『思想遊戯』第二章 第四節 高木千里の視点



 イーアペトスの息子プロメーテウスは初めて泥から人間を作り上げた。

 のちにヘーパイストスはゼウスに命じられて泥から女の像を作り、

 これにアテーネーが生命を与え、

 ほかの神々が思い思いの贈り物を与え、

 そのゆえに、

 彼女をパンドーラ[すべての贈り物を与えられた女]と名づけた。



 ヒュギーヌス『ギリシャ神話集』より




第一項

 上条一葉は、不思議なやつだ。

 私と一葉の出会いは、高校一年のときになる。高校に入学して、クラスでの顔合わせのときだ。一葉は、かなり目立っていた。いろいろな意味で。

 まず、美人だ。同じ女として認めるのは癪ではあるが、間違いなく美人だ。それに、あのストレートの黒髪。外見だけで、十分に目立っている。それに加え、授業中に平気で本を読んでいたりする。かなりの変人だ。わがままというより、マイペースといった感じを受ける。

 最初は先生たちも注意していたが、一葉がまったく動じなかったり、教室を出て行ってしまったりするので、そのうち触れてはいけないような扱いになった。テストでは、それなりの点数を取っていたことも影響しているのだろう。ある意味、たいしたやつだと思う。

 正直なところ、私は当初、一葉のことが好きではなかった。それはそうだろう。外見で恵まれている者は、嫉妬をやり過ごすように生きなければならない。そんなことは、女の世界では常識だろう?

 私は性格が男らしいとか言われたりもするが、それでもそれなりの嫉妬心だってあるにはある。他の女たちの嫉妬にだって気づく。私はおせっかいにも、一葉に注意したことがあった。

千里「上条さん。あなた、そんなだといつか痛い目見るよ?」

 そのとき一葉は、不思議そうな顔をして私を見た。そのときの透き通った瞳を、私は今でもはっきりと覚えている。

 私は内心うろたえながらも、一葉をにらみつけながら言ってやった。

千里「少しばかり可愛いからって、そんな好き勝手していたら、みんなにも嫌われるし、よくないよ。」

 一葉は、しばらくじっと私を見ていた。私も、なにかムキになって眼をそらさずににらみつけてやった。しばらくそうしていると、一葉の方から口を開いた。

一葉「どうしてでしょうか?」

千里「・・・何がよ?」

一葉「どうして高木さんは、私にかまってくれているのでしょうか?」

千里「・・・そりゃあ、クラスメイトだし・・・。あと、後で問題とか起きても嫌だし・・・。」

一葉「でも私、静かにしているし、みんなに迷惑をかけないようにしています。」

 そう言って、一葉は私を見るのだ。そのときの私の感情は、ちょっと説明しづらい。

 あきれたのか? 悲しくなったのか? 滑稽に思ったのか? 哀れに感じたのか? 得体の知れないものとして恐怖を覚えたのか? 多分、どれも少しは含まれていたと思う。そんな、複雑な気持ち。

 今思い返してみれば、こんなささいな出来事で、私は一葉にしてやられたのかもしれない。

千里「あなたねぇ・・・、そんな自分勝手に・・・。いい? ここは学校で、協調性が求められるところなの。もう義務教育じゃないんだから、協力し合う気がないんならさっさと止めたら?」

 私がそういうと、一葉はしばらく考え込んでから、こう言った。

一葉「分かりました。」

 私は驚いた。

千里「そ、そう? それなら、いいんだけど・・・。」

一葉「はい。それで、私はどうしたらよいのでしょうか?」

 そう言って、一葉は再び私の瞳をのぞき込むのだ。




第二項

 それから、どうやら私は一葉になつかれたらしい。

 一葉は、相変わらず授業中に授業と関係のない本を読んで、テストはそれなりの点を取っていた。クラスメイトや先生方も、一葉についてはそういう困った人物だという感じで、適当な距離を取ってあまり触れないようにしていた。

 だから、一葉とそれなりに近い距離にいたのは、私が知る限りでは私だけだったと思う。一葉は学校が終わると、さっさと帰っていったので、学校外の彼女の生活はほとんど知らない。彼女はある意味で孤立していたけれど、そのたたずまいに悲壮な感じはなかった。だから、学校外での生活は充実していたのだと思う。私の勝手な想像でしかないけれど。

 いつしか、一葉は私のことを"ちーちゃん"と呼ぶようになった。正直、恥ずかしいので止めてほしい。私は、一葉のことを名前で呼ぶようにした。さすがに"かずちゃん"と呼ぶのは恥ずかしすぎる。"ちーちゃん"・"かずちゃん"と呼び合う仲というのは、さすがに勘弁してほしい・・・。私は姉御肌とか言われたりもするが、一応は優等生ぶってもいるのだ。

 私はそれなりに交友関係も広いし、楽しく高校生活を過ごせたと思う。そのときどきに、一葉との思い出が点在している。それは、きっと素敵なことだったのだと素直に思う。正直なところ、私には一葉の言っていることが半分も分かってはいなかった。学校のテストでは、私の方が一葉より上だったけれど。

 一葉という人物に身近に接したおかげで、私は学業面での知識とはまったく別の知性があるということを人生の早い段階で理解できた。このことは、やっぱり得がたい経験だったと思う。



一葉「ねえ、ちーちゃん?」

千里「なに・・・?」

 ある日の昼休み、一葉と私は外でお弁当を食べていた。

一葉「ちーちゃんは、頭が良いねぇ・・・。」

千里「何言ってんの? 一葉の方がずっとかしこいじゃん。」

一葉「ちーちゃんは、将来は何になるのかな?」

 そのとき私の頭の中には、一つの理想の未来が浮かんだのだけれど、それを素直に言うわけがない。

千里「まずは大学で留学したいな。それで、海外をまわってみて見聞を広めて、そのまま気に入った国で働くとかいいかもね。」

一葉「それは素敵だね。」

千里「そういう一葉は、どうしたいのよ?」

一葉「私は、本を書きたいな。」

千里「それって、作家ってこと?」

一葉「ううん。作家は無理だと思う。でも、本を書きたいな。」

千里「アマチュアってこと? でも一葉はいつもたくさんの本を読んでるでしょ? 作家にだってなれると私は思うよ。」

一葉「ううん・・・。プロとかアマチュアとかに関係なく、本を書きたいの。書きたい本を、ただ書きたい・・・。」

一葉「何それ? どんな本なの?」

千里「どんな本だろうね・・・。そうだなぁ・・・、この世界について書かれた本がいいね。」

 私には、一葉の言いたいことがいまいち分からなかった。

千里「何の分野の本? 物理? 数学? 政治? 歴史?」

一葉「例えば、ちーちゃんが海外をまわって、いろいろなことを経験するとするでしょ?」

千里「うん・・・。」

一葉「それで、その経験を基にして本を書けば、それは、この世界について書かれた本だよ。」

 そう言って、一葉は私を見るのだ。

 私は分かったような、分からないような、不思議な気分になる。一葉と話していると、こんな不思議な気分になることがよくあるのだ。一葉は、きっと私とは違うものを見て、違うことを考えている。そう思うと、私は少しだけ悲しくなった。少しだけだけど・・・。




第三項

 そういえば、こんなこともあった。

 一葉が放課後の教室で夕焼けを見ていた。その横顔があまりにもきれいだったので、私は思わずたずねてしまった。

千里「夕焼け、見ているの?」

 一葉は、夕日を見たままこちらを振り返らずに、こう言ったのだ。

一葉「夕焼けが赤くて、綺麗だね。」

千里「そうだね。」

 私も、一緒になって夕焼けを見てみる。確かにきれいだとは思うけど...。

一葉「ちーちゃん、私は今、自分の言葉に驚いています。」

千里「は?」

一葉「私は今、夕焼けが赤くて、綺麗だねと言いました...。」

千里「言ったね。」

一葉「実に不思議だと思わないかな?」

千里「少なくとも、一葉は不思議なやつだなぁとは思うね。」

 一葉の言うことは、ほとんどが不思議だ。

一葉「まず、なぜ夕焼けは赤いのかな?」

千里「それ、最近授業でやったやつでしょ?」

一葉「授業は上の空なので。」

千里「自分で言うか。」

一葉「教えて。どうして、夕焼けは赤いのかな?」

 私は物理の授業で、教師が話していた内容を思い出しながら語る。

千里「ええと、光には波長があって、波長の長さによって色の違いがあるわけ。青色の光は波長が短くて、すぐに散乱してしまう。赤色の光は波長が長くて、散乱しづらいのね。日中は、太陽と人間の間にある大気圏の距離が短いから、青色の光が散乱して、空が青色に見える。夕方は、太陽と人間の間の距離が長いから、青色の光は散乱しつくして、人間に届くときには赤色の光の散乱が目に見える。だから、夕日は赤いってことだよ。」

 一葉は、静かに私の話を聞いている。

千里「それで、夕日は赤いのね。日中は太陽に光が真上から来るため空気の層の距離が短く、夕方は斜めに地球に入ってくるので、通って来る空気の層の距離が長くなる。だから、光の波長による散乱に差が生まれ、青に見えたり赤に見えたりするということだね。」

 一葉は、私を見つめながら静かに言った。

一葉「ちーちゃんは、それで夕日が赤いことを納得したのかな?」

千里「はあ? そりゃあ、納得するんじゃない?」

一葉「なぜ?」

千里「なぜって、授業でそう習ったからだよ? 何? 実際に自分で実験していないのにとか、そういうこと?」

一葉「確かに、そこも疑えるよね。」

千里「はあ...。でもさあ、それを言っていったらキリがないよね。授業で習ったことを、いちいち自分で実験して確かめていったら、時間がいくらあっても足りないよ?」

一葉「そうだね。ちーちゃんはさすがだね。」

千里「......なんか、全然褒められた気がしないのだけれど。」

一葉「そんなことないよ。ちゃんと褒めているよ。でも、私が気にしているところは、そこでもないの。」

千里「じゃあ、どこなの?」

一葉「なぜ、青色の光は波長が短くて、赤色の光は波長が長いのかな?」

千里「なぜって、それは、そうなっているからじゃないの?」

 私は、一葉が何を問題にしているのかを理解しかねていた。

一葉「でも、赤色の光の波長が短くて、青色の光の波長が長くてもよかったと思えるのよ。そうしたら、日中は赤色で、夕焼けは青色になるの。」

 私は、その光景を想像し、薄気味悪くなる。

千里「なんか、気持ち悪いね。それ。」

一葉「そうかもね。でも、そういう世界でもよかったと思うの。でも、この世界は、そういう世界ではない。日中の空は青いし、夕日は赤い...。」

千里「それは、だって、そうなっているって話じゃないの? 調べてみたら、青の光は波長が短くて、赤の光は波長が長くて、日中は青空で、夕日は赤い。だから、それだけの話でしょう?」

 一葉は、静かに首を振る。

一葉「違うよ。ちーちゃん。たしかに、現実にそうなっているね。もう少し言えば、光の波長が目に入り、それが刺激として脳に伝達し、そこでの化学反応を調べることもできる。でもね、そこまでしても、なぜ、青色と赤色が生まれるのか、そこが分からないの。」

 一葉の話が進むにつれ、私にはドンドンと理解できなくなっていく。

千里「なんで分からないの? 調べてそうなったのなら、そうなることが分かったってことじゃないの?」

一葉「確かに、そうとも言える。例えば、科学的な検証では、そうせざるをえないとも思う。でも、それは、きっとそんなに大切なことじゃないと思うの。」

千里「じゃあ、一葉にとっては、何が大切なことなのさ?」

一葉「さっき私は、夕焼けが赤くて綺麗だと言いました。赤いとはどういうことなのか? 綺麗とはどういうことなのか? 色と美を結びつけているものは何なのか? そんなものは、そもそも存在しているのか? どれもが不思議で、大切なことのように思えるの。」

 私は一葉の言葉を聞いていて、かなり不安になってきた。

千里「ねえ、一葉。そんな変なことばかり考えるの、ダメだとは言わないけど、もっと普通のことを考えるようにした方がいいよ。そんな話、きっと、誰にも通じないよ?」

 一葉は、少し寂しそうな表情を見せる。

一葉「そうだね。そうかもしれないね。」

 その表情を見て、私はいたたまれない気持ちになる。私は、何かとてもひどいことを言ったのかもしれない。

千里「でも、まあ、赤くてきれいだってのは、めずらしさもあるんじゃないかな? 日中も夕方もずっと青かったり赤かったりしたら、多分きれいとは感じないと思うんだ。青色だったのが、夕方になると赤くなる。その変化がきれいだって思わせるんじゃないかな?」

一葉「そうだね。夕方に空を見上げて、美しい夕日を見るのは素敵なことだね。」

 そう言って、一葉は夕日を見ているのだ。夕焼けの赤が一葉の横顔を染める。私は、とても美しいものを見ているのだと思った。

 一葉は、感受性がとても高いのかもしれない。私は言おうかどうか迷ったが、やっぱりきちんと言うことにした。

千里「一葉、正直に言うけど、私には、あんたの言っていることがほとんど理解できない。理解できていない。残念だけど。」

一葉「そう。」

千里「でも、一葉がそれについて真剣に考えているのは分かる。一葉にとっては、それは、とても大切なことなんだろうと思う。だから、私には分からないけれど、頑張って。」

 私がそう言うと、一葉は静かに微笑んだ。

一葉「だから、ちーちゃん、好き。」

 私は、おもわず赤面してしまった。夕焼けで教室が赤く照らされていて本当によかった。




第四項

 私と一葉との奇妙な友情は、高校時代を通して続き、なんと大学にまで持ち越してきてしまった。まったく驚きだ。

 一葉は、高校時代はモテなかったが、大学時代になってからはかなりモテていたようだ。いや、実際は高校時代もモテていたのかもしれない。私が知らないところで、告白とかよくされていたりしたのだろうか? 私でも何回か告白されたことがあるので、一葉にそういうことがまったくなかったとは考えにくい。ただ、私は高校時代に一葉に何かそういった恋愛関係の話があったとは聞いていない。

 大学というのは、高校までとはだいぶ違っていて、いろんな人たちがいる。一葉の外見は文句のつけようがない。だから、私がたまたま知った案件だけでも、相当にモテていた。といっても、男どもが一方的に言いよっているだけなわけだが。

 一葉は言い寄って来る男どもに対し、表面上は丁寧に対応していたが、何て言うか、まあ、撃退していったわけだ。つまり、一葉の会話についていけないのだ。男どもは。

 軽薄に美人に声をかける男どもではあったが、ほんの少しだけ同情もしてしまう。一葉は態度には出さないようにしていたとは思うが、会話をしていく中で、受け取り側が勝手に自身の矮小さを感じてしまうことも容易に想像できた。正直なところ、私も男だったら一葉と仲良くなれた自信はない。ここらへんは、難しいところだね。

 一葉は大学の噴水のところで本を読むことが多くなった。さすがに高校のときみたいに、講義中に本を読むことはなくなった。講義は、きちんと受けているみたいだ。まあ、講義中に本を読むくらいなら、休めばよいのが大学のいい加減で素敵なところだし。

 一葉が噴水で読書しているのは、やっぱりとても目立つ。だから、ときどきは悪い虫がやってくるのだが、一葉は丁寧に相手をし、丁寧に撃退していく。一葉に撃退しているつもりはないのだろうが、結果的にそうなってしまうということだ。私は一葉に何か言うべきか悩んだが、結局は何も言わないことにした。だって、何を言えばいいのだろう?

 私と一葉は、たまに食事をしたり、ときには講義で代筆をしあったり、旅行したりもした。私は大学で新しい友達もできたので、一葉とはたまに遊ぶ程度だったけれど。まあ、それは高校時代も同じだったけどね。

 一葉は一葉で、大学生活をそれなりに満喫しているようだ。私も詳しくは聞かなかったけれど、大学では講義を要領よくこなしていたし、図書館に入り浸ったりしていたようだ。休みの日にはどこか遠出もしているみたいだった。高校時代よりも、大学の方が格段に過ごしやすいというのは、ほとんどの人がそうだろうけど、一葉にとってもそうだったみたいだ。

千里「そういえば、高校の時、本を書きたいとか言ってたよね?」

 私は、ふと思い出したことを一葉に訊いてみた。

一葉「言ったね。書いているよ。」

千里「へぇ、どんなの書いているの?」

一葉「まだ、資料集めの段階だよ。」

千里「資料集め?」

一葉「そう。それなりのものを書こうと思ったら、やっぱり下準備は大切なのです。料理と一緒だね。」

千里「料理ねぇ...。そういえば、高校の家庭科の授業でも、手際よかったもんね。」

一葉「ちーちゃんも、上手だったと思うけど。」

千里「まあ、私はめんどうくさがりなところもあるしね。一葉みたいにはいかないよ。」

一葉「そんなことないよ。ちーちゃんは手際も良いし、私が男ならほっとかないのになぁ...。」

千里「私が男だったら、一葉はないなぁ...。」

一葉「ひどいよ。」

 そんな感じで、私と一葉の奇妙な友情は続いていた。

 長かったようで短かった大学生活の一年目が過ぎ去り、二年目に入った。私も私でいろいろとあったわけだけれど、それは割愛というか内緒ということで。

 新しく新入生が入ってきて、噴水で読書をしている一葉が少し話題になっているのを知った。まあ、予想通りではあるが。それは、噂になるよなぁ。

 予想通りなので、私は気にもせずに日々を送っていた。そうしていたら、ある日突然、一葉から相談を持ち掛けられた。

一葉「ねえ、ちーちゃん。新しくサークルを作るから、一緒に入ってよ。」

千里「......ちょっと、待て。」

 割愛した上に内緒とか言っておいてあれですが、私は大学一年目で、きちんとサークルに入っていたのです。そこでは気になる男性といろいろあった挙句に、元カノの登場とかてんやわんやで、結局気まずくなって付き合いにはいたらずという、ああ、そこはどうでもいい。

一葉「今のサークルは止めて、こっちの新しく作るサークルに入ってよ。」

千里「簡単に言ってくれるなぁ。そんな簡単にできることじゃないでしょう。」

一葉「じゃあ、掛け持ちでもいいから。」

千里「何なのよ。突然。」

一葉「じゃあじゃあ、名前だけでも。」

 私にお願いをする一葉というのは、かなりめずらしい。何かやる気になっているのかなぁ...。

千里「とりあえず、何のサークルを作ろうとしているのよ?」

一葉「サークル名は"思想遊戯同好会"です。議論をするサークルなのです。」

千里「いつもの、あの訳の分からない話をするってこと? なんでまた?」

一葉「そういう話ができそうな人がいたから、一緒に何かできたら面白いかなって。」

千里「マジで!? 一葉の話についていける物好きが現れたってこと?」

一葉「...ひどいよ。ちーちゃん。」

千里「それって、まさか新入生?」

一葉「そうだよ。佳山智樹くんって子。」

千里「男? 年下?」

 私は驚いた。かなり驚いた。

千里「で、どうしろっていうのよ?」

一葉「だから、サークルを作ろうってことになったの。でも人数が足りないから、ちーちゃんに入ってほしいの。」

千里「ちょっと待って。新しいサークルって、何人必要なの?」

一葉「五人だよ。」

千里「じゃあ、私を入れても、あと二人足りないじゃない。」

一葉「あとの二人は、智樹くんが連れてくるって。」

 私はちょっとばかり興味がわいてきた。智樹くんって、名前呼びだし。それに、この一葉が、一緒にサークルを作るという。これは大変な出来事だ。少なくとも、私は一葉ともう四年も付き合ってきているのだ。これがどれだけインパクトのある出来事か、分からないわけがない。

千里「まあ、面白そうではあるね。」

一葉「でしょ。だから、掛け持ちで名前を貸してくれるだけでいいから、よろしくね。」

千里「......おい。」




第五項

 いろいろと抵抗を試みたわけだが、一葉にかなうわけもなく、私は掛け持ちという形で"思想遊戯同好会"に参加することになってしまった。まあ、気が向いたときだけ参加すればよいということで、部費もなしということで、さらにはサークルとして教室利用ができるということらしいので、断る理由も特にはなかったわけだが。

 私は何もしていないが、裏では事態が進行していたらしく、サークル結成記念で他のメンバーと初合流という流れになった。私はその日の講義が終わってから一葉と待ち合わせ、サークルで借りているという教室へと向かった。

 ドアを開けると、すでに他の3名のメンバーがそこにいた。男が2人で女が1人。どっちが噂の佳山くんかな?

一葉「こんにちは。上条一葉です。こっちは、ちーちゃんです。」

 一葉が、とんでもない紹介をする。

千里「ちーちゃん言うな! えっと、高木千里です。はじめまして。」

 どうやらこの3名は新入生らしいので、私は年上の威厳を見せねばならないのに。一葉め、ちーちゃん言うな。

智樹「はじめまして。佳山智樹と申します。高木さん、はじめまして。参加していただき、ありがとうございます。」

 なるほど、こっちが佳山くんか。へえ。

琢磨「あっ、えと、峰琢磨です。智樹と同じ学科で一年です。どうぞよろしくお願いします。」

祈「水沢祈です。よろしくお願いします。」

 なるほど。佳山くんに、峰くんに、水沢さんね。なかなか面白そうなメンバーが集まっているみたい。私は、少しウキウキしだしている。

智樹「まあ、今日はサークル発足の顔合わせということで。幹事長は僕、佳山智樹が、そして副幹事長は上条一葉さんにお願いします。会計は峰琢磨が担当です。水沢と高木さんは、無理にお願いして参加してもらっているので、役職とか気にせず、気が向いたときに参加していただけると助かります。」

 これは、なかなかに面白そうなサークルになりそうだ。詰まらなさそうだったら出ないでおこうとも思っていたけど、少しは頑張って活動してみてもよいかもしれない。一葉がこのメンバーと、どう付き合っていくのかにも興味がある。

 佳山くん、けっこう体格が良いな。何か運動をやっている体だ。運動のサークルではなく、議論するサークルを作るってのが一見すると意外な感じがする。どうやって、一葉をここに引っ張りこんだのだろう? とても興味がある。一葉が一緒に何かやろうと思うなんて、どんな人間なのだろうか? 興味がわかないわけがない。少なくとも、彼は一葉とそれなりにコミュニケーションが取れたということだ。それだけでも、たいしたものだと思う。単に学校の勉強ができるという以上の何かが、彼の中にあるのだろう。

 峰くん、なかなかの好青年です。佳山くんが、ある意味で独特の印象を与えるのに対し、峰君は柔らかい印象を受ける。万人受けしそうな感じもする。おそらく、佳山くんに引っ張ってこられたのだろう。ただ、ここに引っ張ってこられたということは、普通以上の感受性はあるのだろう。

 水沢さん、可愛らしい子だ。身長は私たちの中でも一番低めだが、それが彼女のかわいらしさを際立たせている。彼女も佳山くんに引っ張ってこられたのかな? こんなサークルに入るなんて、物好きな子だなぁ。一葉と付き合いの長い私が言うのも何だが。

 私が水沢さんを見ていると、彼女と目が合った。

祈「あっ、水沢です。よろしくお願いします。高木先輩。」

 そう言って、彼女は頭を下げる。非常に可愛らしいしぐさだ。普通の男だったら、いちころだろう。

千里「よろしく。水沢さん。水沢さんは、どうしてこのサークルへ?」

祈「あ、あの、智樹くんに誘われまして。」

 そう言って、水沢さんは微笑む。

 んっ? 智樹くん? 名前呼び?

 そのとき私は、恋愛ごとで揉め事とか起きないか心配になった・・・。













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