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『第五章 わび』

【目次】
第一節 和歌のわび
第二節 物語のわび
第三節 能楽(猿楽)のわび
第四節 徒然草のわび
第五節 茶道のわび
第六節 俳句のわび
第七節 日本のわび

 

第五章 わび
 わび(侘び)とは、貧相や不足において心の充足を見出す日本人の美意識の一つです。名詞では「侘び」であり、動詞では「侘ぶ」であり、形容詞では「侘しい」となります。
 元来は、心細い・寂しい・貧しいなどを意味する言葉でしたが、徐々に肯定的な価値を持つようになります。
 茶道や俳諧では、閑寂な趣や、簡素に宿る落ち着いた感じを意味します。

 

第一節 和歌のわび
 和歌には、わびが詠われています。和歌においては、わびが否定的な意味で用いられている用例を数多く見ることができます。
 『万葉集』[巻第四]には、〈さ夜中に友呼ぶ千鳥もの思ふとわびをる時に鳴きつつもとな〉という歌があります。夜更けに千鳥が、物思いに沈んだように寂しい時に鳴き続けるのが空しいというのです。同じく [巻第四]には、〈今は吾は侘びそしにける気の緒に思ひし君をゆるさく思へば〉という歌もあります。辛く気持ちが沈むのは、大切なあなたを遠ざかるにまかせると思うからだというのです。[巻第十五]には、〈塵泥の数にもあらぬわれ故に思ひわぶらむ妹が悲しさ〉という歌があります。塵や泥のように数える価値もない私のために、辛い思いをしているあなたが悲しいというのです。
 『古今和歌集(905頃)』[巻第十八]には、〈わくらばに 問ふ人あらば 須磨の浦に 藻塩たれつつ わぶと答へよ〉とあります。 私を尋ねてくる人がいたら、わびしく暮らしていると答えてくださいと詠われています。
 『拾遺和歌集(1006頃)』[物名]には、〈古へは奢(おご)れりしかど侘びぬれば舎人(とねり)が衣も今は着つべし〉とあります。昔は奢っていたけれど、寂しく暮らす今は相応の服を着ているというのです。
 『詞花和歌集(1151)』には、〈わびぬれば強ひて忘れんと思へども心弱くも落つる涙か〉とあります。想いわずらえば、忘れようとしても心が弱いので涙が落ちるというのです。

 

第二節 物語のわび
 物語において、わびが否定的な言葉から肯定的な言葉に移り変わっているのが分かります。
 平安初期に成立した『伊勢物語』[第五十九段]には、〈住みわびぬ今はかぎりと山里に 身を隠すべき宿求めてむ〉とあります。この世に住むのがすっかり嫌になったので、山里に身を隠せる家を探すというのです。ここでのわびは、否定的な意味です。
 ですが、平安中期に成立した『宇津保物語』には、〈わび人は月日の數ぞ知られける明暮ひとり空をながめて〉とあります。侘びを知る人は、風流を解することが示されています。わびが肯定的な言葉として用いられています。

 

第三節 能楽(猿楽)のわび
 能楽(猿楽)にも、わびが語られています。
 観阿弥(1333~1384)の作を世阿弥(1363,64~1443,44)が改修したと考えられている能楽作品に、『松風』があります。作中に、〈ことさらこの須磨(すま)の浦に心あらん人は、わざとも佗びてこそ住むべけれ〉と語られています。心ある人は、意図してでも侘びた場所に住むべきだというのです。

 

第四節 徒然草のわび
 吉田兼好(1283頃~1352頃)の『徒然草』においても、わびが語られています。
 [第七十五段]には、〈徒然わぶる人は、如何なる心ならむ。紛るる方なく、唯獨り在るのみこそよけれ〉とあります。徒然の境遇を苦にする人の気持ちに思いをはせ、心が紛れることのないように孤独でいることが語られています。

 

第五節 茶道のわび
 茶道においては、侘び茶の文化が成熟しました。
 『紹鴎侘の文』には、〈侘びといふ言葉は故人も色々に歌にも詠じけれ共、ちかくは、正直に愼しみ深くおごらぬさまを侘といふ〉とあります。侘びが明確に定義されています。また、〈天下の侘の根本は天照御神にて、日國の大主にて、金銀球玉をちりばめ、殿作り候へばとて、誰あつて叱るもの無之候に、かやぶき?米の御供、其外何から何までも、つつしみ深くおこたり給はぬ御事、世に勝れたる茶人にて御入候〉ともあります。侘びが、日本独自の慎み深さから来ていることが語られています。
 『紹鴎門弟への法度』には、〈淋敷は可然候、此道に叶へり、きれいにせんとすれば結構に弱く、侘敷せんとすればきたなくなり、二つともさばすあたれり、可慎事〉とあります。さびしい境地に立つことは、侘数奇の道に叶うことだというのです。侘びをきれいに表現しようとすると結構に傾いてひ弱さとなり、強いて侘びようとすれば汚くなると語られています。両方とも自然にさびたのではなく、人為的にさばしたからだというのです。
 真松斎春渓の『分類草人木(1564)』には、〈大名富貴ノ人、数奇ハ侘タルガ面白シト云テ、座敷モ膳部モ貧賤ノマネ専トス。不可然。可有様コソ面目ナレ〉とあります。大名や富貴の人が、貧賤のまねをしても侘びの域には達しないというのです。富貴の人は、金持ちらしくふるまうのがよいというのです。侘びは、貧賤そのものの中にあるというのです。
 久保利世(1571~1640)の『長闇堂記(1640)』には、〈佗びは佗びの心を持たでは茶湯はならぬものなり〉とあります。また、〈宗易(千利久)華美をひくまれしゆへか、わびのいましめのための狂歌よみひろめ畢〉とあり、侘びは華美とは反対ということが示されています。
 山上宗二(1544年~1590)の『山上宗二記』には、〈侘び数寄というは一物も持たざる者、胸の覚悟一つ、作分一つ、手柄一つ、この三ヶ条調うる者をいうなり〉とあります。侘び数奇の極意が示されています。また、〈古人のいわく、茶湯名人に成りての果ては、道具一種さえ楽しむは、弥(いよいよ)、侘び数寄が専らなり。心敬法師、連歌の語にいわく、連歌の仕様は、枯れかしけ寒かれという。この語を紹鴎、茶の湯の果てはかくの如くありたき物を、など常に申さるのよし、辻玄哉、語り伝え候〉とあります。侘び数奇においては、枯れるということや、寒いということが問題になるというのです。
 『南方録(17C後)』は、千利休の茶の湯論を伝える茶書です。[覚書]では、〈紹鴎、わび茶の湯の心は、新古今集の中、定家朝臣の歌に 見わたせば花も紅葉もなかりけり 浦のとまやの秋の夕暮れ この歌の心にてこそあれと申されしとなり〉とあります。 [滅後]では、〈さてまた侘の本意は、清浄無垢の仏世界を表して、この露地草庵に至ては、塵芥を払却し、主客ともに直心の交なれば、規矩寸尺、式法等あながちに云ふべからず〉とあります。侘びは、仏の世界を表しているというのです。そのため、〈わびの心を何とぞ思ひ入れて、修行するやうにさへ仕立たらば、その中、十人廿人に一人も、道にさとき人は道に入べきか〉とあり、侘びの心を思って修行すべきことが語られています。また、〈老人などは、うるはしくうつくしき道具よし。わび過ては、さわやかになきものなり〉とあり、老人が使う道具がわび過ぎていることが戒められています。
 寂庵宗沢の『禅茶録(1828)』には、〈佗の一字は、茶道において重じ用ひて、持戒となせり〉とあります。具体的には、〈それ佗とは、物足らずして一切我が意に任ぜず、蹉跎する意なり〉とあります。蹉跎するとは、衰えるという意味です。侘びに対する心得として、〈其不自由なるも、不自由なりとおもふ念を不生、不足も不足の念を起さず、不調も不調の念を抱かぬを、佗なりと心得べきなり〉と語られています。

 

第六節 俳句のわび
 俳句においても、わびが語られています。
 松尾芭蕉(1644~1694)の『奥の細道』[紙衾ノ記]には、〈なをも心のわびをつぎて、貧者の情をやぶる事なかれと、我をしとふ者にうちくれぬ〉とあります。心の侘びが貧者の情と関連付けられて語られています。『武蔵曲』には、〈月をわび身をわび 拙きをわびて、わぶと答へむとすれど、問ふ人もなし。なおわびわびて、侘てすめ月侘斎が奈良茶歌〉と詠われています。『冬の日』には、〈笠は長途の雨にほころび、紙衣はとまりとまりのあらしにもめたり。侘つくしたるわび人、我さへあはれにおぼえける〉とあります。侘しい身の上にあはれを感じています。
 服部土芳(1657~1730)の『三冊子』には、〈侘ぶといふは、至極なり。理に尽きたるものなり、といへり〉とあります。侘ぶは、ぎりぎりの限界を示すものであり、理屈もなにもない境地だというのです。

 

第七節 日本のわび
 侘びとは、神道における正直さや清浄さの上に、時間の経過を示す「枯れ」や「衰え」や「寒さ」などが重なり、「貧困」や「不足」や「簡素」の型における、奢っていない閑寂な趣や、慎み深い落ち着いた感じを意味しています。
 『北条重時家訓』には、〈たのしきを見ても、わびしきを見ても、無常の心を観ずべし。それについて、因果の理を思ふべし。生死無常を観ずべし〉とあります。侘びには、仏教の無常観も影響していると考えてよいと思われます。
 一般的には、侘びは茶の湯の理念として、寂びは芭蕉俳諧の理念として語られることが多いです。しかし、茶の湯にも芭蕉俳諧にも、侘びと寂びは両方言及されています。
 あえて侘びと寂びの差異を述べるならば、侘びは寂びに比べ、心の外にある造型に関わります。侘びとは、世界における侘しいものから感じる心の動きだからです。

 

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[図5-1] わびの心
 

 

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