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『第三章 言霊』

【目次】
第三章 言霊
 第一節 古代の言霊
 第二節 古代の言挙げ
 第三節 国学の言霊
 第四節 日本の言霊


第三章 言霊

 「ことだま」とは、言葉が事柄に及ぼす霊力のことです。日本人は古来より、言葉が事柄化することを重視してきました。山上憶良(660頃~733頃)は「ことだま」を「言霊」と記し、柿本人麻呂(660頃~720頃)は、「ことだま」を「事霊」と記しています。


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[図3-1] 言霊と事霊

 

 八百万の神々の世界では、言葉は事柄と関係すると考えられてきたのです。

 

 第一節 古代の言霊

 『万葉集』[八九四]では、山上憶良が〈神代より 言ひ伝て来らく そらみつ 倭の国は 皇神の 厳しき国 言霊の 幸はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり 今の世の 人も悉目の前に 見たり知りたり〉と詠っています。大和の国は言霊の幸いのある国と語り継がれており、今の世の人も皆見知っているというのです。
 [二五0六]では柿本人麿が、〈事霊の八十の衢に夕占問ひ占正に告る妹はあひ寄らむ〉と詠っています。事霊に満ちたたくさんの辻に夕占を尋ね、占は正にあの子が私になびくと言ったというのです。
 [三二五四]では同じく柿本人麿が、〈磯城島の日本の国は事霊のたすくる国ぞま幸くありこそ〉と詠っています。日本国は、言葉の魂が人を助ける国であるから無事であってほしいというのです。
 『続日本後紀(869)』巻十九の[興福寺の法師等の歌]には、〈日本の 倭の国は 言玉の 富ふ国とぞ 古語に 流れ来れる 神語に 伝へ来れる 伝へ来し〉とあります。日本は言霊にあふれた国であり、古い言葉や神の言葉から伝えられているというのです。
 嘉祥3年(850)から万寿2年(1025)までの歴史を示した『大鏡』巻一の[醍醐天皇]には、〈いはひつることだまならばもの年ののちもつきせぬ月をこそみめ〉とあります。祝いの言霊なら、いつまでも尽きることはないというのです。
 『賀茂保憲女集』の序文には、〈よろづよ照らす日のもとの国、ことだまを保つにこと叶へり〉とあります。数多を照らす日本の国では、言霊を保つことも叶うというのです。
 平安後期の歌人源俊頼(1055~1129)の自撰家集『散木奇歌集』の[除夜歌]には、〈ことだまのおぼつかなさに岡見すと梢ながらも年を越すかな〉とあります。言霊が覚束ない状態での年越しが語られています。
藤原清輔(1104~1177)の『清輔朝臣集』[祝部]には、〈たらちねの神の玉ひしことだまは千代まで守れ年も限らず〉とあります。神の言霊は限りなく続くというのです。

 

 第二節 古代の言挙げ

 言霊思想では、言葉が事柄に影響を及ぼすため、言葉を発することに多くの注意を払う必要があります。そのため、思いを言葉に出して言い立てる言挙げが制限されます。不埒な言葉を戒めるため、言挙げせぬという習俗があらわれます。それは、言葉を軽視しているのではまったくなく、言葉を尊重し、その働きに期待すると同時に、その結果に畏れを抱いているからなのです。
 『万葉集』[九七二]には、〈千万の軍なりとも言挙げせず取りて来ぬべき男とそ思ふ〉とあります。敵軍が大勢であろうとも、いたずらな言挙げせずに、倒して来る男子だと思うというのです。
 [一一一三]には、〈この小川霧そ結べる激ちたる走井の上に言挙せねども〉とあります。小川に霧が立ちこめており、激しく水の湧き流れる泉の上で言挙げしたわけではないというのです。
 [三二五○]には、〈蜻蛉島 日本の国は 神からと 言挙せぬ国 然れども われは言挙す 天地の 神もいたくは わが思ふ 心知らずや〉とあります。蜻蛉島の日本国は、神意によって言挙げしない国だというのです。ただし、私はあえて言挙げをするというのです。なぜなら天地の神も、それほど我が心の内を知らないだろうからです。
 [三二五三]には、〈葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙せぬ国 然れども 言挙ぞわがする 言幸く 真幸く坐せと 恙なく 幸く坐さば 荒磯波 ありても見むと 百重波 千重波しきに 言挙すわれは 言挙すわれは〉とあります。日本は神の意のままに言挙げしない国ですが、私は言挙げするというのです。荒波のように激しく言挙げするというのです。

 

 第三節 国学の言霊

 日本における国学の系譜においても、言霊について語られています。
 契沖(1640~1701)の『倭字正濫抄』には、〈事有れば必ず言有り、言有れば必ず事有り〉と記され、事柄と言葉の関わりが示されています。『万葉代匠記』には、〈ことたまは、目に見えぬ神霊なり〉とあり、〈ことたまは、ことのしるしなり。いはへばいはふかひのあるなり〉とあります。言霊は目に見えずとも、確かなものとして働くことが示されています。
 賀茂真淵(1697~1769)の『祝詞考』には、〈事と言とは古へ相通はし書事万葉に多し。字に泥む事なかれ〉とあります。事と言は、古代ではほとんど同一視されていたという説が示されています。『万葉考』には、〈我皇国は字を用ゐず、言の国なりしかば、たふとみてそのことばに魂の有といふ〉とあります。言葉に魂が宿るため、〈言霊は、いふ言に即神の御霊まして助くるよし也〉ということになります。そして、〈言挙する時は、其言に神の御霊坐て幸をなし玉へり〉とあり、言挙げするときには神の助けがいるというのです。
 谷川士清(1709~1776)の『倭訓栞』には、〈事と言と訓同じ。相須つて用をなせばなり〉とあります。事と言が、ともに働くことで用をなすことが語られています。『古事記燈』には、〈言霊とは、言にたましひのあるといふがごとし。いはへばよろこび来たり、のろへばうれへいたるが如し〉とあります。言霊においては、言葉に魂が宿るというのです。『真言弁』には、〈感通感動まつたく言霊の妙用なれば、感通をねがはむとならば、ひとへに言霊あらむことをねがふべし〉とあります。心通じ心動かされるということは、言葉の言い尽くし難い働きだからこそ、そのために言霊を願うというのです。
 本居宣長(1730~1801)の『古事記伝』には、〈意と事と言とはみな相称へる物〉とあり、〈すべて意も事も、言を以て伝フるものなれば、書はその記せる言辞ぞ主には有ける〉とあります。意と事と言は似通っており、意思や事柄を伝えるために言葉があり、書物があるというのです。
 鈴木重胤(1812~1863)の『祝詞講義』には、〈事の極みは言語より外無し。然れば、言語は人の霊を導くの使命なる事云も更なり。言語は霊を導き、霊を養ふの器たる事明なり〉とあります。事柄は言語に極まり、事柄は言葉の外には無いというのです。言葉の限界が、事柄の極みの限界だというのです。

 

 第四節 日本の言霊

 言葉が事柄に及ぼす霊力のことを、日本人は言霊と呼びました。

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[図3-2] 言葉が事柄に及ぼす霊力

 

 言葉が事柄に及ぼす影響を考慮し、日本人は思いを言葉に出して言い立てる言挙げを制限しました。そのため、状況が言挙げを必要とするときは、あえて言挙げすることを言い立てることもあるのです。言挙げを予め制限しておき、言挙げが必要なときは、言挙げすることを宣言してから言挙げを行うのです。それが、言挙げの作法なのです。


kotoba_f03_03.bmp[図3-3] 言挙げの作法

 

 日本語の言霊において、「事」と「言」が密接に関係し合います。そこに「意」が関わり、「用」をなすのです。言葉は、事柄や意思を伝えます。伝えられた事柄や意思は、用を導きます。言葉が用へと至ることは、言い表し難い妙の働きなのです。「意」と「事」と「言」と「用」の重なりにおいて、日本の言霊は思想を紡いで行くのです。


kotoba_f03_04.bmp[図3-4] 言霊の作用

 

 以上のように、日本国は言霊の幸いのある国であると言えます。日本人は、このことを語り継ぎ、言い伝えて行くのです。

 

 

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