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『第四章 幽玄』

【目次】
第一章 幽玄
 第一節 和歌の幽玄
 第二節 連歌の幽玄
 第三節 能楽(猿楽)の幽玄
 第四章 日本の幽玄


第一章 幽玄

 幽玄は、不思議な言葉です。「幽」は、かすかで奥深いことであり、「玄」は暗く奥深いことです。
 もともとは中国の言葉であり、死後の世界や、老荘思想の境地を意味していました。老荘思想の境地における幽玄は、『老子』の〈玄之又玄〉を表す言葉だと言われています。また、中国仏教の『金剛般若経疏』に〈般若幽玄、微妙難測〉とあり、仏法が深遠奥妙にして窮知し難いものであると語られています。
 日本においては、最澄(767~822)の『一心金剛戒体秘決』に〈諸法幽玄之妙〉とあり、仏典から幽玄という言葉が使用されるようになりました。後に日本語として、和歌・連歌・能楽用語として独自の意味を獲得していきます。日本の幽玄は、日本美の情趣として、柔和さや上品さを伴う表現として確立しました。

 

 第一節 和歌の幽玄

 日本にける幽玄は、和歌・連歌・能楽において独自の意味を持つに至っています。
 『古今和歌集』の[真名序]には、〈或いは事神異に関り、或いは興幽玄に入る(或事関神異、或興入幽玄)〉とあります。この時点では原義に近い意味で使用されていますが、これより後の和歌論では、日本美として独自の意味を備えて行きます。
 壬生忠岑(860~920)の歌論『和歌体十種』では、優れた歌体である高情体について、〈詞は凡そ流たりと雖も、義は幽玄に入る、諸歌の上科と為す也(詞雖凡流義入幽玄、諸歌之為上科也)〉とあります。優れた歌が幽玄に入ることが示されています。
 藤原基俊(1060~1142)の歌合の判詞には、〈言凡流をへだてて幽玄に入れり。まことに上科とすべし〉や、〈詞は古質の体に擬すと雖も、義は幽玄の境に通うに似たり〉とあります。やはり優れた歌は、幽玄に入るというのです。
 藤原俊成(1114~1204)の歌合の判詞にも幽玄が評されています。西行の〈心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮〉に対して、〈こころ幽玄に姿および難し〉とあり、慈鎮和尚の〈冬がれの梢にあたる山風の又吹くたびは雪のあまぎる〉に対し、〈心、詞、幽玄の風体なり〉とあります。
 藤原定家(1162~1241)の『毎月抄』には、和歌の十体として、「幽玄躰」や「有心躰」が示されています。定家は、〈いづれも有心躰に過ぎて歌の本意と存ずる姿は侍らず〉と述べ、有心体を和歌の本質と捉えています。そのため、〈宜しき歌と申し候は、歌毎に心の深きのみぞ申しためる〉と言い、〈常に心有る躰の歌を御心にかけてあそばし候べく候〉と語っています。幽玄についても、〈いづれの躰にても、ただ有心の体を存ずべきにて候〉とあるように、本質は有心体であるのです。〈幽玄の詞に鬼拉の詞などを列ねたらむは、いと見苦しからむにこそ〉とあり、強い鬼拉の詞を幽玄の詞につらねると見苦しいと語られています。
 鴨長明(1155~1216)の歌論書『無名抄』には、〈いはむや、幽玄の体、まづ名を聞くより惑ひぬべし。みづからもいと心得ぬことなれば、定かにいかに申すべしとも覚え侍らねど、よく境に入れる人々の申されし趣は、詮はただ言葉に現れぬ余情、姿に見えぬ景色なるべし〉とあります。幽玄が、言葉に現れず姿に見えないものとして捉えられています。
 吉田兼好(1283~1352以後)の『徒然草』[第百二十二段]には、〈詩歌に巧みに、糸竹に妙なるは、幽玄の道、君臣これを重くすといへども、今の世には、これをもちて世を治むる事、やうやくおろかなるに似たり〉とあります。詩歌や音楽において能力があることは、幽玄なる道であり君臣ともに重んじるところですが、今の世ではこれらで政治を行なうことが不可能だというのです。
 臨済宗の歌僧である正徹(1381~1459)の『正徹物語』においても、幽玄が語られています。正徹は『新古今和歌集』[恋四・一三○○]の〈あはれなる心長さのゆくゑともみしよの夢をたれかさだめん〉という歌に対し、〈極まれる幽玄の歌なり〉と評しています。〈幽玄体の事、まさしくその位に乗り居て納得すべき事にや〉とあるように、幽玄体は、幽玄の和歌を詠める段階に達して初めて理解できるというのです。
 また、〈さけば散る夜のまの花の夢のうちにやがてまぎれぬ峯の白雲〉という歌に対しても、〈幽玄体の歌なり〉と評しています。その上で、〈幽玄といふ物は、心にありて詞にいはれぬ物なり〉と語られています。もう少し詳細に見ると、〈月に薄雲のおほひたるや、山の紅葉に秋の霧のかかれる風情を、幽玄の姿とするなり〉とあり、〈幽玄といふは、更にいづくが面白しとも、妙なりともいはれぬところなり〉と語られています。
 幽玄の根拠は、結局は心に求められているのです。〈これもいづくが幽玄なるぞといふ事、面々の心の内にあるべきなり。更に詞にいひ出だし、心に明らかに思ひわくべき事にはあらぬにや〉とあるように、幽玄は各人の心の中にあるというのです。ですから、ことさら言語で表したり、心中で明確に分別するようなことではないというのです。

 

 第二節 連歌の幽玄

 連歌においても、幽玄が示されています。
 二条良基(1320~1388)の『筑波問答』には、〈春の花のあたりに霞のたなびき、垣根の梅に鶯の鳴きなどしたる景気・風情の添ひたるをぞ、歌にも褒められたれば、連歌の道もまたかくこそ侍らめ。かまへてかまへて、数奇の人々は、まづ幽玄の境に入りて後、ともかくもし給ふべきなり〉とあります。美しい景色の描写が和歌では褒められているので、連歌でもそのようにあるべきだというのです。詩歌の道においては、幽玄の境地を体得してから、あれこれの工夫をなすべきだとされています。
 連心敬(1406~1475)の『心敬僧都庭訓』には、〈幽玄というものは心にありて詞にいはれぬものなり〉とあります。やはり幽玄は心の中にはありますが、言葉では言えないものだというのです。また『さゞめこと』には、〈此道は感情・面影・余情を旨として、いかにもいひ残しことはりなき所に幽玄・哀はあるべしと也〉とあります。幽玄とは、言葉で言い尽くしたときに、言葉では言い尽くせぬところにあるものだとされています。また、〈いかにも道を高く思ひ、幽玄をむねとして執心の人此みちの最用なるべしと也〉と語られています。幽玄を抱く人は、連歌の道において大事な人だというのです。
 宗祇(1421~1502)の『長六文』には、〈ただ連歌は幽玄に長高く有心なるを本意とは心にかけらるべきなり〉とあります。幽玄においては、心有ることを心掛けるべきだと語られています。

 

 第三節 能楽(猿楽)の幽玄

 能楽(猿楽)においても、幽玄は示されています。
 世阿弥(1363~1443)の『花鏡』には、〈幽玄の風体の事。諸道・諸事において、幽玄なるを以て上果とせり〉とあります。諸々の芸道において幽玄を第一としています。幽玄の定義については、〈ただ美しく、柔和なる躰、幽玄の本躰なり〉とあります。具体的には、〈人に於いては女御、更衣、又は優女、好色、美男、草木には花の類、か様の數々は、その形、幽玄のものなり〉とあります。
『至花道』には、〈幽玄雅びたるよしかかりは、女体の用風より出で〉とあります。幽玄で美しい風姿は、女体の応用から生れるとされています。
 『風姿花伝』には、〈ただ、言葉卑しからずして、姿幽玄ならんを、享けたる達人とは申すべきや〉とあり、〈よき能と申すは、本説正しく、めづらしき風体にて、詰め所ありて、かかり幽玄ならんを、第一とすべし〉とあります。達人と呼ばれるのも、よき能だと評されるのも、幽玄という要素が重要視されています。

 

 第四章 日本の幽玄

 日本の幽玄は、姿に見えない余情や景色、言葉で言い表せない柔和さや上品さを示す、心有る日本美の言葉です。
各務支考(1665~1731)の『俳諧十論』には、〈幽玄にあそぶを風雅といふ〉とあります。高尚な美の趣を表す風雅とは、幽玄の境に遊ぶことだというのです。
 美は、真や善とは異なる様式を持つ価値基準です。美は、真のように実験で確かめることはできません。また美は、善に比べて言葉で追求することが困難です。美は、特にその美が高い位にある程、言葉で言い表すことができなくなります。そのため、言葉で表すことができない美についての、言葉による表現形式が生まれます。日本の幽玄は、心有るが故に、言葉では言い表しきれない境地を察し、その境地において言葉で発せられるのです。

 

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