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第二部『第十章 シェリングの「自由」』

【目次】
第一節 『人間的自由の本質』
第二節 シェリングの「自由」についての考察


第十章 シェリングの「自由」
 シェリング(Friedrich Wilhelm Joseph von Schelling, 1775~1854)は、ドイツの哲学者です。著作である『人間的自由の本質』から、シェリングの自由について見ていきます。

 

第一節 『人間的自由の本質』
 『人間的自由の本質』には、〈人間の自由は神の全能に対立するという形では考えられることができないから、人間をその自由と一緒に、神的存在者そのもののうちへと救いあげて、人間は神のそとに存在せずに、神のうちに存在するのであると言い、また人間の活動そのものが神の生にともに属しているのである〉とあります。
 それゆえ自由と不自由について、〈神のうちにおける内在と、自由とは、相互に少しも矛盾しないのであって、こうして、ほかでもないただ自由なもののみが、しかもそれが自由なものであるかぎりにおいて、神のうちにあり、不自由なものが、しかもそれが不自由なものであるかぎりにおいて、必然的に神のそとにあるのである〉と語られています。
 シェリングは、〈実在的で生きいきとした自由の概念は、自由とは善と悪との能力である〉と定義しています。そのため、〈自由な行為は、人間の叡知的なものから直接的に生じてくる。しかしその自由な行為は、必然的に、ひとつの規定された行為であり、たとえば、身近な例をあげれば、ひとつの善い或いは悪い行為である〉と語られています。また、〈自由なるものとは、自分自身の本質の諸法則にのっとってのみ行為し、自分のうちおよびそとのいかなる他のものによっても規定されていないもののことだからである〉とも語られています。
 シェリングは、〈ただ人間のみが、神のうちにあり、まさしくこの神のうちに在るというその存在によって、自由の能力をもったものなのである〉と言います。それゆえ、〈理性は、人間においては、神秘主義者たちの言うような、神のうちにおける受身ノ原初もしくは原初的知恵をなすものであり、この知恵においては、一切の諸事物が寄り集まりながらそれでいてより分けられ、一つに合体しつつしかもそれぞれのものが各自の仕方で自由であるのである〉と語られています。


第二節 シェリングの「自由」についての考察
 シェリングの『人間的自由の本質』では、自由が神の内にあるとされ、自由とは善と悪との能力だと定義されています。その上で、人間は神の内にあるとされ、それゆえ人間は自由の能力を持つと語られています。
これは明らかに、キリスト教における自由意志の伝統の延長線上にある考え方です。
 キリスト教徒ではない、もしくは、全知全能の絶対者という仮定の設定を行っていない者にとっては、考慮すべき対象ではありません。

  

 

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