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日本式経済論:高橋是清『随想録』の章

 

 高橋是清(1854~1936)は、日本銀行総裁・蔵相・首相・政友会総裁などを歴任した財政家であり政治家です。金融恐慌(1927)や世界大恐慌(1929~1933)に対処し、二・二六事件で暗殺されました。是清の『随想録』から、経済の政策論を見ていきます。

 

第一節 金融と資本
 金融と資本については、〈金融業は主として資本を取扱ふ一種の公共的機関である。資本とは国富即ち一国の生産力増加のため使用される金である〉と説明されています。

 

第二節 経済難局
 世界大恐慌について、〈今回の経済不況は人類の生活に必要なる物資の欠乏に基くものでないことは明かであつて、むしろ供給過剰のため物価が暴落し生産設備は大部分休止するといふところにあつた。換言すれば生産と消費との間に均衡を失したところにその原因があつたのである。ゆゑにその対策としては両者の均衡を得せしむることで、これは適正量の通貨供給に俟(ま)つ外はなかつたのである〉と語られています。
 このとき是清は、〈先づ低金利政策をとることがその基礎的工作であつたのである〉と述べています。

 

第三節 資本と労力
 資本と労力の関係については、〈資本が、経済発達の上に必要欠くべからざることはいふ迄もないことであるが、この資本も労力と相俟つて初めてその力を発揮するもので、生産界に必要なる順位からいへば、むしろ労力が第一で、資本は第二位にあるべきはずのものである。ゆゑに、労力に対する報酬は、資本に対する分配額よりも有利の地位に置いてしかるべきものだと確信してゐる〉とあります。
 続けて、〈即ち『人の働きの値打』をあげることが経済政策の根本主義だと思つてゐる。またこれを経済法則に照して見ると、物の値打だとか、資本の値打のみを上げて『人の働きの値打』をそのままに置いては、購買力は減退し不景気を誘発する結果にもなる〉と語られています。

 

第四節 低金利政策
 低金利政策については、〈私は低金利政策の遂行は、ひとり事業経営者の負担を軽減して、不況時に際し経済界を恢復に導く方策のみならず、実に労資の円満なる和合を促進せしむるものと信じてゐる。この意味からも、尚低利政策を進めたいと思つてゐる〉とあります。
 続けて、〈しかしこれは経済界の実情、金融界の事情等を検討して、実際に適応する様に遂行すべきことが主で為政者はこの点に常に留意すべきことはいふまでもない〉とあり、状況に留意すべき事が説かれています。

 

第五節 勤勉
 日本人の勤勉さについては、〈我が国民が世界に比類なく勤勉なことである。いくら為替安であらうが廉価であらうが、輸出品が劣悪であれば、今日のごとき邦品の海外進出は到底望まれるものではない。刻苦精励、工夫を凝らし生産設備を改善し、研究に研究を重ねて今日の結果を招来したのであつて、このたゆまざる永き努力の上に、徐々に躍進の素地が築かれて来たのである〉とあります。

 

第六節 経済効果
 経済効果については、〈経済的の施設は一朝一夕にその効果を望めるものではない。少くとも二年ぐらゐ経たなくては真の効果は挙げ得ないのである〉とあります。経済効果は、数年単位の期間において考慮する必要性が語られています。

 

第七節 緊急政策
 緊急政策については、〈緊縮といふ問題を論ずるに当つては、先づ国の経済と個人経済との区別を明かにせねばならぬ〉とあります。是清は、以下のような分かりやすい具体例を挙げて説明しています。

<例1>
 例へば茲(ここ)に一年五万円の生活をする余力のある人が、倹約して三万円を以て生活し、あと二万円はこれを貯蓄する事とすれば、その人の個人経済は、毎年それだけ蓄財が増えて行つて誠に結構な事であるが、これを国の経済の上から見る時は、その倹約に依て、これまでその人が消費して居つた二万円だけは、どこかに物資の需要が減る訳であつて、国家の生産力はそれだけ低下する事となる。ゆゑに国の経済より見れば、五万円の生活をする余裕ある人には、それだけの生活をして貰つた方がよいのである。

<例2>
 仮にある人が待合へ行つて、芸者を招んだり、贅沢な料理を食べたりして二千円を費消したとする。これは風紀道徳の上から云へば、さうした使ひ方をして貰ひたくは無いけれども、仮に使つたとして、この使はれた金はどういう風に散ばつて行くかといふのに、料理代となつた部分は料理人等の給料の一部分となり、又料理に使はれた魚類、肉類、野菜類、調味品等の代価及びそれ等の運搬費並びに商人の稼ぎ料として支払はれる。この分は、即ちそれだけ、農業者、漁業者、商人等は、それを以て各自の衣食住その他の費用に充てる。それから芸者代として支払はれた金は、その一部は芸者の手に渡つて、食料、納税、衣服、化粧品、その他の代償として支出せられる。即ち今この人が待合へ行くことを止めて、二千円を節約したとすれば、この人個人にとりては二千円の貯蓄が出来、銀行の預金が増えるであろうが、その金の効果は二千円を出でない。
 しかるに、この人が待合で使つたとすれば、その金は転々して、農、工、商、漁業者等の手に移り、それが又諸般産業の上に、二十倍にも、三十倍にもなつて働く。ゆゑに、個人経済から云へば、偽年の節約をする事は、その人にとつて、誠に結構であるが、国の経済から云へば、同一の金が二十倍にも三十倍にもなつて働くのであるから、むしろその方が望ましい訳である。茲が個人経済と、国の経済との異つて居るところである。

 これらの具体例を挙げた上で、〈以上は、もとより極端な例を挙げたに過ぎない〉と語られています。是清の言いたいことは、〈個人経済から見る時と、国の経済から見る時とは、大変な相違がある事を明かにしたまでである〉ということです。

 

第八節 倹約と支出
 無駄については、〈言ふまでも無く、如何なる人の生活にも、無駄といふ事は、最も悪い事である。これは個人経済から云へば、物を粗末にする事である〉とあります。
 続いて倹約について、〈倹約といふ事も詮じ詰れば、物を粗末にしないと云ふ事に過ぎない。しかしながら、如何に倹約がよいからと云つて、今日産業の力を減退させるやうな手段を取る事は好ましからぬ事だ〉とあります。
 是清は、〈もとより財政上緊縮を要するといふ事はあるが、その場合には、なるべく政府の新たなる支出を出来るだけ控目にする事が主眼で無くてはならぬ〉と述べています。

 

第九節 仕事の中止
 仕事の中止については、〈既に取かかつた仕事まで中止するといふ事は考へものだ〉とあります。進行中の仕事に関しては、〈これを止めるとか中止するとかいふには十分に事の軽重を計り、国の経済の上から考へて決せねばならぬ〉と語られています。なぜなら、〈その性質をも考へず、天引同様に中止する事は、あまりに急激で、そこに必ず無理が出て来る。その無理は即ち、不景気と失業者となつて現れ出づるのである〉からです。
 具体的には、〈工事を止めたために、第一に請負人が職を失ふ。又これに従事せる事務員、技術者、労働者及び工事の材料の生産者、その材料を取次ぐ商人等の総ては、節約又は繰延べられたるだけ職を失ふのである。これらの人々が職を失ふ事は、やがて購買力の減少となり、かやうな事が至る所に続出すれば、それに直接関係なき生産業者も、将来に於ける商品の需要の減退を慮つて、自分の現在雇傭せる労働者を解雇して、生産量を減少するやうになる。その結果は、一般の一大不景気を招来するに至るのである。かくのごとき事は国家経済の上から、よほど考慮を要する事柄である〉と説明されています。

 

第十節 自主的
 金解禁に際して、是清は自主的であるべきことを説いています。〈やれ対米為替が上つたから、やれ英米の金利が下つたから、金解禁に好都合になつたと、有頂天になつて居る者もあるが、それは少し早計でないかと考へる。もとより今日金解禁をなすに就ては、外国市場の金利や為替相場等の影響も考慮せねばならぬが、もつと、大事な事は、これを自主的にきめる事である〉と語られています。
 具体的には、〈自主的の準備とは、我が国の国際貨借の関係に於て、支払いの立場に立たぬやう、国内の産業、海運その他の事業の基礎を確立する事である〉と説明があります。

 

第十一節 働きと経済発展
 人々の働きについて、〈今後は漸次働く者が働き易き時代に移ることとせねばなりません。それには人々の働きを尊重せねばなりません。これ経済発展の第一条件であります〉とあります。
 続けて、〈しかしながら、折角のその働きを浪費せざること、即ち無駄を省くと云ふ事も亦国民の十分注意を払はねばならぬ点であると思ひます〉と語られています。

 

第十二節 国家
 国家については、〈国家といふものは、自分と離れて別にあるものではない。国家に対して、自己といふもののあるべき筈はない。自己と国家とは一つものである〉とあります。
 ちなみに是清には、日本で〈初めて商標条令、特許条令、意匠条令といふ三条令を作つて法律を通過させ、それから築地に特許局を建てた〉功績があります。

 

第十三節 職業
 職業については、〈人生を観るに、人は職業に成功すると云ふほど大切な事はないやうです。而して職業に成功するのが、人類生存の基準であると申して過言でなからうと思ふのです。されば人として職業のないほど、恥かしいことはないのであります〉と語られています。

 

第十四節 信頼
 信頼については、〈一家和合といふことは、一家族が互に信頼するといふことから起る。信頼があつてこそ、出来ることだ。また経済界においても工業、銀行、商業など各種当業者の間に相互の信頼があり、資本家と労働者の間にも、同様信頼があつてこそ、繁栄を見る事が出来るのである〉とあります。

 

第十五節 事実
 経済においては、事実に基づいていることの重要性が指摘されています。〈経済の問題は申す迄もなく非常に複雑したものであります。何か一つの極まつた問題に就て具体的に御話しやうと云ふのには事実に就て御話をせねばならぬのである〉と語られています。

 

第十六節 人道教と経済教
 是清は、〈私が浅い学問浅い経験とを以てこの人類社会を考へるとこの人生には二つの道があるやうに思はれる。その一つは即ち人道教、いま一つを経済教と私は名付ける〉と述べています。
 その内実については、〈人道教と云ふ方はこれは人類の徳性を涵養して所謂道徳を進める方の道である。宗教の方にも関係を有(も)つ教育の方にも関係を有つ。経済教の方から云ふと、その極致は人類の生活慾を満足させることが経済教の極致である。生活慾と云つたらあまり露骨かも知れないけれども即ち生育の慾である〉と説明されています。
 続いて、〈これは人間ばかりぢやない総ての動物植物に至るまで、生育があつて存在するのである。もし、生育がなければそのものは無いのである、して見れば人類には無論成育があるのである。経済教の極致はこの生育の慾を満足させることが要諦である。とかう私は観察するのである〉と語られています。

 

第十七節 生産
 生産については、〈生産に必要なものは何であるか、今日では先づ四つと云はれて居る。資本が必要である、労働が必要である、経済の能力が必要である、企業心の働きが必要である〉とあります。
 その詳細は、〈この四つのものが揃はなければ生産力は伴はない、企業心と云ふものがなければ物の改良も拡張も出来ず、新規の仕事も起せない。多少の危険がある。初めて企業を起す、それが先駆となつて商業でも製造工業でも発達して行くのである。その企業に必要なのはやはり経営者なのである、それだけ力のある人が経営しなければやはり外国との競争に対抗して行く訳にはいかない〉とあります。
 続けて、〈又資本も豊富でなければ、外国と比べて見て資本が少なければこれも対抗して行く訳にはいかない。労働もその通り労働者の能率が外国の労働者に劣つて居つた場合には、我が国の生産品が外国の生産品に負ける結果になるのである〉とあります。
 さらに、〈この四つのものが能く進んで行つて初めて一国生産の力と云ふものが本統に発達して行くのである。今日あるいは労働問題とか資本対労働とか恰も資本と労働とが喧嘩をするやうなことが、世間で大分言論にも事実が現はれるが、これが離ればなれになつて生産が出来るものではない。国力を養ふことは出来ない。この四つのものが一致して初めて一国の生産力は延びるのである〉と語られています。

 

第十八節 『随想録』考
 高橋是清の『随想録』には、経済についての政策が語られています。
 経済における生産と消費との間に不均衡がおこる場合は、両者の均衡を得るために適正量の通貨供給が必要であり、例えば低金利政策が挙げられています。
 資本と労力の関係については、労力を第一、資本を第二位とし、労力に対する報酬を資本に対する分配額よりも有利の地位に置いています。人の働きの値打をあげることが、経済政策の根本主義だとされています。人の働きの値打の軽視が、購買力の減退を招き、不景気を誘発する可能性が指摘されています。
 為政者が低金利政策を進めるときには、経済界・金融界の状況を検討することが必要だと語られています。その目的は、事業経営者の負担軽減、不況時の景気刺激、労資の和合促進が挙げられています。
 日本人の勤勉さは、生産設備の改善や研究などを含め、大きな武器として認識されています。
経済効果については、数年単位の期間において考慮する必要性が語られています。
緊急政策を行うためには、国の経済と個人経済との区別が重要だと指摘されています。特に国の経済から見れば、金を使うということが次々と金の働きを生むことが説明されています。政府支出や投資を増やすことで、国民所得を数倍に増やすことができるという乗数効果につながる考え方が示されています。
 倹約については、産業の力を減退させる可能性について警戒されています。財政上緊縮を要するときでも、新たな支出を出来るだけ控目にする方法が提案されています。
 仕事の中止については、不景気と失業者を招くため、慎重に経済的に考えるべきことが説かれています。
 国の経済においては、自主的に決めることの重要性が説かれています。その準備として、国際貨借の関係において支払いの立場に立たないように、国内の産業、海運その他の事業の基礎を確立する事が挙げられています。
 人々の働きを尊重することは、経済発展の第一条件に挙げられています。ただし、無駄を省くことも、国民の十分注意を払うべき点として挙げられています。
 国家については、自分と離れて別にあるものではないとされています。自己と国家とは一つものであると認識されています。
 人生においては、人が職業に成功することが大切だと語られています。
 経済界では各種当業者の間に相互の信頼があり、資本家と労働者の間にも信頼があることで繁栄することが出来ると語られています。
 経済においては、事実に基づいていることの重要性が指摘されています。
 是清は、徳性と道徳による人道と、生活と生育による経済を、人類社会における人生の二つの道として掲げています。
 生産については、資本・労働・経済の能力・企業心の働きが必要な四点として挙げられています。この四点が一致することで、一国の生産力が延びると考えられています。

 

 

 



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