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『断章 序破急』

【目次】
第一節 二条良基の序破急
第二節 世阿弥の序破急
第三節 心敬の序破急
第四節 日本の序破急


断章 序破急
 序破急は、日本の芸道において三段階を表す言葉です。雅楽や能楽などの日本の伝統音楽に用いられた語であり、芸道一般に通じる考え方です。序・破・急のそれぞれが、導入部・中間部・結末部に相当しています。

 

第一節 二条良基の序破急
 二条良基(1320~1388)の『筑波問答』には、〈楽にも序・破・急のあるにや。連歌も一の懐紙は序、二の懐紙は破、三・四の懐紙は急にてあるべし〉とあります。音楽に序破急があると言い、次いで連歌の懐紙について述べられています。百韻の連歌では懐紙を横二つに折り、折り目を下にして、その表(面とも表記します)と裏とに句を記しました。具体的には、序は〈一の懐紙の面のほどは、しとやかの連歌をすべし〉とあり、しとやかな連歌です。破は〈二の懐紙よりさめき句〉とあり、うきうきとしたにぎやかな句です。急は〈三・四の懐紙をことに逸興あるやうにし侍ることなり〉とあり、ことに逸興あるようにすることが語られています。

 

第二節 世阿弥の序破急
 世阿弥(1363~1443)は序破急について様々な角度から論じています。『風姿花伝』や『花鏡』では能の序破急を、『三道』では一曲の構成基準として序破急を、『拾玉得花』では万物の序破急を論じています。
 『風姿花伝』には、〈一切の事に序・破・急あれば、申楽もこれ同じ。能の風情を以て定むべし〉とあります。世の中のすべてのことに序破急があり、能にも序破急があるというのです。能の演技や内容によって、どの段階でどの曲が演じられるかが決まるとされています。
 『花鏡』には、〈序といつば、初めなれば、本風の素県なり〉とあります。序は最初の段階であるため、基本的な姿であるべきだというのです。続いて、〈破なり。これは、序の本風の直に正しき体を、細かなる方へ移しあらはす体なり。序と申すはおのづからの姿、破はまた、それを和して注する釈の義なり〉とあります。破の段階では、序の真っ直ぐで素直な演じ方を、段々と繊細な演技へと移していくというのです。序は自然な姿であり、破は序の姿をやわらげて分かりやすく砕くとされています。最後に、〈急と申すは、挙句の義なり。その日の名残なれば、限りの風なり。破と申すは、序を破りて、細やけて、色々を尽くす姿なり。急と申すは、またその破を尽くす所の、名残の一体なり。さるほどに、急は、揉み寄せて、乱舞・はたらき、目を驚かす気色なり〉とあります。急は、物事の御仕舞いを意味しています。能では催しの名残であり、後のない風体とされています。破は、序を砕いて細かな演技に移り多彩な演技を魅せ、急は、その破を推し進めた最後の風体だと考えられています。そのため急の段階では、激しく体を使う演技を畳み掛け、乱舞やはたらきで観客の目を驚かす演じ方をすると語られています。
 『三道』には、〈序破急に五段あり。序一段、破三段、急一段なり〉とあります。能の序破急には五段階があり、序が一段で、破は三段で、急が一段だというのです。ただし、〈本説の体分によりて、六段ある事もあるべし。または、品によりて、一段足らで、四段などある能もあるべし。まづ、本風体と定むる所、五段なり〉とあります。話の性質によっては六段となる場合もあり、種類によっては四段の場合もあるとされています。その上で、基準の風体を定めておくとき五段の形になるというのです。
 『拾玉得花』には、〈成就とは「成り就つ」なり。しかれば、当道においては、これも面白き心かと見えたり。この成就、序破急に当たれり〉とあります。能では成就も面白きことと思われて、序破急に当たるというのです。そのため、〈序破急流連は成就なり〉とあるように、序破急が順序正しく展開することが、成就だと考えられています。その上で世阿弥は、〈よくよく安見するに、万象・森羅・是非・大小・有情・非情、ことごとく、おのおの序破急をそなへたり。鳥の囀り、虫の鳴く音(これすなはち、無位無心の成就なり)に至るまで、その分その分の理を鳴くは、序破急なり〉と述べています。よく考えると、森羅万象は是非・大小や感情の有無とも無関係に、すべて序破急を備えているというのです。鳥や虫の声は位や心を超えた無の境地の成就であり、その本分のままに鳴くのは序破急を成就していると考えられています。また、〈万曲に通じて、一風・一音・一弾指の機に当たるも、序破急成就なり〉とあり、一切の演技に渡り、一つの風体や楽曲が観客の瞬間的な気合と合致することは、序破急の成就によることだとされています。他にも、〈万曲の面白さは、序破急成就のゆゑと知るべし。もし面白くなくば、序破急不成就と知るべきなり〉とあります。あらゆる芸曲の面白さは、序破急が成就しているからであり、面白くなければ序破急が成就していないからだと考えられています。

 

第三節 心敬の序破急
 心敬(1406~1475)の『さゞめこと』には、〈萬道の初破急〉という言葉があります。序破急が、あらゆるものに通じる原理として扱われていることが分かります。

 

第四節 日本の序破急
 日本の序破急は、森羅万象の全てにおいて、三段階の構成を示すことのできる言葉です。
 雅楽や能楽などの日本の伝統音楽から使われ始め、芸道一般に通じるものとしても使われています。日本では主に世阿弥の功績によって、序破急を用いることで、あらゆる対象の導入部・中間部・結末部を表すことが可能になっています。

 

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