TOP 概要 自己紹介 論文 小説 日記 本の感想 LINK


  にほんブログ村 人気ブログランキング に参加しています。1日1クリックお願いします!
  にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ         

  

第三部『第三章 護られた「自由」』

【目次】
第一節 山岡鉄舟の「自由」
第二節 岡倉天心の「自由」
第三節 徳富蘇峰の「自由」
第四節 清沢満之の「自由」
第五節 鈴木大拙の「自由」
第六節 柳宗悦の「自由」
第七節 西田幾多郎の「自由」
第八節 九鬼周造の「自由」
第九節 小林秀雄の「自由」


『第三章 護られた「自由」』
 日本語の「自由」が、西洋「自由」の翻訳語として用いられたため、日本語本来の「自由」の意味は忘れられていきました。
 しかし、日本本来の自由の正しい言葉遣いをもって、西洋自由の欠陥を指摘する日本人がいました。つまり、護られた日本本来の自由があるのです。その戦いは、戦いとは呼べぬほどに多勢に無勢な戦いでした。ですが、確かに、誇るべき戦いがあったのです。

 

第一節 山岡鉄舟の「自由」
 山岡鉄舟(1836~1888)は、江戸末期から明治の剣術家です。
 『剣禅話』では、日本の自由が論じられています。例えば、〈病に罹りしときは身体自由ならず〉とあるのは、身体状態の自由を論じています。
 鉄舟は、西欧自由の欺瞞を的確に見抜き、〈盛に欧州の文明を称揚して大に米国の自由を喝采し〉と指摘しているように、西洋文明をもてはやして、アメリカの自由がよいなどという風潮を嘆いています。ですから、〈汝が文明は何の辺にかある、汝が自由は何の処にかある〉と述べ、西欧崇拝者の言う文明が、いったい何の役に立つのかを問い、日本の自由がどこかへ行ってしまったのかと憂いています。そのため、〈野蛮を視て文明と為し、不自由を自由と誤り〉と述べています。西洋に接した日本人は、野蛮を文明とし、不自由を自由と誤認してしまっているというのです。日本本来の自由の見地からは、西洋自由を自由とするのは、まさしく不自由なことだからです。

 

第二節 岡倉天心の「自由」
 岡倉天心(1862~1913)は、美術評論家で思想家です。米国のフェノロサ(1853~1908)に師事し、英文著書による日本文化の紹介者として活躍しました。
 岡倉天心は『東洋の目覚め』において、〈自由という、全人類にとって神聖なその言葉は、彼らにとっては個人的享楽の投影であって、たがいに関連しあった生活の調和ではなかった。彼らの社会の力は、つねに、共通の餌食を撃つためにむすびつく力にあった。彼らの偉大さとは、弱者を彼らの快楽に奉仕させることであった〉と述べています。ここで述べられている彼らとは、西洋を指しています。西洋の自由を、個人的な享楽の結果として批判しているのです。ですから、〈西洋は、東洋には自由が欠けているといって、たびたび非難してきた。なるほど、西洋の光栄であるように思われているあの粗末な観念――人ごみをどこまでも押しわけて通るような、肉のついた骨をあらそってたえずいがみあうような――相互の主張によってまもられている個人的権利の観念は、われわれにはない。われわれの自由の観念は、こうしたものよりはるかに高いものである。われわれにあっては、自由とは、古人の思想をそれ自身のなかで完成する力である。真の無限は円であって、線の延長ではない。すべての有機体は、部分の全体への従属をあらわしている。真の平等は、それぞれの機能を十分にはたすことにある〉と述べているのです。この意見は、日本本来の自由に基づいたものです。

 

第三節 徳富蘇峰の「自由」
 徳富蘇峰(1863~1957)は、平民主義や国家主義を唱えた評論家です。
 『将来の日本』には、〈吾人が先祖の抑圧をこうむりたるは吾人をしてこれをこうむらざらしめんがためなり。すなわち吾人をして自由を得せしめんがためなり〉とあります。この考え方の上では、〈実に自由の世界すなわち平民的の社会はかのルソーが夢想したるごとき質朴野蛮の社会において決して行なうべきものにあらず〉とあり、ルソーの自由と区別されています。
 また、『家族的専制』では、〈人或は云ふ、専制政体に於ては、自由は独り君主の私有に属す、他は皆奴隷のみと。専制君主果して自由を有する乎、彼が一方に於ける自由は、他方に於て、無限の責任と、恐怖と、懊悩とを意味するを知らずや〉と述べています。ヘーゲル的な自由の考え方に対して、否定的な意見が述べられています。

 

第四節 清沢満之の「自由」
 清沢満之(1863~1903)は、近代の仏教思想家で真宗大谷派の僧です。東西諸思想に通じ、真宗信仰に新たな地平を開きました。
 『精神主義』には、〈何が修養の方法であるか。ほかでもない、すべからく自己を省察すべきである、大道を知るべきである。大道を知れば、自己にあるものに不足を感じることはないであろう。自己にあるものに不足を感じなければ、他人にあるものを求めないであろう。他人にあるものを求めなければ、他人と争うことはないであろう。自己に充足して、求めず、争わなければ、天下のどこにこれより強いものがあろうか、どこにこれより広大なものがあろうか。こうしてこそはじめて、人間界にあって、独立自由の大義を発揚することができるはずである〉とあります。

 

第五節 鈴木大拙の「自由」
 鈴木大拙(1870~1966)は、近代の仏教学者です。既成の宗派敵対立場を超えて、禅・浄土・華厳などの大乗仏教の諸思想について幅広く論じました。また、禅を中心に欧米に仏教思想を紹介しました。
 『日本的霊性』には、〈禅などでいう心は、もっともっと深い意味のものである。分別心でも、思慮心でも、集起心でもない。これを無分別心と呼んでいるが、分別を超起したところに働く心である。分別心または分別意識というが、こういうものの底に無弁別心が働いていると自分は言うのである。この無分別心の働きを見ないで、ただ分別心だけを見ている時に、われらは本具底の自由を失うのである〉とあります。
『無心ということ』には、〈自由は人間としてのわれらがその本然に帰るとき自ら出て来るところのものである〉とあります。
 『自由・空・只今』には、日本の自由と西洋の自由が、次のように正確に論じられています。

 まず自由という文字とその本来の意義について少しく弁じてみたい。
 元来自由という文字は東洋思想の特産物で西洋的考え方にはないのである。あっても、それはむしろ偶然性をもっているといってよい。それを西洋思想の潮のごとく輸入せられたとき、フリーダム(freedom)やリバティ(liberty)に対する訳語が見つかれないので、そのころの学者たちは、いろいろと古典をさがした末、仏教の語である自由を持って来て、それにあてはめた。それが源となって、今では自由をフリーダムやリバティに該当するものときめてしまった。
 西洋のリバティやフリーダムには、自由の義はなくて、消極性をもった束縛または牽制から解放せられるの義だけである。それは否定性をもっていて、東洋的の自由の義と大いに相違する。
 自由はその字のごとく、「自」が主になっている。抑圧も牽制もなにもない、「自(みづか)ら」または「自(おのづか)ら」出てくるので、他から手の出しようのないとの義である。自由には元来政治的意義は少しもない。天地自然の原理そのものが、他から何らの指図もなく、制裁もなく、自(おのづか)ら出るままの働き、これを自由というのである。

 『このままということ』には、本来の自由というものについて、大拙の考えが示されています。

 われら人間は、こうして生きてゆくとき、なんとなく束縛を四面に受けている、政治的にも、経済的にも、心理的にも、物理的にも、なんだか不自由を感じ、不自然な思いをする。これがわれらをして一般的に不安を感ぜしめるのである。これを離れて自由に、創造的に、自主的に、一生を過ごしたいとねがう。必ずしも悉くがこのように自覚しなくても、一種の煩悶・懊悩・憂心・不安の念を抱くのが、人生の常である。それで何かの方法で、これらの制約から離れたいとする。これが第一段である。それが、師匠につくなり、自分で考えたりなどして、何かの知解覚悟があったとする。これが第二段。次には、その知解なるものに執著して、「自分にはこれがわかった、これが悟れた」などいう意識が出てくる。そうすると、その意識に執著しようとする。最初の執著とはちがうが、その執著たるに至りては、同格である。これがまた禍いの基となりて、本来の自由を拘束する。それで第三段として、この執著からまた離脱しなくてはならないのである。そうしないと本当の自由、本当の自主性を体得することが不可能である。
  このようにして、第三段をも乗り越えることができると、ここにはじめて「自由の分」、「自由独立の分」ありということになる。

 『「自由」の意味』には、本来の自由を積極的なものとして、西洋の自由を消極的なものとする見方が示されています。

  「自然」と同じく「自由」の自の字の意味を、はっきりはっきり知っておかなくてはならぬ。この自には自他対立の意義を含まないで、ただ一面の自である、すなわち絶対性を持つ自であることを心得ておくべきだ。「自由」は、この絶対の自がそれ自らのはたらきで作用するのをいうのである。それゆえ、ここには拘束とか羈絆とか束縛などという思想は微塵もはいっていない。すなわち「自由」は、積極的に、独自の立場で、本奥の創造性を、そのままに、任運自在に、遊戯三昧するの義を持っている。
  「自由」は、今時西洋の言葉であるフリーダムやリバティのごとき消極的・受身的なものではない。はじめから縛られていないのだから、それから離れるとか、脱するなどいうことはない。

 『日本再発見』には、〈「自由」も、近時一般にフリーダムまたはリバティの義に使われるが、本来の意義と大いに逕庭あることを認識しておかなければならぬ〉とあります。
 『明治の精神と自由』には、〈「自由」とは、自らに在り、自らに由り、自らで考え、自らで行為し、自らで作ることである。そうしてこの「自」は自他などという対象的なものでなく、絶対独立の「自」――「天上天下唯我独尊」の我である、独であり、尊である――であることを忘れてはならぬ。これが自分の今まで歩んで来て、最後に到達した地点である〉とあります。

 

第六節 柳宗悦の「自由」
 柳宗悦(1889~1961)は美術評論家で宗教哲学者です。
 『工藝文化』には、〈自己を主とする自由は真の自由であろうか。それは自己に拘束される新たな不自由ではなかったろうか。自己を越えずば真の自由はないともいえよう。自己への執着は自己への束縛ではないか〉とあります。この考え方の基で、〈不自由というのは人間の立場からの嘆きに過ぎない。自然の側からすると、人間が不十分により働けないだけに、自然が自由に働く余地が出るのだと説いていい。人間が不自由にさされるのは、彼の過ちが出ないように抑えてくれるからだともいえる。それだけ過ちのない自然が加担してくれるのだともいえる〉と述べられています。
 『工藝の道』では、〈だが私たちには伝統を破壊する自由が与えられているのではなく、伝統を活かす自由のみが許されているのである〉とあります。つまり、〈放縦は自由ではない。自由は責任である〉というのです。これは、明確に日本本来の自由を指しています。
 『茶道論集』の[寂の美]には、〈今日ほど、「自由」の二字が乱用されている時代は少く、従って誤用されている場合が極めて多い。自由主義などというが、それ自身自家撞着した言葉で、主義ともなれば既に不自由ではないか〉とあります。〈近代で用いられる自由という言葉には、「誰からも拘束を受けぬ自分」という意味がありがちで、それでは「他に対する自」で、まだ二元に縛られた姿に過ぎまい〉というわけです。ですから、〈我儘と変りのない自由では、決して自在ではない。むしろ他から拘束されても、意に介さなければ自由であるし、他からの拘束を一切拒けても、自分に縛られるなら、それこそ不自由ではないか。それゆえ、仏教は自他の二を超えることを要請する。これのみが無碍を得る道だからである〉と語られています。
 他にも、『美の浄土』には〈本当の自由は、いつも自由主義からも解放されたものでなければなりません〉とあります。『不二美』には、〈自由への道に、自力他力の二道がある。自力は個人の道、他力は大衆の道と云って、よい。他力は非個人的故、伝統と深い結縁を生じる〉とあります。『安心について』には、〈自由とは、他人から自由になる事を意味するよりも、何より先ず自我から自由になる事である。不自由とは、他人の奴隷になる事よりも、自分自身の奴隷になる事を意味する。常に自分の主人であればよい〉とあります。『無謬の道』には、〈「自由」という言葉は、今は大変乱用されておりますので、内容が、あまり確かではありません。私は之を「一切の執心を離れる」意味にとりたく、何事にも「こだわらぬ心」と云ってよいと思います〉とあります。

 

第七節 西田幾多郎の「自由」
 西田幾多郎(1870~1945)は、日本近代の代表的哲学者です。西田哲学と言われる独自の哲学大系を打ち立てました。西田の自由についての論考は、当初は西洋自由における積極的自由に添って行われています。しかし、思索が進むにつれ、日本本来の自由の深化へと向かっています。
 『善の研究(1911)』には、〈ただ或る与えられた最深の動機に従うて働いたときには、自己が能動であって自由であったと感ぜられるのである、これに反し、かかる動機に反して働いた時は強迫を感ずるのである、これが自由の真意義である〉とあります。〈ただ実在の統一が内に働くときにおいて、われわれは自己の理想のごとく実在を支配し、自己が自由の活動をなしつつあると感ずるのである〉ということです。〈ただ観念成立の先在的法則の範囲内において、しかも観念結合に二つ以上の途があり、これらの結合の強度が脅迫的ならざる場合においてのみ、ぜんぜん選択の自由を有するのである〉というわけです。
 この時点での西田の自由では、〈我々が或る理由より働いたときすなわち自己の内面的性質より働いたとき、かえって自由であると感ぜられるのである。つまり動機の原因が自己の最深なる内面的性質より出でた時、最も自由と感ずるのである。しかしそのいわゆる意志の理由なる者は必然論者のいうような機械的原因ではない。われわれの精神には精神活動の法則がある。精神がこのおのれ自身の法則に従うて働いたときが真に自由であるのである。自由には二つの意義がある。一は全く原因がない即ち偶然ということと同意義の自由であって、一は自分が外の束縛を受けない、おのれ自らにて働く意味の自由である。即ち必然的自由の意義である。意志の自由というのは、後者における意味の自由である〉とあります。ここでは、カントの自由との類似性が認められます。ですから、〈それで意識の自由というのは、自然の法則を破って偶然的に働くから自由であるのではない、かえって自己の自然に従うが故に自由である。理由なくして働くから自由であるのではない、よく理由を知るが故に自由であるのである。我々は知識の進むとともに益々自由の人となることができる〉と述べられているのです。また、〈真の自由とは自己の内面的性質より働くといういわゆる必然的自由の意味でなければならぬ。全く原因のない意志というようのことはただに不合理であるばかりでなく、かくの如きものは自己においても全く偶然の出来事であって、自己の自由的行為とは感ぜられぬであろう。神は万有の根本であって、神の外に物あることなく、万物悉く神の内面的性質より出づるが故に神は自由である、この意味においては神は実に絶対的に自由である〉とも語られています。
 『自覚に於ける直観と反省(1917)』では、〈自由ということは肯定の中に否定を含み、否定の中に肯定を含むことである〉とあります。この時点における自由には、ヘーゲルの自由との類似性が認められます。
 『場所(1926)』においては、〈唯、真の無の場所に於てのみ自由なるものを見ることができる。限定せられた有の場所に於て単に働くものが見られ、対立的無の場所に於て所謂意識作用が見られ、絶対的無の場所に於て真の自由意志を見ることができる〉とあります。無の場所については、〈自己同一なるもの否自己自身の中に無限に矛盾的発展を含むものすら之に於てある場所が私の所謂真の無の場所である〉と語られています。また、〈述語面が主語面を離れて見られないから、私は之を無の場所というのである〉とも語られています。この時点の西田の自由において、日本本来の自由の用法との接近が認められます。
 『一般者の自覚的体系(1930)』においては、〈自己が自己の底に自己を超越するということは、自己が自由となることである、自由意志となることである、自由意志とは客観的なるものを自己の中に包むことである〉とあります。さらに、〈真に自由なる自己は自己自身の内容を有たねばならない(内容なき意志は意志ではない)、しかもこれを自己自身の内容として内に包むものでなければならない、即ち自己自身の於てある場所となるものでなければならぬ〉とあります。西洋における積極的自由と、日本の自由の混合的な意見が見られます。
 『永遠の今の自己限定(1931)』では、〈真に無にして自己自身を限定するものというのは、自由なる人というべきものであろう。絶対の無によって限定せられるものは自由なる人という如きものでなければならない〉と語られています。ここにおいて、仏教において論じられてきた日本の自由に到達したといえます。
 『日本文化の問題(1940)』では、〈創造に於て、人間は何処までも伝統的なると共に、過去未来と同時存在的なるものに、即ち永遠なるものに、何物かを加えるのである。新しく創造せられるものは、過去のものに同時存在的に生ずるのである。そこに真の人間の自由があるのである〉と語られています。自由が、日本本来の自由として論じられています。
 『場所的論理と宗教的世界観(1945)』には、〈自己自身の本質から働くこと、自己自身の本質に従うことが自由と考えられる〉とあります。その詳細は、〈絶対否定即肯定的に、かかる逆対応的立場に於て、何処までも無基底的に、我々の自己に平常底という立場がなければならない。而してそれが絶対現在そのものの自己限定の立場として、絶対自由の立場と云うことができる〉と語られています。この自由は西洋の自由と区別され、〈此に私の云う所の自由は、西洋の近代文化に於ての自由の概念と対蹠的立場に立つものがあるのである〉と述べられています。ここにおいては、〈私の平常底と云うのは、我々の自己に本質的な一つの立場を云うのである。我々の人格的自己に必然的にして、人格的自己をして人格的自己たらしめる立場を云うのである。則ち真の自由意志の立場を云うのである〉と語られています。
 西田の自由に対する論考は、西洋自由そのものの考察とも思える立場から始まりながら、最終的には西洋自由とは区別できる、日本の自由に到達しているのです。

 

第八節 九鬼周造の「自由」
 九鬼周造(1888~1941)は哲学者です。ヨーロッパに留学して実存哲学を学び、解釈学的手法を用いて日本文化を究明しました。
 『日本的性格』には、〈西洋の観念形態では自然と自由とはしばしば対立して考えられている。それに反して日本の実践体験では自然と自由とが融合相即して会得される傾向がある。自然におのづから迸り出るものが自由である。自由とは窮屈なさかしらの結果として生ずるものではない。天地の心のままにおのづから出て来たものが自由である。自由の「自」は自然の「自」と同じ「自」である。「みづから」の「身」も「おのづから」の「己」もともに自己としての自然である。自由と自然とが峻別されず、道徳の領野が生の地平と理念的に同一視されるのが日本の道徳の特色である〉とあります。実に見事な日本の自由の説明です。

 

第九節 小林秀雄の「自由」
 小林秀雄(1902~1983)は、近代批評を確立した評論家です。
 『歴史と文学』には、〈封建制度は、人間の自由を拘束したという。だが、この拘束の下に、山本常朝が、どんなに驚くべき自由を掴んだかは、歴史家は見逃してよいのでしょうか。彼の体得した自由は、現代の講壇歴史家が、社会制度と照し合わせて考えている様な自由とは、同日の談ではない。お月様とすっぽん位の違いはあります〉とあります。ここで語られているのは、山本常朝の『葉隠』における、〈毎朝毎夕、改めては死に死に、常住死身になりてゐる時は、武道に自由を得、一生越度なく、家職を仕果すべきなり〉という箇所のことです。見事に日本の自由をとらえています。
 『自由』では西洋の自由について、〈リバティーは市民の権利だ。だが、フリーダムという言葉は、そういう社会的な実際的な自由を指さない。それは、全く個人的な態度を指す。フリーダムとはもともと抽象的な哲学的な語であって、フリーダムが外部から与えられるというようなことはない。与えられたリバティーというものを、いかに努力して生かすかは、各人のフリーダムに属する〉と述べています。
 『常識』においては、〈そういう主義を発明し、実行に移してみて、苦労した国民にとっては、自由主義も民主主義も、恐らく、思想や知識として理解されているというより、道徳として感じられているであろう。彼等に「行過ぎ」という言葉がわからないのは、うかうかしていれば、行過ぎてしまう道徳などというものが理解出来ないからだ、と私は思う〉とあります。

  

 

 第三部『第四章 現在の日本の「自由」』 へ進む

 

 第三部『第二章 穢された「自由」』 へ戻る

 『日本式 自由論』の【目次】 へ戻る
 論文一覧 へ戻る

 

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.12


  にほんブログ村 人気ブログランキング に参加しています。1日1クリックお願いします!
  にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ         

  

Access Counter
TOP 概要 自己紹介 論文 小説 日記 本の感想 LINK