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政治制度論『ポリュビオス』

 

 ポリュビオス(Polybius, B.C.204?~125?)は、古代ギリシャの歴史家です。著書である『歴史』は、ローマの歴史を中心に描かれています。

 

第一節 『歴史』の政治制度
 ポリュビオスの『歴史』では、政治の制度が明確に語られています。ポリュビオスは、〈さて国制の問題について理論的に教えようとする人たちのほとんどは、国制には三つの種類があり、そのひとつは王制(パシレイア)、もうひとつは優秀者支配制(アリストクラティア)、そして三つめは民主制(デモクラティア)という名をもつと言う〉と述べています。これらの一般的な意見の上でポリュビオスは、〈最善の国制とは[三種の国制のいずれでもなく]、いま述べた三種の形態それぞれの特徴を組み合わせた国制だと見なすべきことは明白だからである〉と自身の意見を述べています。
 ポリュビオス自身は、国制を六つに分けて論じています。具体的には、〈ただ被支配者からの自発的な同意を得て、威嚇や暴力よりもむしろ良識によって運営される独裁制だけが、王制の名にあたいする〉、〈ただ公正さと賢明さでもっともすぐれた人たちが選び出され国政に携わるような寡頭制だけを、優秀者支配制と見なすべきである〉、〈神々を崇め、親を敬い、年長者を尊び、法に従うことが伝統となり習慣となっているような社会において、多数者の意見が優先されるとき、そのとき初めてその国を民主制国家と呼べるのである〉とあります。つまり、〈国制には六つの種類があると言うべきである。そのうち三つはだれもが口にし、たったいまも名をあげたもの[王制と優秀者支配制と民主制]、あとの三つはそれらと生まれを同じくするもの、すなわち独裁制と寡頭制と衆愚制(オクロクラティア)である〉というわけです。
 これら六つの国制に対し、有名な政体循環論が語られます。〈まず初めに独裁制が、なんらの作為も経ず自然に成立する。次に独裁制から、それにある種の作為と是正を加えた結果、王制が誕生する。ところが王制はやがて自らと生まれを同じくする邪悪な体制すなわち僭主制に変質し、続いてこの僭主制が解体して優秀者支配制が生じる。そして優秀者支配制はいずれ寡頭制に堕落するのが自然の理であるから、そうなると民衆が憤激して指導者たちの不正を追及し、ここに民主制が誕生する。しかし民主制もまた放縦に走り法を侵犯するようになると衆愚制が出現し、こうして一連の移行が完結する〉とあります。まとめると、独裁制→王制→僭主制→優秀者支配制→寡頭制→民主制→衆愚制という流れで循環するというのです。
 ポリュビオスは、王制・優秀者支配制・民主制の三つのそれぞれの特徴を組み合わせた国制に対し、〈三つの各部分の力が抑えあったり助けあったりしながらひとつの調和を生み出し、その結果いかなる状況にも適切に対処できる国制を作り上げる。これ以上にすぐれた国家制度を見つけるのは不可能と言ってよい〉と述べています。続けて、〈実際、外部から国全体に脅威が迫ってきて、全市民の団結と協力が必要になったとき、この国制が発揮する力の大きさと強さには測り知れないものがある。すべての市民が競い合うようにして危機へのあらゆる対抗策を考案するから、なすべきことがなされないままに時が過ぎることはなく、まただれもが公の場でも個人としても計画の完遂のために協力を惜しまないから、決議の実行が時機を逸することもない。それゆえこの特殊な国制は、いったん決定したことは必ずやり抜く不撓不屈の力を備えている〉と語られています。
 他にも、〈三つの部分のうちのいずれかひとつが膨れあがって他を圧迫し、度を過ぎた力をふるおうとしても、さきに説明したように、いずれの部分も単独では存立しえず、各部分の意思は他の部分によって阻まれ引き戻される可能性があるのだから、結局どの部分もすっかり膨れあがることなく、慢心に陥ることもないのだ〉とあります。
 ただし、国家の堕落の可能性も指摘されていて、〈国家が次々に現われる重大な危機を切り抜けて、無敵の覇者になり絶頂に達すると、当然のことながら、長く続く繁栄に浮かされて生活はしだいに贅沢に傾き、人々は官職獲得などさまざまな競争に過度に熱を上げるようになる。いずれ将来この病弊が進行するとき、劣悪への変化の最初の兆候となるはずのものは、官権への欲望と無名であることの不満であり、それに加えて日常生活のなかの虚栄と奢侈である〉と語られています。特に民衆に関しては、〈民衆は怒りに駆られ、激情のなかでしか判断を下すことができなくなり、もはや指導者の命令に従うことはおろか対等の立場に立つことさえ拒絶して、ほとんどすべてを自分たちの一手に収めようとするだろう。そうなったとき国制は名を変え、自由と民主制というなによりも麗しい名称を獲得するだろうが、事実上はなによりも劣悪な体制、すなわち衆愚制に姿を変えていることだろう〉とあります。民衆に対する危機感が表明されています。

 

第二節 『歴史』の政治考察
 ポリュビオスの『歴史』に描かれている政治制度論について考えてみます。
 まずポリュビオスは、王制・優秀者支配制・民主制・独裁制・寡頭制・衆愚制という六つの国制を挙げています。この国制の分類は、妥当だと思われます。
 その上でポリュビオスは、六つの国制の移行を政体循環論として展開しています。しかし、この考え方は、受け入れられません。なぜなら、六つの内の一つの国制は、他の五つのどの国制にも移行することが可能だからです。もちろん、移行しやすさに差がある可能性はあります。ですが、移行が順番どおりに進むことは保障できません。ポリュビオスの政体循環論は間違っています。
 次に、ポリュビオスの混合政体論について考えてみます。ポリュビオスは、王制・優秀者支配制・民主制の特徴を組み合わせた国制を最善としています。なぜなら、三つの各部分の力が抑えあったり助けあったりして調和するため、いかなる状況にも適切に対処できると考えられているからです。そのため、それぞれの部分が膨れあがることなく、慢心に陥ることはないとされています。この考え方は、参考に値します。それぞれの国制による牽制と調和という考え方は、非常に有用だと考えられます。
 ただし、それでも国家の堕落の可能性は指摘されています。ある国家が無敵の覇者となり絶頂に達すると、贅沢・官憲への欲望・無名であることの不満・虚栄・奢侈などがはびこり、民衆が自分勝手にうごめくようになり、自由と民主という麗しい名称を獲得した衆愚制へと行き着くというのです。このことも、基本的に正しいと思われます。

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