『プラグマティズムの歪み』<5>ミード


 ジョージ・ハーバート・ミード(George Herbert Mead, 1863~1931)は、アメリカの哲学者・社会心理学者です

 1929年の『プラグマティズムの真理理論』論文では、ミードによるプラグマティズムのリアリティの学説が提示されています。




 人間が関係する経験はリアリティの構成部分であり、人間が判断するのはそうしたリアリティであるということ。また、人間は自然の一局面なのだから、問題が生じるのは、自然を外から見る精神の内部においてではなく、自然それ自身の内部においてであるということ。これが[私の]リアリティの学説である。




 このミードの学説から、真理の基準が語られることになります。




 真理の基準は、経験を超越するのではなく、ただ、人間の自然的過程が禁止されることで問題的となっていた経験を進行させる諸条件にのみ関わるのである。問題の解決は、完全に経験の内部にある。それは、禁止が解消されることに見出されるのである。さらにまた、問題の合理的な解決は精神を通して起こり、しかもこの精神が生じるのは社会の進化のなかでである。したがって、問題の解決に関する真理の基準は、この社会に対応した自然の特定の局面を含んでいる。というのも、社会とは、この精神の住処だからだ。[つまり]この基準は、共通世界の連続を要求するのである。その基準は、たとえば、リアリティの、非合理的または無合理的な可能的側面を排除する。しかしそれは、新奇なものの出現、すなわち創発を排除しはしない。




 このような考えから、ミードが信じるプラグマティズム運動の特徴が出てきます。




 プラグマティズム運動の最も顕著な特徴は、実験的にコントロールされた実際に進行中の経験を、過去を解釈し未来を予期するための立脚点として受け入れることである、と。




 要するに、実験による経験を立脚点として、過去を解釈し未来を予期するということです。この考え方は、1929年から1930年にかけて書かれた『アメリカ的環境との関係における、ロイス、ジェイムズ、デューイの哲学』論文でも表明されています。




 科学者の実験室では、仮説――観念――は、予期される諸結果という観点から形成される。実験は、もしそれが何かを言うことができるためには、特定の予想された出来事に対して調整されなければならない。行為におけるコントロールは、観念をテストする行為の遂行のさいに本質的であるが、諸観念の形成においても本質的なのである。そして、ここに、プラグマティズムが認識を解釈するさいの全問題がある。というのも、もしある観念が行為のなかに入ってくるとして、そのときその観念が、状況を知性的にコントロールするための装置の一部になるのでなかったら、[行為の]結果によってその観念の真実をテストすることなどできないだろうからだ。[そのようなテストができない場合、]それ[=行為の結果]によって明らかになるのは、ただ個人的な態度にすぎないだろう。




 ミードのプラグマティズムによれば、実験的・知性的にコントロールされた経験の内部において、社会が進化すると考えられているのです。






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