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第三部『第一章 飜訳された「自由」』

【目次】
第一節 訳語としての類似性
第二節 訳語定着の歴史


『第一章 飜訳された「自由」』
 第一部では、日本本来の自由を、第二部では、西洋哲学の自由を見てきました。
 この二つの自由は、日本におけるキリスト教の歴史においてわずかに交錯し、明治維新において強く作用し合いました。日本語の自由が、日本語としての意味をほとんど無視された挙句、「フリーダム」・「リバティ」の訳語として用いられたのです。語源が全く異なる二つの自由が、同じ日本語の「自由」で語られるようになったことで、日本における言語活動に歪みが生じました。

 

第一節 訳語としての類似性
 日本本来の「自由」は「自らに由る」ことであり、西欧の「自由」は「制限の不在」を意味しています。これらの二つの自由は、まったく異なる意味であると思えますが、物事の見方によっては類似性を指摘することができます。
 「自らに由る」ためには、それを妨げる妨害がないことが条件の一つであるからです。ただし、「自らに由る」ためには、必要な制限があり、邪魔となる制限があるのです。様々な制限は、個別に検討する必要があるのです。単に制限がなければ、自らに由れると考えるのは、あまりにひどい考え方です。
 「自らに由る」という「自由」は、自らに由れるためには、邪魔な制限が不在であるという側面において、わずかな類似性を示すことが出来ます。しかし、この類似性をもって訳語とするのには無理があります。つまり、日本の「自由」を「フリーダム」や「リバティ」の訳語としたことは、失敗だったのです。

 

第二節 訳語定着の歴史
 明治以前にも、キリスト教における自由の受容を遠因とし、翻訳に自由が使用されている例を見つけることができます。例えば、文化七年(1810)に刊行された『蘭語訳撰』では、オランダ語「vrij」に「自由」の語があてられています。
 嘉永6年(1853年)の黒船来航以降では、元治元年(1864)に刊行された『仏語明要』に、フランス語「liberte」に「自由」があてられています。
 堀達之助(1823~1894)編の慶応二年(1866)『改正増補英和対訳袖珍辞書』には、「liberty」の訳語として「自由」が掲載されています。袖珍はポケットを意味しています。
 福沢諭吉は慶応二年(1866)『西洋事情初編』において、〈自主任意〉や〈自由〉の語に対して、〈英語に之をフリードム又はリベルチと云ふ。未だ的当の訳字あらず〉とあります。明治三年(1870)の『西洋事情二編』では、〈「リベルチ」とは自由と云ふ義〉とあり、自由について詳しく解説されています。フリーダムやリバティの訳語として「自由」が定着したのには、福沢諭吉の果たした役割が大きいと言えます。
 中村敬太郎[正直・敬宇](1832~1891)は、明治五年(1872)にミル(John Stuart Mill)の『On Liberty』を『自由之理』の表題で訳出しています。これ以降は、日本語の「自由」が、西洋「自由」の翻訳語として認定されたと見なすことができます。そのため明治六年頃から、少なくとも英和辞書の訳語は「自由」に絞られています。

  

 

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