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『第一章 大和魂』

【目次】
第一章 大和魂
 第一節 大和魂の系譜
 第二節 日本人の大和魂

 

第一章 大和魂

 大和魂とは、外国の事例と比べたとき、日本の特徴だと日本人が考える精神性や素質のことです。
 平安時代に「漢才」に対するものとして使われ始めました。江戸時代には「漢意(からごころ)」に対するものとして使われています。明治以降は、欧米に対するものとして使われていきます。


kotoba_f01_01.bmp[図1-1] 大和魂の関係性

 

 第一節 大和魂の系譜

 大和魂は、まずは『後拾遺和歌集』の歌の応答で、大和心として表れます。大江匡衡(おおえのまさひら)(952~1012)が、〈果(はか)なくも 思ひけるかな 乳(ち)もなくて 博士の家の 乳母せむとは〉と述べて、乳があまり出ない女を乳母にしようとする赤染衛門(956~1041以後)をからかっています。それに対して、〈さもあらばあれ 大和心し賢くば 細乳(ほそぢ)に附けて あらすばかりぞ〉とあるように、大和心さえ賢いなら、乳が出るとか出ないとかは何の困ることもないのだと赤染衛門は答えています。
紫式部(973頃~1014頃)の『源氏物語』[乙女]には、〈なほ才をもととしてこそ、やまとだましひの世に用ゐらるゝ方も強う侍らめ〉とあります。学問を基礎にしてこそ、大和魂が世間にしっかりと認められるというのです。
 『大鏡』では藤原時平(871~909)に対して、〈かくあさましき悪事を申し行ひ給へりし罪により、この大臣の御すゑはおはせぬなり。さるはやまとたましいなどはいみじくおはしたるものを〉とあります。藤原時平が、大和魂を持つ人物として評価されています。
 『今昔物語集』[本朝世俗部]には、〈善澄、才はいみじかりけれども、つゆ和魂(やまとだましい)無かりける者にて、かゝる心幼き事を云ひて死ぬるなりとぞ、聞きと聞く人々に云ひ謗られけるとなむ語り傅へたるとや〉とあります。学才はあっても大和魂がない善澄という男が、幼稚なことを言って殺されたという話です。
藤原忠実(1078~1162)の言葉を中原師元(1109~1175)が記した『中外抄』には、〈摂政関白、必ずしも漢才候はざらねども、やまとだましひだにかしこくおはしまさば、天下はまつりごたせ給なん〉とあります。摂政関白には、漢才よりも大和魂が重視されているのが分かります。
 慈円(1155~1225)の『愚管抄』[巻第四]には、〈和漢ノ才ニトミテ、北野天神ノ御アトヲミフミ、又知足院殿ニ人ガラヤマトダマシイノマサリテ、識者モ實資ナドヤウニ思ハレタラバヤアランズル〉とあります。和漢の学才に豊かで、菅原道真(845~903)公の後に続き、また知足院に人柄や世間的な才能が勝って、見識ある人からも小野宮実資などのように思われる事があったであろうか、と語られています。
 賀茂真淵(1697~1769)の『歌意考』には、〈万よこしまにもならへば、心となるものにて、もとのやまと魂をうしなへりければ、たまたまよき筋の事はきけども、なほく清き千代の古道には、行立がてになむある〉とあります。ここでのやまと魂は、日本の古来のもののよさを正しく評価しうる心性、唐土の思考や文化に歪められていない心性のことを指しています。
 本居宣長(1730~1801)は、〈敷島の 大和心を人問はば 朝日に匂ふ 山桜花〉という有名な歌をのこしています。
 平田篤胤(1776~1843)の『古道大意』には、〈御國ノ人ハ、ソノ神國ナルヲ以テノ故ニ、自然ニシテ、正シキ眞ノ心ヲ具ヘテ居ル。其ヲ古ヨリ大和心トモ、大和魂トモ申シテアル〉とあります。日本は神の国ゆえに正しい心をそなえていて、それを大和心や大和魂と呼ぶというのです。
 長野義言(1815~1862)の『沢能根世利』には、〈皇神の正道(ノリ)をおきて、他に幸ひもとむべからぬ和魂(ヤマトダマシヒ)だに定まれば、ものにまぎるる心もあらじ〉とあります。正道を「のり」と読ませているのは、規範としての意味をもたせるためです。ここでの和魂は、公共につかえるという意味合いが強いです。
吉田松陰(1830~1859)は、〈かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂〉と、〈身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂〉という二つの大和魂の歌をのこしています。
 島崎藤村(1872~1943)の『夜明け前』では、〈自分らごときは他人の異見を持たずに、不羈独立して大和魂を堅め、善悪邪正と是非得失とをおのが狭い胸中に弁別し、根本の衰えないのを護念して、なお枝葉の隆盛に懸念する。もとより神仏を敬する法は、みな報恩と報徳とを以てする。これを信心と言う〉とあります。神仏分離や廃仏毀釈という世の状勢を踏まえ、主人公である青山半蔵と、万福寺の松雲和尚の心情が示されています。
 明治天皇(1852~1912)は、〈しきしまの 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける〉という歌をのこしています。
 日本の剣道家である高野佐三郎(1862~1950)は、〈剣道は 神の教への道なれば 大和心をみがくこの技〉という歌をのこしています。

 

 第二節 日本人の大和魂

 大和魂とは、日本人の魂のことです。日本という国において、他国との関わりにおいて、何かを決めるためのあり方として、大和魂があらわれます。
 国家は、様々な異なる状況において、それぞれに適切な対応を行う必要があります。あるときはこの対応、別のあるときはその対応というように、状況によって行われる対応は違ってきます。しかし、その対応を決めている基準は、一つだと想定されなくてはなりません。平時には平時の対応が、戦時には戦時の対応があり、それらを統合して判断する何かが想定され、それが日本では、例えば大和魂と呼ばれているのです。平時や戦時の片方だけを見て、片方の大和魂のあり方は違うというのは、大和魂のあり方を分かっていない人の言い分なのです。


kotoba_f01_02.bmp[図1-2] 状況における大和魂

 

 大和魂は、平時には雅を愛でることもあり、わびやさびを好むこともあります。戦時には、勇ましい気概を発揮し、生命を燃やします。智仁勇の三徳で言えば、平時には仁の傾向が強くなり、戦時には勇の傾向が強くなります。これらを統一するあり方をあらわす言葉として、日本の大和魂はあらわれるのです。

 

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