『理想主義(idealism)と現実主義(realism)について』
2013年6月14日、私は渋谷で、とある勉強会に参加してきました。用意されていたレジュメには、『外交政策における理想主義と現実主義について』というテーマがありました。そのレジュメによると、理想主義は、「他国を変えること(自由化、民主化、法の支配等)を目指す」とあり、現実主義は、「異質な国家(非民主国家)との勢力均衡を目指す」と記されていました。
この定義を基にして、理想主義と現実主義について、私の考えを少し述べていきます。
国際関係論という分野では、自由主義や民主主義を推し進める理想主義と、国益の観点から勢力均衡を目指す現実主義があるそうです。私は、この理想主義と現実主義の話を聞くと、いつも良く分からないなぁという感想を抱きます。だって、現実主義って、その言葉が良く分からないですよね? 現実を主義にするって、どういうこと?
これは、単に、二つの理想主義があるということではないでしょうか。理想主義Aは、自由主義や民主主義を広めることを理想だと考えている。そして、理想主義Bは、均衡により平和な状態を保つことを理想だと考えているということです。そうだとすると、理想主義と現実主義とは、異なる前提を持つ二つの理想主義だということになります。
これで一段落が着くのですが、これでは面白くないですよね? そのため、少し思想的に深化させてみます。
理想主義と現実主義の決定的な違いは、前提というよりも、論理構造の違いに由来します。その論理構造とは、簡単に言うと、プラグマティズムか否かです。プラグマティズムと言っても、チャールズ・サンダース・パース(1839~1914)とウィリアム・ジェームズ(1842~1910)とジョン・デューイ(1859~1952)では、その構造が違うわけです。ここで参考にするのは、パースのプラグマティズムです(正確には、パースのプラグマティシズムですね)。
パースのプラグマティズムを、これまた単純化して言うと、演繹(deduction)、帰納(induction)、仮説形成[ 推論 ](abduction)という三つの方法のことです。ただし、帰納法については、カール・ライムント・ポパー(1902~1994)によってその不毛さが論証されていますので、帰納の代わりに検証を置きます。そのため、ある前提に対し、演繹→検証→仮説形成→...という繰り返しの論理構造が示されます(西部邁『知性の構造』の11番目の図式も参照)。
ここからさらに簡略化して論じます。現実主義はこの三方法の循環を行っていますが、理想主義は仮説形成(アブダクション)が抜けている、もしくは、その方法が非常に弱いわけです。
例えば、現実主義の前提が、自由主義と民主主義は最高だぜぃ状態からシミュレーションを始めてみます。まずは、自由主義や民主主義を他国へ押し付けます。その結果を検証すると、他国が反発して事態は悪化していくことが分かります。そうすると、反省して、つまり仮説形成(アブダクション)して、自由主義や民主主義を無条件に押し付けるのは、もしかしたら正しくないかも? というように、前提が変化していきます。そうして、この三方法の循環を続けていくと、目指すべき理想が、勢力均衡へと接近していくわけですね。
つまり、理想主義と現実主義の差は、置いている前提の違いというよりも、その本質は、仮説形成(アブダクション)という方法論の有無の違いに帰するわけです。
ここで、例を出して考えてみます。
A君・B君・C君という三人の人物がいるとします。三名とも、「改革=正義」だと思っています。ただし、改革に対して、A君の論理構造には、演繹しかありません。B君の論理構造には、演繹と検証だけです。C君の論理構造には、演繹と検証と仮説形成があります。
まずA君についてですが、大多数の戦後日本人の典型になります。誰かが「構造改革!」と言うと、その内容を問わずに、何となく賛成してしまう困ったちゃんです。小泉構造改革がどうなったかとか、そんなことは頭に浮かびません。まさにパブロフの犬状態です。カイカクと聞こえると、サンセイサンセイと踊るのです。困ったもんです。
次にB君です。B君も改革を推し進めます。その結果をB君は、ちゃんとチェックします。そして、あまり世の中が良くなっていなかったり、もしくは悪くなっていたりすることが明らかになります。そうするとB君は、改革そのものに疑いの目を向けることなく、こう言うのです。「改革が足りない」と。こうして、B君は、改革派官僚とか呼ばれている人と同類になるのです。
最後に、C君です。C君は、改革を進めた結果、世の中がおかしくなっていることを目撃します。するとC君は、賢明にも、改革が無条件で正しいわけではないのかもしれないという可能性に気付くのです。C君は世の中の動きを見て考え、世の中には、変えるべきことと、変えてはいけないことがあるということを学びます。そうしてC君は、ほとんど必然的に、保守主義と呼ばれる思想に近い位置へと接近して行くのです。
以上に述べたことは、かなり簡略化しています。なので、細部に関してはもっと論じるべきことがあります。それでも、簡略化したモデルで初心者向けに語るなら、次の式が成り立つと言うことができます。
現実主義 ≒ パース流のプラグマティ(シ)ズム ≒ 保守主義
つまり、それなりに高度な思想は、演繹・検証・仮説形成という三つの方法を有効に活用しているということです。
ひとまず、今回の考察はここまで。さらなる思想の深化は、また別の機会にでも。