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第二部 第四章 第五節 高橋是清の検討



 高橋是清(1854~1936)は、財政家であり政治家です。江戸の生まれで、日本銀行総裁・蔵相を経て、首相・政友会総裁などを歴任しました。金融恐慌や世界大恐慌に対処しましたが、二・二六事件で暗殺されました。
 『随想録』および『経済論』から、是清の考え方を参照していきます。


第一項 負担の均衡
 是清は、負担の均衡を重視した制度を考えています。このような考えを持つ者は、資本主義や社会主義とは異なった立場に立つことになるのです。
 [財政と経済の今明日(経)]では、〈負担の均衡を重んじて制度を設ける以上は、資本主義だとか、社会主義だとかいふことはなくなる〉と語られています。是清は、〈国の富といふものはどうしても国民の働く力にある〉という考えに立って、〈資本と労働は車の両輪の如きもので喧嘩すべきものでない〉と述べています。
 [どうすれば一国の生産力は能く延びるか(随)]においては、〈労働問題とか資本対労働とか恰も資本と労働とが喧嘩をするやうなことが、世間で大分言論にも事実が現はれるが、これが離ればなれになつて生産が出来るものではない。国力を養ふことは出来ない〉と語られています。[低金利の効果(経)]では、〈労資相結んではじめてここに富が出来るのである。これが始終いがみ合つてゐるといふことは、これほど不幸なことはない。このいがみ合ひをなくなすのには、資本と労働と結付いて得た結果の富を、不公平でなく双方に分配されるといふ仕組みにならなければ目的を達しない〉と語られています。
 ここで示されている考え方は、極めて重要です。是清は、資本主義でも社会主義でもない領域をきちんと認識しており、負担の均衡という観点からその領域について論じているのです。


第二項 資本と労働の関係
 資本と労働の関係については、 [経済難局に処するの道(随)]において是清は次のように述べています。


 資本が、経済発達の上に必要欠くべからざることはいふ迄もないことであるが、この資本も労力と相俟つて初めてその力を発揮するもので、生産界に必要なる順位からいへば、むしろ労力が第一で、資本は第二位にあるべきはずのものである。ゆゑに、労力に対する報酬は、資本に対する分配額よりも有利の地位に置いてしかるべきものだと確信してゐる。即ち『人の働きの値打』をあげることが経済政策の根本主義だと思つてゐる。またこれを経済法則に照して見ると、物の値打だとか、資本の値打のみを上げて『人の働きの値打』をそのままに置いては、購買力は減退し不景気を誘発する結果にもなる。


 この考え方は参照に値します。 [国際経済情勢とわが国の非常時対策(経)]においても、〈労力は第一に位し、資本は第二にあるべき筈である、故に労力に対する報酬は資本に対する分配額より有利の地位において然るべきものと考へます〉と語られています。
 ここで注意すべきは、是清は常に労働を資本より優先させているわけではないということです。そうではなく、資本分配額と労働報酬の比率について、是清は労働側(の賃金と雇用)を有利な位置において考えているということです。


第三項 資本と労働の協調
 [労働・資本・満州問題(経)]で是清は、〈資本家があつてはじめて労働者は職を失はないのである。資本家ばかりでも、また労働者ばかりでもいかない、それで労資といふものはどうしても協調していかねばならぬ時勢であらうと私は考へる〉と述べています。
 この労使が協力していくという考え方は、当たり前のようですが、きわめて重要です。是清のすごいところは、安易な社会主義的な思想に染まらずに現実を直視しているところです。例えば、〈よく働いて安い者が自ら使はれることは、資本主義でなくても使はれる。よく働いて体も丈夫で、能率の挙る者と、比較的それの劣つてゐる者と、これを一緒の賃銀にするといふことでは産業は成立たない。さういふことも考へなければならぬ〉と述べています。産業を成り立たせるという観点から、資本と労働の関係を考察しているのです。
 また、〈資本家を窘(たしな)めれば、資本家といふものは萎縮していまつて、新たに事業を起し、あるいはすでにある事業を拡張するといふやうな勇気は起らない。それはやはり労働者のために不利益な結果になる〉とも語られています。新規事業における資本家の重要性が、適切に考慮されていることが分かります。
 さらに、 [世界経済状勢と財政経済政策(経)]では、〈外には貿易の伸張を図り、内においては資本労働調和を図り、国民の生活をして安全を得せしむると言ふこと〉が語られています。


第四項 自由貿易と保護貿易
 自由貿易と保護貿易の関係についても、是清は適切に論じています。
[経済の第一義を語る(経)]では、アダム・スミスとフリードリッヒ・リストの経済観について次のように語られています。


 リストとスミスの二大経済学者の意見は決して矛盾してゐるものとは思はぬ。スミスのいひ足らざりし点をリストが満足したものと解釈する事が出来る。ただ一方は自由貿易主義を唱へ、一方は保護貿易論を力説したのであるが、もっとも当時英国とドイツとの国情の相反してゐるために、その説を以て己の国家にとつて最も適当なりと考へられたるところの主張をしたのに過ぎないのである。


 このように状況に応じた処置は、実際を重視した政治的な判断から導かれるものです。
[赤字公債と累進綜合課税(経)]では、次のように語られています。


 自由主義とか統制主義とか、いろいろ議論があるけれども、政治は主義ではなく実際であつて、一方の主義に偏することなく、専ら事の宜しきに応じなければならぬ。自由といつても極端の放任は出来ないと同時に、統制といつても極端に自由を束縛してはいけないのである。これはいふまでもないことで、すべて事の宜しきに応じて誤りなきを期することが政治である。


 是清は政治的に、実際の状況に適した政策を主張しているのです。


第五項 高橋是清と共に歩む
 是清は、資本主義や社会主義についても正確に理解していると思われます。
 資本主義については、社会主義および共産主義との比較で論じられることが多いですが、資本そのものは、労働や土地との関係で論じられることの多い概念です。そのため是清は、資本と労働(労力)の関係について述べていくのです。
 例えば、利き手が右手の場合、第一に右手で第二に左手になりますが、状況に応じて使い分けることになります。是清の考える労働と資本の関係も、これと同じことであり、実際に応じて使いこなすという話になります。ですから、是清が労力第一で資本を第二にしているからといって、是清が資本主義者ではなく労働主義者だというわけでもないのです。ちなみに、資本主義者は資本の利益と蓄積を優先しますし、労働主義者は労働者の賃金と雇用を優先します。
 是清は実際の状況に応じて、資本主義にも労働主義にも偏ることなく、労資協調によって、資本労働調和を図っているのです。そうすることによって、労働者の賃金と雇用の実現を第一にし、第二に資本の利益と蓄積を実現するのです。
 つまり是清の経済における立場は、(労資)協調経済だと言うことができます。



※ [ ]内の(経)は『経済論』、(随)は『随想録』記載の内容であることを意味しています。





 

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