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第一部 第二章 西谷啓治『「近代の超克」私論』の検討

 
 西谷は、〈一般に近代的なものといはれるものは欧羅巴的なるものである。近代は政治的・経済的にも文化的にも、欧羅巴的世界が世界全体へ自らを拡大した「近世」の末期に位する〉と述べています。続けて、〈日本に於ける近代的なるものも、明治維新以後に移入された欧羅巴的なるものに基く。然るに、欧羅巴文化の移入に於ける顕著な特色は、文化の諸部門が殆んど相互の連絡なしに離ればなれに輸入されたといふことである〉と語っています。
 この意見には考えてみるべき論点があると思われます。西谷自身はこの問題に対し、〈然らば日本自身が聯関あるものを切れ切れに輸入する仕方をとつたのであらうか。併し原因は寧ろ一層根本的なところにあると思はれる。即ち輸入された西洋文化が、既に西洋自身に於て聯関性を喪失してゐたからである〉と述べています。
 つまり、まとまりを失った西洋の文化そのものに問題があり、日本はそれを輸入してしまったのだというわけです。西谷は、まとまりを生む方法として宗教に着目しています。〈西洋近世の宗教性が含んでゐた、文化や科学との関係の困難を打開するものは、この東洋的な宗教性あるのみであると思ふ〉というわけです。西洋的な宗教と東洋的な宗教の対比、その相違を明らかにすることによって打開策を提示しようとしているのです。具体的には、〈宗教の徹底的な超越性が、かゝる徹底的な内在性と相即し得なかったところに、近世西洋の宗教性の限界、及びその宗教性の行き詰りがあつた。この道を与へ得る宗教性は、東洋的な主体的無の宗教のみであり、そこに将来の世界とその世界の宗教に対して東洋的宗教性が荷ふ大なる意義があると思ふ〉とあります。
 キリスト教のような一神教は、「神」を人間の世界を超えた超越性の次元に設定しています。「神」は人間の世界の外にあるのです。一方、我々人間の世界は、世界を超え出ておらず世界の内にあるため内在性の次元にあることになります。ここに、超越性と内在性という二元論が生まれるわけです。しかし、主に科学技術の発達により神の虚構が曝かれるようになると、超越性と内在性の(ある意味で対等な)関係性は、内在性における超越性の設定という関係性へと変化してしまうのです。
 この問題においては、カントが最重要人物だと思われます。カントは、経験を超えた超感性的なものについての認識における「超越的(独:Transzendent、英:transcendent)」と、ア・プリオリな認識が如何に可能かを問題とする認識における「超越論的(独:Transzendental、英:transcendental)」という語彙を区別しました。この区別は、超越性と内在性の関係性を考察するときには重要な概念になります。
 西谷の意見を擁護すると、西洋的な宗教、特にキリスト教の世界観では、内在性における超越性の設定という歪んだ関係性が問題になりますが、東洋的な宗教ではその歪んだ関係性をほとんど無視できるわけです。確かに、この相違はけっこう大きいと思われます。
 さらに西谷は、日本の国家精神は東洋的な宗教性との親和性を指摘しています。〈わが国の伝統的な国家精神をなすところの、いはゆる清明心を本質とした神ながらの道はかの東洋的な世界宗教性と深く冥合するものであつた。それは国家の精神であり乍ら、同時に主体的無の世界宗教性をも内包し得るやうな地平の広さを、初めから含んでゐるものであつたと思ふ〉というわけです。
 このような考え方に基づいて、大東亜戦争に向けて西谷は、〈大東亜の建設は、わが国にとつて植民地の獲得といふやうなことを意味してはならないのは勿論であり、また世界の新秩序の樹立といふことも正義の秩序の樹立の謂である〉と述べています。大東亜戦争後の世界に生きる日本人にとっても、西谷の〈現代の根本課題である統一的世界観の樹立と新しい人間の自覚的形成といふことの基礎をなすもの、即ち主体的無に立脚しての世界と国家と個人とを一貫する道徳的エネルギーの倫理性に対して、現実の日本に包蔵されてゐる精神が深く方向を与へ得るといへるかと思ふ〉という意見は傾聴に値すると思われます。
 ただし、このような考え方には危険性が含まれていることも否めません。すなわち、一神教に基づいたキリスト教的な世界観の否定は、現実の世界においてどのような影響を及ぼすのかということです。私は、日本人はキリスト教的世界観から距離を取っておくべきだと考えていますし、現に日本人はそうしています。
 しかし、他国へそれを強制することは論外ですし、提言することにも慎重になるべきだと思うのです。

 

 

 

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