『日本式 自由論』

 私が生きてきた中で、私は「自由」という言葉に違和感を抱き続けてきました。
 「自由」は素晴らしいと言われていたのですが、私にはどうにも納得できなかったので、自分で納得のいくように調べて論じました。


【目次】

 序章  自由という言葉

 第一章 奈良時代・平安時代

 第二章 鎌倉時代

 第三章 室町時代・安土桃山時代

 第四章 江戸時代

 第五章 日本の自由の構造

 第六章 西洋における自由

 第七章 穢された自由

 第八章 護られた自由

 最終章 言葉という自由



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『日本式 自由論 [ASREAD版 (旧版)]』

≪目次≫

序章 自由という言葉

第一章 奈良時代・平安時代

第二章 鎌倉時代

第三章 室町時代・安土桃山時代




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コメント(4)

なんだか、ちょっと感動しました この言葉を用いると、今の時代薄っぺらに感じますけど 少なくも、僕の周りの市井の人達の中では、自由について ここまで突き詰めて考えている人間は皆無です いや、プロの文筆家でも、なかなかです 例えば、自称評論家の小浜さんも、大したことないですね websiteで、彼は、恥ずかしげもなく文章を書き散らして いますが、僕には、大したレベルとは考えられません
 道理に基づく自由が肯定すべき自由であるというのはよく理解できますが、西洋式の自由と呼んでいるものは自由主義を前提にしていないかという疑問が残ります。  具体的に言うと、日本式の自由を前提としたとしても日本で自由主義が発明されたとしたら同じ結果になるのではないかということです。  西洋の自由と日本の自由が根本的に異なるものではない可能性を考えています。  中庸に反する自由は良くないもので、中庸の範囲では自由は良いものであるという解釈ではなぜいけないのかということでもあります。 中庸に反するものは良くないのは自由に限りません。法律だろうと正義だろうと中庸に反するものは良くないと判断せざるを得ないのではないでしょうか。  道理に基づかないでも同じです。道理に基づかない法律や正義を肯定することはできません。  西洋ならキリスト教に基づかないものは良くないと表現するかもしれませんけどね。日本にはキリスト教は根付いていませんからそういう事情が見えていないだけかと思います。  キリスト教の呪縛から解放されるための○○主義であり、自由主義はその一つに過ぎないと考えると日本ではその意義を失っているとしても不思議ではありません。  結論としては、西洋では勝手放埓が称賛されていると考えるのは間違いで、西洋でも抑止する思想(キリスト教)はあるが過剰なので反発する人が出てくる。日本では過剰ではない(道理・中庸)ので反発する人は少数派であるというところかと。
小澤英明さん、コメントありがとうございます。

> 道理に基づく自由が肯定すべき自由であるというのはよく理解できますが、西洋式の自由と呼んでいるものは自由主義を前提にしていないかという疑問が残ります。

→西洋式の自由は、自由主義を前提というか、自由主義にかなり影響していると思いますよ。

> 具体的に言うと、日本式の自由を前提としたとしても日本で自由主義が発明されたとしたら同じ結果になるのではないかということです。

→同じではないですが、自由「主義」になるなら、似た結果にはなるでしょうね。

> 西洋の自由と日本の自由が根本的に異なるものではない可能性を考えています。

→そもそも語原の意味のレベルで相違があるので、私は異なると考えています。

> 中庸に反する自由は良くないもので、中庸の範囲では自由は良いものであるという解釈ではなぜいけないのかということでもあります。

→いけなくないです。

http://asread.info/archives/2575

などで、以前に私も「自由」と「中庸」に言及しています。

> 中庸に反するものは良くないのは自由に限りません。
> 法律だろうと正義だろうと中庸に反するものは良くないと判断せざるを得ないのではないでしょうか。
> 道理に基づかないでも同じです。道理に基づかない法律や正義を肯定することはできません。

→そうですね。そうだと思います。

> 西洋ならキリスト教に基づかないものは良くないと表現するかもしれませんけどね。
> 日本にはキリスト教は根付いていませんからそういう事情が見えていないだけかと思います。
> キリスト教の呪縛から解放されるための○○主義であり、自由主義はその一つに過ぎないと考えると日本ではその意義を失っているとしても不思議ではありません。

→キリスト教という制限が強い宗教の反動で自由主義が出て来たというのはその通りだと私も思いますよ。

> 結論としては、西洋では勝手放埓が称賛されていると考えるのは間違いで、西洋でも抑止する思想(キリスト教)はあるが過剰なので反発する人が出てくる。

→「自由主義」と「キリスト教などの宗教意識」の組み合わせで安定する可能性はありえるでしょう。「自由主義」だけで考えるとおかしいわけですね。ですから、自由主義者もおかしいわけです。

> 日本では過剰ではない(道理・中庸)ので反発する人は少数派であるというところかと。

→そうですね。そうだと思います。
ていねいな回答ありがとうございます。    特に異論はないのですが、自由主義はおかしいと言われると抵抗がありますね(笑)。  西洋人は原罪の罪で服役中の囚人なので冤罪だ解放しろと言われると共感するところ大なのですが、原罪の感覚がない人だとこんな感じなのかなと思いました。  他の論文も読ませて頂きますね。

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