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第一部 第十四章 保田与重郎『近代の終焉』の検討


 保田与重郎(1910~1981)は、日本浪漫派の評論家です。
 「近代の超克」座談会には、保田与重郎の参加も予定されていました。しかし、急な都合により保田の参加は実現しませんでした。その都合が如何なるものなのかは不明ですが、保田は伝統主義と近代文明批判を展開していた有名な評論家であったため、座談会への不参加は惜しまれます。

 そこで、保田の著作から「近代の超克」と関連する思想を読み取ってみようと思います。
 例えば、昭和十五年(1940)の『文學の立場』には、「文明開化の論理の終焉について」という論文があります。そこには、〈たゞ「日本」は、永遠から永遠へ、日本の國土と民の中に存立し、我らの血の中に流れる〉とあり、〈ヨーロツパの傘下で作られたまとまつた矛盾のない官僚的論理のシステムに對しけふの日本はその傘の下の外に出て、雨にうたれるべき論理を必要としてゐる。日本はそのシステム外で矛盾を連続して作りそのシステムを攪亂せねばならぬのである〉と語られています。
 そして、昭和十六年(1941)に発行された『近代の終焉』です。保田が[はしがき]において、〈著者の志向は近代的といふ命目で現代を害してゐる思想の諸傾向を清掃排除せんとするものである〉と述べていることからも、その重要性がうかがえると思います。さらに保田は、〈近代の終焉となづけたのは、己に命ずる意味もあつたからである〉と述べ、続けて、〈孤影をいとしみつゝ、形影相弔する心境にゐて、國の天地のみちを踏まんとは、我らが先蹤文人の心懐としたところであつた、すべて思想や文藝を生理とする者は、拙きを守り滅びを一人で支へる心理に生きねばならない〉と語っています。近代を終焉させるためには、日本の思想や文芸が必要なことが語られているのです。
 ここでは、『近代の終焉』に掲載されている論文から、近代を終焉へ導くための参考になる言説を私なりに選んで提示させていただきます。


[日本文化の獨創性]
 現代の人々は誰も今日の世情の輕薄な青年子女のアメリカニズムを排しきれないのである。かういふ皮相の模倣に全身的になつてゐる心理が、そのまゝわが國の文明開化以後の傳統的な為政者も知識人もとつてきたみちである。もし憂國の志ある者は、これらの外相を排する代りに、むしろ彼がつくつてゐる懸命の努力を一つの能力として、その上で精神上の新文明體制をうちたてるのが、本當のみちである。これらのものを懸命に排斥することにのみ使命を感じてゐる組織が、又どこかのものの模倣であつて、必ずしも巧みな模倣でないのは、巷間の風俗と共通している。


[國語の普及運動について]
 我々のまだ近い百年昔の先祖たちは、もつと激しい絶望状態の中から、彼らの知る歴史によつてはげまされて立ち上つた。その時日本は一切の侵略の勢力を破り退けて、一つの獨立の灯をアジアの東偏の海上に輝かしたのである。


[文化の創建と學徒]
 日本が國家として恥辱を知り倫理を失はない限り、恐らく日本は不朽であらう。國家は財産でなく倫理だからである。かういふ考へ方は、文化の根本の思想である。歴史に於ける日本の理想と永遠、この事實のみが我々の文化論の根本思想であつた。


[新しい倫理]
 人の内心の至誠を理解する萬全のみちを拓くことが、私には文學者の最大任務の一つと思はれ、その方法の最大のものは、歴史の中にしるされた至誠のゆゑの犠牲を今の状態において守ることであると思ふ。


[歴史と地理]
 我々の血は歴史である。この物と精神の関係が、日本人の心をつくる基底となる。歴史を考へるものは、その愛が國土の風景から生れることを知るべきである。我々は古い日本の人文地理を知つて、本當の日本への思ひを厚くせねばならぬのである。


[日本的世界観としての國學の再建]
 我々のみちは堅めねば近代の装甲自動車を通し得ぬほどの脆弱なみちではなかつた。文明開化の論理は、日本のさういうみちを反省せずして、はじめから脆弱としてかゝつたのである。

 我國の文化を思ふものは、明日や明後日を思ふ代りに、永遠を思はねばならぬのである。先代の志士文人は至誠のためには國を危きにも投ずるといふみちをとり、ひたすらに?國の?のさとしのまゝに國の傾くことない信念を生き貫いたのである。彼らがもし?國の信念の至誠に生き貫かなければ、すでにその日に國は傾いて了つたわけだつたからである。


 以上のような言説から、保田の考える近代の終焉を想像することができます。国家は財産ではなく倫理であると考える保田は、我々の日本のみちによって、精神の上での新しい文明体制を打ち立てることができると考えているのです。そのためには、日本の歴史の中に記された至誠ゆえの犠牲を護ることが必要になるというのです。
 アジアの東偏の海上に輝く、一つの独立の灯。我々の至誠による日本のみち、それによって、近代は終焉へと向かうのです。


 

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