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『第六章 さび』

【目次】
第一節 和歌のさび
第二節 物語のさび
第三節 能楽(猿楽)のさび
第四節 徒然草のさび
第五節 茶道のさび
第六節 連歌のさび
第七節 俳句のさび
第八節 俳句の位・しほり・ほそみ
第九節 日本のさび

 

第六章 さび
 さび(寂び)とは、閑寂や枯淡の味わい深い情趣を見出す日本人の美意識の一つです。名詞では「寂び」であり、動詞では「寂ぶ」であり、形容詞では「寂しい」となります。動詞「さぶ」は、ものの生気や活力が衰えて元の力がなくなることをいいます。元来は、否定的な意味で用いられていましたが、徐々に肯定的な価値を持つようになります。
 芭蕉俳諧の用語では、閑寂の色あいにおける美的情趣をいいます。

 

第一節 和歌のさび
 和歌には、さびが詠われています。初期の和歌では、さびが否定的な意味で用いられていましたが、藤原俊成(1114~1204)から肯定的な意味にも用いられるようになります。
 『万葉集』[巻第四]には、〈まそ鏡見飽かぬ君に後れてや朝夕にさびつつをらむ〉とあります。澄んだ鏡のように見飽きぬ君に後に残され、朝も夕もさびしく暮らしているというのです。
 藤原俊成(1114~1204)は、歌合(うたあわせ)の判詞のなかでさびを美的なものとして評しています。
 『広田社歌合』では、〈武庫(むこ)の海をなぎたる朝に見わたせば眉もみだれぬ阿波の島山〉という歌に対し、〈詞をいたはらずしてまたさびたる姿、一つの体に侍るめり〉と評されています。また、〈蘆の葉も霜枯れにけり難波潟玉藻刈り船ゆきかよふ見ゆ〉という歌に対しては、〈さびても侍れば〉と評されています。
 『住吉社歌合』では、〈住吉の松吹く風の音たえてうらさびしくもすめる月かな〉という歌に対し、〈すがた、言葉いひしりて、さびてこそ見え侍れ〉と評されています。また、〈うちしぐれ物さびしかる蘆のやのこやの寝覚に都こひしも〉という歌に対しては、〈ものさびしかるとおき、みやここひしもなどいへるすがた、既幽玄之境に入る〉と評されています。
 『御裳濯河歌合』は、西行(1118~1190)が詠み置いた歌を自ら三十六番につがえて、俊成に判を求めたものです。〈なが月の月のひかりの影ふけて裾野の原に牡鹿鳴くなり〉という歌に対し、〈裾野の原にといへる、心深くして姿さびたり〉と評されています。また、〈きりぎりす夜寒に秋のなるままに弱るか声の遠ざからいゆく〉と〈松の延ふまさきのかづら散りにけり外山の秋は風荒ぶらん〉という歌に対し、〈左右ともに姿さび、詞をかしく聞え侍り〉と評されています。
 西行(1118~1190)の『聞書残集』には、〈この里は人すだきけんむかしもや さびたることはかはらざりけり〉とあります。『西行法師家集』には、〈さびしさは秋見し空にかはりけり 枯野を照らす有明の月〉とあります。
 慈円(1155~1225)の『拾玉集』にも、さびしさを詠った歌があります。〈やどさびて人めも草もかれぬれば 袖にぞのこる秋のしらつゆ〉、〈やどさびて夏も人めはかれにけり なにしげるらむ庭のむらくさ〉、〈あさみどり春のながめも宿さびて ひとり暮れぬる山の端の空〉とあります。いずれも慈円の孤独な寂しさを、自然の景趣に託しています。その場となる宿が「さびて」と把握されているのです。
 『新続古今和歌集(1438)』には、〈寂しさは色も光も更(ふ)け果てゝ枯野の霜にありあけの月〉という歌があります。

 

第二節 物語のさび
 紫式部(973頃~1014頃)の『源氏物語』においても、さびという言葉が用いられています。
 [若紫]には、〈文やり給ふに書くべき言葉も例ならねば、筆うちおきつゝすさび居給へり〉とあります。文章を作るも書くべき言葉が例にならないので、筆を置いてぐずついているというのです。
 [葵]には、〈心のすさびにまかせて、かくすきわざするは、いと世のもどき負ひぬべき事なり〉とあります。遊び半分で浮気するなら、世間から非難を受けなければならないというのです。
 [蓬生]には、〈はかなきふるうた物語などやうのすさびごとにてこそ、つれづれをも紛らはし、かかる住居をも思ひなぐさむるわざなめれ、さやうのことにも心おそくものし給ふ〉とあります。昔の歌や物語などの慰みごとこそ、もてあます時間を紛らわせ、生活を慰めるものですが、そんなことには心が鈍いというのです。

 

第三節 能楽(猿楽)のさび
 能楽(猿楽)にも、さびが語られています。
 世阿弥(1363,64~1443,44)の『花鏡』には、〈さびさびとしたる内に、何とやらん感心のある所あり。これを、冷えたる曲とも申すなり〉とあります。物さびた趣の中に、人の心を感動させるところがあるとされています。これを「冷えたる曲」とも呼ぶというのです。
 室町時代末期に編纂された能楽伝書『花伝書(八帖花伝書)』には、〈心より出来る能とは、無上の上手の、申楽に物數の後、二曲も物眞似も切もさして無き能の、寂々としたる中に、何とやらん感心のある所あり〉とあります。寂々とした中に、感心するところがあるというのです。

 

第四節 徒然草のさび
 吉田兼好(1283頃~1352頃)の『徒然草』においても、さびが語られています。
 [十九段]には〈おぼしき事言はぬは腹ふくるゝわざなれば、筆にまかせつゝ、あぢきなきすさびにて、かつ破り捨つべきものなれば、人の見るべきにもあらず〉とあります。思っていることを言わないのは腹の立つことですから、筆にまかせていますが、つまらない慰めのためのものに過ぎず、破り捨てるべきものなので、誰も見る人はいないというのです。
 [二十九段]には〈亡き人の手習ひ、絵かきすさびたる見出でたるこそ、ただその折のここちすれ〉とあります。故人が戯れに書いた文字や絵を見ると、そのときに戻ったような気がするというのです。
 [百七段]には〈もし賢女あらば、それもものうとく、すさまじかりなん〉とあります。もし賢い女性がいるなら、親しみにくいので興ざめだというのです。

 

第五節 茶道のさび
 茶道においても、さびが語られています。
 『南方録(17C後)』[覚書]には、〈とまやのさびすましたる所は見立たれ。これ茶の本心なりといはれしなり〉とあります。さびすましたる所が、茶の本心として示されています。[滅後]には、〈名物の花入、さなくても賞玩の花入には、花はいかにも少(すこし)、さびてあしらいてよし。花入に相応する花、心得べし〉とあります。花は少しならさびても良いというのです。
 近世初期の茶人片桐石州(1605~1673)の『宗閑公自筆案詞』には、〈茶の湯さびたるは吉(よし)、さばしたるは悪敷と申す〉とあります。同じく五世藪内紹智(1678~1745)の『源流茶話』にも、〈利休の云ク、さびたるはよし。さばしたるは悪し〉とあります。自然のさびが「さびたる」であり、人為的にさびめかしたものが「さばしたる」です。

 

第六節 連歌のさび
 連歌(れんが)は、複数の人間によって上の句(五・七・五)と下の句(七・七)を詠み連ねる詩歌の一種です。連歌においても、さびが語られています。
 心敬(1406~1475)の『さゞめこと』には、〈いはぬ所に心をかけ、ひえさびたるかたをさとりしれ〉とあります。言わぬところを心に思い、さびを知るべきことが語られています。
 『心敬僧都庭訓』には、〈哀なることを哀といひ。さびしきことをさびしきといひ。閑なることをしづかといふ。曲なき事なり。心にふくむべきにて候〉とあります。寂しきを寂しいと感じるように、ありのままの感情を思うべきことが語られています。
 『所々返答』には、〈古賢云、常にけだかく寒き名歌、おなじく秀逸の詩聯句をならべて詠吟修行して、心をさび高くもてと也〉とあります。気高い寒さの歌を習い覚え、心にさびを持つことが語られています。
 『百首和歌』では、〈江月 ふけにけりをとせぬ月に水さび江のたなゝし小舟ひとりながれて〉という歌に対し、〈ひとへに、さびふけたる風躰也。音せぬとは、人のさしすてたる也。ふけたる月に、船の心とたゞよひ侍る也〉と評されています。寂び老けたる歌だというのです。
 宗祇(1421~1502)の『白髪集』には、〈初学の時、ひえさびたる姿抔(など)こひねがひ給はゞ、あかる事をそかるべし。此姿なども境に入至極の人の心がくべき道也〉とあります。冷え寂びの姿は、年を取った人が至る境地だというのです。

 

第七節 俳句のさび
 芭蕉俳諧において、さびの精神が成熟しました。
 元禄二年(一六八九)、松尾芭蕉(1644~1694)が四十六歳のときの作に、〈月さびよ明智が妻の咄しせむ〉があります。月の「さび」とは、有明月のことを指しています。夜明け過ぎに残っている月が、その光を弱めている状態を詠んでいるのです。弱い月の光の下で、問わず語りに明智の妻の咄しをしたいというのです。
 向井去来(1651~1704)の『去来抄』では、〈夕ぐれは鐘をちからや寺の秋〉という歌に対し、去来が〈さびしき事の頂上なり〉と評しています。さびの定義については、〈さびは句の色なり。閑寂なる句をいふにあらず〉とあります。さびは句全体の色合い(美的情趣)についての言葉であり、必ずしも閑寂な句をいうわけではないというのです。〈たとへば老人の甲冑を帯し戦場に働き、錦繍をかがり御宴に侍りても、老の姿有るが如し。賑かなる句にも、静かなる句にも有るものなり〉と語られています。閑寂な句とは、全てが閑寂で統一された句のことです。しかし、俳諧のさびは、色としてそこはかとなく漂うため、必ずしも全てを閑寂一色にする必要はないのです。
 また、去来が詠んだ〈花守や白きかしらをつき合はせ〉という歌に対し、芭蕉が〈さび色よくあらはれ、悦び候ふ〉と述べ、さびの句だと評しています。
 森川許六(1656~1715)の『俳諧雅楽抄』には、〈当流発句案ジ方ノ大事ト云ハ、第一サビ・ホソミ。是ハ正風体幽玄ノ所也〉とあります。さびやほそみは、幽玄の場所にある言葉だというのです。
去来と許六との論争書『俳諧問答(1697)』には、〈老の来るにしたがひ、さびしほりたる句、おのづからもとめずしていづべし〉とあります。年を重ねるにつれ、自分から求めなくても自然とさびやしほりの句が詠めるようになるというのです。
 与謝蕪村(1716~1783) の『雪の薄(すすき)』には、〈他門の句は彩色のごとし。我門の句は墨絵のごとくにすべし。折にふれては、彩色なきにしもあらず。心、他門にかわりて、さびしほりを第一とす〉とあります。墨絵のような句によって、さびやしほりを表すというのです。

 

第八節 俳句の位・しほり・ほそみ
 芭門の俳句では、「さび」とともに「位」・「しをり」・「細み」も重視されていることが『去来抄』に示されています。
 「位」については、〈卯の花のたえまたたかん闇の門〉という句に対し、芭蕉が〈句の位、尋常ならず〉と評しています。ただし去来は、〈この句、位ただ尋常ならざるのみなり。高位の句とはいひがたし。畢竟、句位は格の高きにあり〉と述べています。句の位というものは品格の高さにあるというのです。
 「しをり」と「細み」については、〈しをりは憐れなる句にあらず。細みは便りなき句にあらず。しをりは句の姿にあり。細みは句意にあり〉とあります。しおりは憐れさのある句のことではなく、句の姿に表れるものだというのです。細みは頼りない感じの句のことではなく、句の心にくみとれるものだというのです。芭蕉は、〈鳥共も寝入つて居るか余吾の海〉という句に対し、〈この句、細みあり〉と評しています。一方、〈十団子も小粒になりぬ秋の風〉という句に対しては、〈この句、しをりあり〉と評しています。
 それぞれの言葉に対し、〈惣じて、さび・位・細み・しをりの事は、言語筆頭にいひおほせがたし〉とあります。言葉や文章では十分に説明しがたいというのです。
 同じく去来の『俳諧問答』[答許子問難弁]にも、〈しほり・さびは、趣向・言葉・器の閑寂なるを云にあらず。さびとさびしき句は異也。しほりは、趣向・詞・器の哀憐なるを云べからず。しほりと憐なる句は別也。たゞ内に根ざして、外にあらはるゝもの也。言語筆頭を以てわかちがたからん。強て此をいはば、さびは句のいろに有、しほりは句の余勢に有〉とあります。さびは句の色、しほりは句の余勢であり、ともに心の内に根ざして、外へ表れ出てくるものだというのです。

 

第九節 日本のさび
 寂びとは、人生の経過を示す「老い」や「冷え」などを重ね、孤独や閑寂の色を自然に情景へと託して醸し出すことを意味しています。
 芭門においては、さび、しをり、細みのいずれもが、一句における余情としての美を表現しています。芭門におけるさびとは、句における孤独さや閑寂さを浮かび上がらせる色合い(美的情趣)のことです。しをりとは、憐れさや余勢を句における姿として表すことです。細みとは、繊細さを句において意図することです。
 一般的には、侘びは茶の湯の理念として、寂びは芭蕉俳諧の理念として語られることが多いです。しかし、茶の湯にも芭蕉俳諧にも、侘びと寂びは両方言及されています。
 あえて侘びと寂びの差異を述べるならば、寂びは侘びに比べ、心に根ざした感情に関わります。寂びとは、心における寂しさを、自然な情景の趣へ託する心の動きだからです。
 

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[図6-1] さびの心

 

 

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