外書』考
 熊沢蕃山の『集義外書』には、経済についての考え方が示されています。
 蕃山の経済論で重要な点は、時所位の考え方です。時間と場所と立場に応じて、適切な政策は異なるということが示されています。
 そのことを考慮した上で、民が余力ある生活をおくれるようにすることや、農と兵の融合という政策が語られています。国の大本は民であり、民の困窮が国全体の困窮になる恐れがあるため、物価の適正価格の重要性や、金銭や穀物の均衡のとれた流通についても論じられています。

 

 

 『日本式 経済論』の【目次】 へ戻る
 論文一覧 へ戻る

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.12


  にほんブログ村 人気ブログランキング に参加しています。1日1クリックお願いします!
  にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ         

  

Access Counter
TOP 概要 自己紹介 論文 小説 日記 本の感想 LINK