第三部 「近代の超克」後の世界において



 1942年、昭和十七年七月に開催された「近代の超克」を基に、近代を超克することについて考えてきました。
 その結果、近代の思想と訣別するための論理的な答えに辿り着きました。大げさでも何でもなく、「近代を超克」することのすべての答えは、西欧哲学を参照しつつ、日本思想史を丁寧にたどることで見つけることができたのです。


 最後に、簡単にまとめてみます。
 一つ目、政治においてデモクラシー(民主主義、民衆政治)を否定し、それに代わるものとして混合政体を提示します。二つ目、思想においてリベラリズム(自由主義)を否定し、それに代わるものとして日本思想を提示します。西欧思想の文脈においては、アリストテレス的な道徳伝統を挙げることになります。三つ目、経済においてキャピタリズム(資本主義)を否定し、それに代わるものとして(労資)協調経済を提示します。そして、西欧的な進歩主義を否定し、そこに立たないことを述べておきます。
 ここにおいて、近代を超克しました。近代は終焉しました。近代の思想と決別しました。


 近代の思想と訣別した我々は、もはや近代的な価値観を持ち出すことができません。今以てそれらを無理に押し通すことは、愚劣であり卑劣な行為になってしまうからです。
 そのため、我々は試行錯誤していかなければならないのです。
 それは大変なことですが、同時にとてもやりがいのあることでもあります。すでに用意された価値観(それは間違っていたわけですが)に、ただ従うだけの人生にどれほどの意味があるのでしょうか? 我々は様々な要因の状態や状況に応じて、適宜何が正しいかを決めていかなければならないのです。
 間違っていた歪(いびつ)な歴史の完成は解体され、歴史は再び不器用に動き出すことになります。『続・近代の超克』は、『続々・近代の超克』をもはや必要とはしないでしょう。
 そして、人々は、それぞれに物語を紡ぎ出すのです。これは、そんな、何てことのない当たり前の物語なのです。




 

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