『遊歌集』[Ⅰ]遊糸
遊歌集。
つまり、遊び歌の集まり。
遊糸の命たち。
神々が遊ぶだろう。
一を僭称する神が弄ぶだろう。
混沌の前の秩序、秩序の後の混沌。
準秩序の前の混沌、混沌の後の準秩序。
和をもって高らかに詠え。
相通ず。
おのずから、そして、みずから。
善悪の土台に有るもの。
真偽の論拠に無いもの。
美醜の根底に有ること。
すべての根拠が無いこと。
物語る。
調和をもって高らかに詠え。
天と地と人と。
適った振る舞いがありえるだろう。
生命が躍動する。
集まり何かを成すだろう。
信じることと、疑うこと。
疑ってから信じること。
みずから、そして、おのずから。
心の仮定。
人みな心あり。
心の過程。
独り制すべからず。
心の家庭。
みなと論じ合おう。
真心という仮説。
どこかの場所。
そこは世界の果てにして、世界の中心。
誇り高く詠おう。
後の世に伝えよう。
愛しく、尊い。
ここは、まほろば。
ここが、素晴らしき場所。
こちらと、あちら。
ここを愛せないならば、あちらへ行くしかないだろう。
あちらでは、あちらがこちら。
だから、まずは、ここから。
無益ないざこざは避けるべきだから。
それでも進むべき理由があるのなら。
神話に詠われる。
神々の争い。
神々の黄昏。
神代が終わり、人間の時代が来るだろう。
言霊が咲き誇る。
伝統を語り継ごう。
長く永く続くことを願おう。
言挙げは慎むこと。
然れども、我は言挙げす。
神々も、我が心の内をそれほど知らないはずだから。
言葉にしないと伝わらないことがあるのだから。
言葉が祝福をもたらすだろうから。
歌は人の心を種として、幾千の言の葉となるだろう。
世の中の人々、心に浮かぶ泡沫を奏でる。
花が咲き、鳥がさえずる。風がそよぎ、月が夜空に輝く。
生きとし生けるもののすべてが、生命の歌を詠うだろう。
だから、そこに、神々が宿るだろう。
どこにでもいるだろう。
神々の生活がある。
賑やかなところにも、華やかなところにも。
寂しいところにも、侘しいところにも。
いたるところにあり、どこにもない。
それを観るものは、ここに。
だから、どこにもなく、ここにしかない。
ここにしかないから、どこにでもある。
これを視るものは、ここに。
桜が咲き、散るだろう。
夢と現の間。
哀れを感じられる。
喜怒哀楽が踊る。
もののあはれを感じられるだろう。
悲しみにおいて、悲しみを悲しむ。
楽しみにおいて、楽しみを楽しむ。
心たちが遊び踊るだろう。
遊糸の命たち。
一を僭称する神が弄ぶだろう。
神々が抗うだろう。
神々の戦い。
人間の争い。
神々と人々が遊ぶだろう。
【解説】
この『遊歌集』は、『聖魔書』と『夢幻典』の続編です。
『聖魔書』は西洋哲学、特にユダヤ・キリスト教の構造を意識し、『夢幻典』は東洋哲学、特にインド哲学の構造を意識していました。それらの続編であるこの『遊歌集』では、西洋と東洋の統合が図られることになります。日本思想を基にしながらも、古今東西の知識が動員されることになります。
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