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日本式経済論:山片蝶桃『夢の代』の章

 

 山片蟠桃(1748~1821)は、江戸後期の商人であり学者です。懐徳堂で儒学を学んでおり、さらに天文学・蘭学も修めています。著作である『夢の代』から、日本の経済論を見ていきます。

 

第一節 封建
 『夢ノ代』では、〈封建ハ天下ヲ治ルノ道也〉という認識が見られます。封建とは、天子が直轄領以外の土地を諸侯に分け与え、領有・統治させる制度のことです。〈封建ノ天子ハ、徳ヲヲサメザレバ諸侯服セズ。無道ナレバ諸侯ノ内ヨリ放伐ノ心起ルベキヤノ恐レアリ〉とあります。天子に徳がなければ、諸侯によって放逐・討伐されるというのです。
 封建の世においては、〈農ヲスヽメ工商ヲ退ゾクベシ〉という政策が勧められています。〈百姓ハ国ノ本ナリ。生民ノ首タリ。百姓ナクンバ有ベカラズ。工商ハナクトモスムベシ。常ニ百姓ニ利ヲ付テ、上席ニヲキ、工商ハ損ヲ付テ、下席ニヲクベシ〉というわけです。
 蟠桃は、〈農ハ一人ニテモ増ヲ欲スベシ。商ハ一人ニテモ減ヲ欲スベシ。又百姓ニ工商ヲ禁ズベシ。コレ国ヲ富スノ要法〉と考えています。そのため、〈国ヲ治ムルハ、百姓ヲスヽメ工商ヲシリゾケ、市井ヲ衰微サスニアリ。市井盛ナレバ田舎衰フ。田舎盛ナレバ市井衰フ〉と語られています。
 蟠桃は、〈納得シテ各々生業ヲ励ミ、太平ナルベシ〉と述べています。各人が納得して自身の職業に励めば、世の中は丸く治まるというのです。

 

第二節 富民
 
蟠桃は、〈民ノ不仁ヲ止サセント思ハヾ、マヅ民ヲ富スコソヨカルベシ〉と述べています。民における道徳は、民に金銭的余裕があってからだというのです。
 為政者については、〈マヅ我身ヲ恭倹ニシテ、後ニ人ヲ恭倹ニス。自カラ奢肆ヤムベシ。コレヨリ入テ人々誠実質朴ナラシメバ、漸ヲ以テ率ヒ導キテ、ダンダント遠キ[ニ]及ボスベシ〉と説かれています。まず己が慎み深くなり、人には恭しくし、それから人に慎みや恭しさを求めよということです。自分の奢りやほしいままの態度を止めてから、他人に誠実さや質朴さを求めるべしということです。〈人ニ求ムベカラズ、我ニ求ムベシ。唯コレ己ニアルノミ、豈人ニヨランヤ〉というわけです。
 具体的な政策については、〈実窮ノモノアラバコレヲ糺(ただ)シテ、人別ニ応ジ大テイノ平価ノ少シ貴キクラヒニシテウリ与フベシ。カクノゴトクナレバ餓死ハ有ベカラズ〉とあります。本当に困っている者がいれば助けるべきであり、人ごとに応じて標準価格より少し高い程度で売ってやれば、餓死者は出なくなるというのです。
 さらに、〈唯政ヲスルニハ価ノ貴賤[ニ]カヽハラズシテ、諸国府内ニ三四年ノ糧ヲ蓄積シ、ソノ上ニテ上下ノ難ニ及バザルヤウニ、貴キニ糶(うりよね)シ、賤キニ糴(カイヨネ)シテ、ソノ価ヲ平準スベシ〉ともあります。政治においては、値段の高い安いに関わらず、三・四年は食糧を蓄えておいて危機に備えよというのです。その上で、金持ちに貯蔵してある米を、時機を見て売り出し、貧乏人に蓄えておいた米を与えて、その物価の均一をはかり公平を保つようにすることが説かれています。

 

第三節 商賈と米
 蟠桃は、〈利ヲ争フハ商賈(しょうこ)ノ恒ナリ。凶ヲ見カケテ糴スルハソノ業ニ精(クハ)シキナリ。ナンゾコレヲ悪ムベキヤ〉と述べています。利益を求めて競争するのは商人の常であり、凶作において米を買い入れて蓄えておくことは、その筋に詳しいからこそできることだというのです。ですから、そのことを憎むべきではないとされています。
 なぜなら、〈商賈ノ糴入(かいいれ)ヲスルハ国ノ幸ナリ。万一ノ事アラバソノ米ヲ以テ防グベシ〉と考えているからです。商人が蓄えた米を、政治的に放出させて危機に用いる方策が想定されているのです。〈商賈ハ唯利ニワシルノミ。コレ常ナリ。米ヲ買込タルモノアレバ国ニ食アリ〉というわけです。商人は常に利益に走るものであり、そのために買い込んだ米は、いざというときに国家の食糧となるというのです。
 具体的には、〈米を糴(か)フトキハ価ヲ引上ルトイヘドモ、多ク糴(かい)タル上ハソノ米アルガユヘニ価ヲ引上ザルナリ。コレ亦国ノ幸ナリ。シカレバコノ米ヲ領主ヨリ命ジテウリ出サシムルカ、又ハ取上テ国中ヘ価ヲ減ジテ売ルベキナリ。シカレバコレヲ悪ムベキニモアラズ〉とあります。政府によって、商人が買い占めた米を売り出させるか、取り上げて低価で売り出すという政策が示されています。

 

第四節 救済
 貧民の救済政策については、〈唯富民ヲサトシニ貧民ヲ救ハシムルハ為ベキナリ。コレハ政ヲ取ルノ人ニ平生ニ其心アリテ、貧ヲ傷(イタ)ミ富ヲ削リテ平準ナラシムルノ政ハ年月ヲツミテスベキコトナリ。容易ニハスベカラザルナリ〉とあります。富民の富を貧民のために用いて救済する政策は、簡単にはできないため、長期的視点をもって行うことが説かれています。
 具体的には、〈豪富ノモノニハヨクヨク喩(さと)シ、財ヲ出シテ救ハシメ、或ハ米穀ヲ他国ヨリ糴(かいよね)サセテ其洩タルヲ救ハシムベシ。随ハザルモノアラバ其家ヲ没収シテ、財ヲチラシ民ヲ救フベシ。コレ一人ヲ殺シテ万人ヲ活スノ法ニシテ、変中ノ権道(けんどう)ナリ〉とあります。説得しても富民が従わない場合、財産没収などの強行的な手段も語られています。一人を殺して万民を活かすという、臨機応変の処置が示されています。

 

第五節 物価
 物価については、〈スベテ物価ノコトハ無理ニ賤キヲ欲スベカラズ。貴ケレバ買ザルニシクハナシ。唯価ハ商賈ニ任サルベシ。貴クシテ買人ナケレバ賤クスルノ外ナシ〉とあります。商品が高くて売れない場合は、値段が安くなるという価格調整の原理について説明されています。
 さらに、〈商賈トテモ我一人ニアラズ。我貴(たか)クウリテ他人賤クウレバ、我物ハウレズシテ他人ノ物ハ頓(トン)ニウル。又貴ケレバ買ベカラズ。買ザレバ自然ト下ル。コレ至拙(シセツ)ノ言トイヘドモ至理ノ論ナリ。タヾ官ニアリテハ物ノ有無ヲハカリテ価ニカヽハルベカラズ〉とあります。商売は多くの人が関わるため、価格競争によって値下げがおこれば急に売れるようになることが、至極当然の道理として示されています。また、役人はその価格競争に惑わされないようにすべきことが説かれています。
 また、〈物ハ多少ニヨリテミナソレゾレノ価アリ。シイテ価ヲ減ゼントスベカラズ。スデニ価ヲ下ントスレバ、唯ソノ用イサヽザル工夫アルベシ。又価ヲ上ントス[レバ]、用ユルノ工夫スベシ〉ともあります。物品には標準価格というものがあり、過度な価格競争によって価格破壊に至ることを戒めています。価格を上げるにも下げるにも、工夫がいるというのです。
 なぜなら、〈一方ヲ上レバ一方ハ下ルモノナリ。末ヲ止メテ本ヲオサユルアリ、本ヲ塞(フサ)ギテ末ヲヒラクアリ〉と考えられているからです。諸物品の価格は連動しているため、ある物の価格の上昇や下降は、他の価格にも影響を及ぼすことが指摘されています。

 

第六節 経済
 経済については、〈経済ハ民ヲシテ信ゼシムルニアリ。民信ゼズシテ何ヲカナサン。民ヲ信ゼシムルコトハ唯ソノ身ノ行ヒニアルノミ〉とあります。経済においては、民が何を信じているかということが重要だというのです。民に何かを信じさせるためには、自身の行いが問われてきます。
 蟠桃は、〈古法ヲ改革シ権道(けんどう)ヲ用ユルコトハ、十分ノ善ヲ得ザレバ変ズベカラザルナリ〉と述べています。何かを改めるには、まずもって善であることが必要だというのです。

 

第七節 統計
 統計については、〈願クハ天下ノ戸籍改正シテ、実数ヲ得ルノ政事アラマホシキコトナリ〉とあります。政治においては、実際の数値が必要であり、そのため統計を取ることの重要性が認識されているのです。

 

第八節 奢りと羨み
 
奢りと羨みについては、〈富ノスギタルハ奢ノ基ナリ。ヲゴルモノアレバ、ウラヤムモノアリ〉とあります。そのため、〈ウラヤム心ノナキコソ、マコトノ楽(たのしみ)ナレ〉と説かれています。

 

第九節 倹約と財用
 倹約については、〈倹約ノ政ヲ立テ財用ノ足ルナリト云ハ、人君第一ノ仁徳也〉とあります。倹約によって財用を確保することが、仁の徳として説かれています。その上で、〈国家ノ本ハ財用ニアリ。財用足ラズシテハ上下手足ノ措(ヲク)処ナシ〉と語られています。財用がなければ、国家は何もできないというのです。

 

第十節 危機対策
 非常時の備えについては、〈平生ニ米ヲ蓄ヘ万一ノ用ニ備フ。コレヲ仁者ノ政ト云フ。必シモ価ノ高下ニカヽハルベカラズ〉とあります。価格の高い低いに関わらず、食糧の蓄えは常にしておくべきことが語られています。〈仁者ハ価ノ高キヲ憂ヘズシテ、米ノ足ラザルヲ憂フルナリ〉というわけです。為政者は値段の高さを憂うのではなく、食糧不足をこそ憂うべきだというのです。
 他にも、〈国ニ米少ケレバ高ク、多ケレバ賤シ。賤ケレバ他国ヘ買トリ、高ケレバ他国ヨリ持来ルナリ〉とあります。食糧を、他国から調達する方法が提案されています。〈凶年ニハ価ハ自然ニマカセテ、食ノ多少ヲハカリ餓死サセジトスルハ仁政ノ一ナリ〉というわけです。政策によって、いざという時も餓死者を出さないようにすべきだというのです。

 

第十一節 相場
 相場については、〈神アリテ告グルガゴトシ。帥アリテ指揮スルガゴトシ。天ヨリ命ズルニアラズ。人アツマリテ比党スルニアラズ〉とあります。相場は神のお告げのようでもあり、統率者が指揮しているようでもあるというのです。ただし、それは天の命令でもなく、人が集まって片寄り組みしているわけでもないと考えられています。
 ではどのようなものかというと、〈西ニ買ヒ、東ニウリ、北ニカヒ、南ニウル。或ハ上リ、或ハ下リ、或ハ保チ、或ハ飛ブ。朝々暮々入船入檄ノ度ゴトニ高下スルコト、響ノ声ニ応ズルガゴトシ。シカリトイヘドモ其道二ツ。曰(いわく)売、曰買。ソノ応二ツ。曰貴、曰賤。唯コレノミニシテ、天ニアラズ。神ニアラズ。行ト事トヲ以テ示スモノハ即人気ノ聚(あつま)ル処、又コレ神ナリ〉とあります。価格は売り買いによって、高くなっり低くなったり、目まぐるしく動きます。売り買いによって、価格の高い低いが決まり、それは天の作用でも神の力でもなく、人間の人気の集まりによってだというのです。その人気による作用は、さながら神の力のようでもあるというのです。
 そのため、〈相場ハ天ニマカスベシ〉と語られています。市場の調節機構は、人気によって左右されるため、その流れを天に任せるべきだというのです。

 

第十二節 『夢の代』考
 山片蟠桃の『夢の代』には、封建制度における経済についての方策が示されています。
 封建の世が想定されているため、徳が重視され、農業や百姓が尊重されています。各々の職業において、各人が納得することで太平が実現できると考えられています。
 民が道徳的であるためには、民を富ませることが必要であり、為政者については、まず自身の襟を正すべきことが説かれています。
 食料危機に際しては、窮乏者の救済や、標準価格より少し高い程度での供給が提案されています。そのため値段の上下に関わらず、数年分の食料を蓄えておくべきことが語られています。蓄えは、時機を見て金持ちに売り、貧乏人に与え、物価を均一にして公平を保つべきだとされています。さらに、いざという時には、商人の蓄えを政府が利用する方策も示されています。
 貧民救済については、長期的視点を持ち、説得や強制的な手段によって、富民の財産を救済に用いるべきことが語られています。
 物価については、高くて売れないと値段が安くなるという価格調整の原理が示されています。価格が下がれば、売り上げが伸びることも示されています。役人は、物価による価格競争に惑わされないようにすべきだとされています。
 蟠桃は、物品には標準価格というものがあり、過度な価格競争によって価格破壊に至ることを戒めています。価格を上げるにも下げるにも、工夫が必要だとされています。なぜなら諸物品の価格は連動しており、ある物の価格変動は、他の価格に影響を及ぼすからです。
 経済については、民が何を信じているかが重要であると考えられています。民に何かを信じさせるためには、自身の行いの正しさによってしか為しえないとされています。
 政治においては、統計という手法の重要性が指摘されています。
 蟠桃は、富は奢りを生み、奢りは羨みを生むことを指摘しています。その上で、羨むことのない心が、まことの楽しみを生むと述べています。
 倹約については、財用を確保して国家を運営するために、その必要性が認識されています。
 危機対策については、価格の高い低いに関わらず食糧の備蓄の必要性が指摘されています。食糧を他国から調達する方法も指摘されています。費用はかかっても、餓死者を出さないのが政治の役割だというのです。
 相場については、さながら神の力のように、売買によって目まぐるしく動く人間の人気の集まりだと語られています。市場における価格の調節機構は、人気によって左右されるため、その流れは天に任せるべきだとされています。

 

 

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