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第一部 第十三章 竹内好『近代の超克』の検討


 竹内好は、1959年に刊行された『近代日本思想史講座』に『近代の超克』という論文を寄稿しました。そのことによって、ほとんど忘れ去られていた「近代の超克」という試みに、再び光が当たることになったのです。その功績に対しては、敬意を表しておきます。
そのため、「近代の超克」を引き継ぐに際し、竹内の『近代の超克』論文の検討もしておく必要があると思うのです。
 竹内は、〈「近代の超克」は、戦争とファシズムのイデオロギイを代表するものとして、それに言及するときは「悪名高き」という形容句を冠せるのがほとんど慣習化されているほど、戦後は悪玉あつかいされているが、いま読み返してみると、これがどうしてそれほどの暴威をふるったか、不思議に思われるほど思想的には無内容である〉と述べています。
 竹内が「近代の超克」を「思想的には無内容」だと評している点については、異議を唱えておきます。
 竹内の論文においても、確かに〈「近代の超克」そのものが直接に知識青年を死へ駆り立てたのではない〉という発言や、〈「国家の総力を挙げ」てたたかったのは、一部の軍国主義者ではなくて、善良なる大部分の国民であった。国民が軍国主義者の命令に服従したと考えるのは正しくない。国民は民族共同体の運命のために「総力を挙げ」たのである〉という発言は傾聴に値します。
 しかし、「近代の超克」を適切に理解し評価しているかというと、そこには大いなる疑問符が付くのです。
 例えば、〈要約すれば、「近代の超克」は思想形成の最後の試みであり、しかも失敗した試みであった。思想形成とは、総力戦の論理をつくりかえる意図を少なくとも出発点において含んでいたことを指し、失敗とは、結果としてそれが思想破壊におわったことを指す〉と語られています。私には、そうは思えないのです。確かに「近代の超克」という問題の解決には至っていませんが、「近代」の検討および理解は十分に行われていますし、「超克」への方法および方向性は明確に示されています。
 「近代の超克」の座談会および各論文と、竹内の『近代の超克』を比べるなら、後者の方が思想的によほど無内容です。
 竹内は、〈「近代の超克」は、いわば日本近代史のアポリア(難問)の凝縮であった〉と捉え、〈アポリアがアポリアとして認識の対象にされなかった〉と判断し、〈アポリアは霧散霧消して、「近代の超克」は公の戦争思想の解説版たるに止ってしまった〉と述べ、〈アポリアの解消が、戦後の虚脱と、日本の植民地への思想的地盤を準備したのである〉と語っているのです。竹内の目には、「近代の超克」がそのように見えたのかもしれませんが、私には「近代の超克」の試みではアポリアが正確に認識され、慎重にそれへの言及がなされていたと考えています。
 竹内は、〈つまり敗戦によるアポリアの解消によって、思想の荒廃状態がそのまま凍結されているのである。思想の創造作用のおこりようはずがない。もし思想に創造性を回復する試みを打ち出そうとするならば、この凍結を解き、もう一度アポリアを課題にすえ直さなければならない〉と述べています。具体的には、〈解決不能の「日華事変」を今日からでも解決しなければならない〉と語られています。
 日華事変は別名「支那事変」とも呼ばれています。竹内が論じた時代状況ではともかく、現在では支那事変は解決不能の問題ではありません。当時の時代状況を含めて、しっかりと論じておくべきことではあります。
 ただ、やはり竹内は「近代の超克」について十分に理解も検討もしていないように思えるのです。少なくとも、そのアポリアに対しては、「近代の超克」座談会のときよりも後退した、もしくは堕落した地点にしか至っていないように思えるのです。
 私は「近代の超克」に対し、竹内の『近代の超克』を飛び越えて引き継ぐことにします。「近代の超克」の座談会および各論文を参考にし、「近代を超克すること」についての考察を行っていきます。



 

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