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 ASREADに、【≪木下元文の読書感想文≫ 中野剛志『富国と強兵 地政経済学序説』】が掲載されました。旬な本なので、無理を言ってすぐにアップしてもらいました。素晴らしかった点と、気になった点を合わせて述べているので、興味のある方は読んでみてください。
 この読書感想文はシリーズとして、不定期で書いていきたいと思います。予定は未定ですが。


 貴重な休みを一日費やし、バリー・ストラウド『君はいま夢を見ていないとどうして言えるのか―哲学的懐疑論の意義』を読みました。485ページもあり、値段も高めですが、後悔はしていません(笑)。
 かといって、人様へお勧めできるかというと、しないですね(苦笑)。哲学というものに、どっぷりとはまり込んでみたいという人には良書だと思いますが、そうでない人にとっては微妙な本ですし。
 難しい用語とかも出て来ますが、その用語の説明もきちんとなされています。でも、カント哲学を少しくらい理解していないとつらいかもしれませんね。

 


 今日は、哲学者の永井均さんの『存在と時間 ――哲学探究1』を買いました。

 読む価値のある本が手元にあるというのは、嬉しいものです。

 これから、じっくりと読んでいきます。


 ただし、この本を他人にお勧めするかというと、そんなことはしません。

 いじわるしているとか、そういうことではなく、確率を考えているからです。


 皆さんも、自分が読む価値があると思う本を読むべきです。

 少なくとも、私はそう思います。



 今号の特集は<「戦争」のできない国民>です。
 個人的に秀逸だと感じた記事を紹介します。

・「憲法をとるか、国防をとるか?」佐伯啓思

→ 戦後日本が変則的な事態の上にあることの指摘は重要です。

・「無秩序化する世界、沈む日本」柴山桂太

→ 現状認識の精度が高いレベルにあります。

・「軍事とはいまも生命の駆け引きである」東谷暁

→ 「ルトワックのパラドックス」は、パラドックスではなく現実だという指摘は重要です。
  何でもパラドックスとか言って、奇抜性を狙って注目を集めようとするような人には注意した方がよいと思いますね。

・「日本の外交論壇の知的不毛性」伊藤貫

→ 高いレベルというより、正確なレベルの論理性が示されている記事です。

・「誤解された思想家たち 法然房源空」小浜逸郎

→ 最後の一文がなければ、もっと良かったと思います。もったいないですね。


 全部の記事を読むのも大変なので、参考までに。



 久しぶりに時間がとれる休日なので、読書です。

 本日は、

(1)『西田幾多郎キーワード論集』

(2)『時間と絶対と相対と』入不二基義

(3)『人工知能は人間を超えるか』松尾豊

(4)『ヨブ記講演』内村鑑三

(5)『ヨブへの答え』ユング

(6)『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』田中森一

(7)『祈りの海』グレッグ・イーガン

 を回し読みです。

 一つの本をずっと読むのではなく、いくつかの本を少しずつ読むと、飽きがこなくて効率的に読めたりします。個人差があるでしょうけどね。



 今号の特集は、「沖縄 戦後ニッポンの鏡」です。

 沖縄を考える上で、「鼎談 ついに臨界に達した沖縄問題」における西部邁さんの見解は重要です。対談中で西部さんは、次のような問いを出しています。


 いまからでも遅くはないから格別の御高配を、これから何であるかについて考える。それをせねばいけない理由は、要するに総力戦を戦ってくれた唯一の住民であるからです。
 ところが問題は、沖縄はいまや平和の島になっているわけです。僕はあの戦さを自慢する沖縄人に会ったことがない。本心はどうなんですか。自慢しているの? 自分達が犠牲を被ったことを歎くだけで、戦ったことに胸を張る沖縄人はどれくらいいるの?


 その答えも、ある意味において出ています。さらに、西部さんの言葉を引用しましょう。


 沖縄に五回しか行っていないのに、初対面の方々に会う度にいま言ったような話を執拗にやって、全員に沈黙をもって応じられる。イエスとも言ってくれないが、ノーとも言わない。


 これで、論じるに十分な材料はすでにそろっています。ここからは、個人的な見解によって歩むべき方向が変わるのでしょう。

 私の意見を述べておくなら、格別の御高配は、その根拠の故に、今の沖縄の人たちには受け取る価値がないのではないかという疑惑を持っています。その疑惑を払拭するためには、西部さんの問いに、沖縄の人たちがどう応えるかにかかっているのです。

 ここで、イエスでもノーでもないということで、いろいろな理屈をこねくり回すことができます。しかし、それがどれほどもっともらしくとも、イエスと言えないことによる疚しさが透けて見えてしまうのです。

 イエスと言える人間が、沖縄に限らず何人いるのか。それが沖縄に対してどう向き合うのか、どう真剣に向き合うのかに決定的に重要になるでしょう。なぜなら、イエスという答えは、日本人による国防強化に向かうからです。

 柴山桂太さんは、「日本の「半独立」が基地を永続化させる」で次のように述べています。


 結局、日本が「半独立」から抜けだして国防強化に向かわない限り、真の意味での安全保障は確立されないし、沖縄と本土の間で広がる溝を埋めることもできないのだ。


 また、東谷暁さんの「日本人にとっての「ソラリス」」の次の発言にも触れておきます。


 いつかは沖縄が日本と一体になってくれるだろうと思っている人には残念なことに、地政学的にフロンティアに置かれる沖縄は、本土とは微妙なところで心理的に融け合うことはない。また、沖縄など日本から切り離したいと思う人にとっても、これまた残念なことに、いつまでも歴史・文化的繋がりのゆえに日本に親密につきまとうだろう。


 たしかにそうなのですが、それにも関わらず、私は沖縄の人たちを同じ日本人と見なすことにしています。それ故に、沖縄の人たちがもし失望するようなことを言うのなら、他の日本人が言ったときと同じように、特別な配慮などせずに、発言に見合った対応をとることになります。軽蔑すべきときは軽蔑し、敬意を表すべきときは表す、ということです。




 今更といえば今更なのですが、磯田道史さんの本は素晴らしいですね。

 もちろん『武士の家計簿』は原作も映画も見ていましたが、その他の作品も素晴らしいです。

 私が特にお勧めする作品は、『日本人の叡智』『無私の日本人』です。後者は最近文庫化されましたので、手軽に読めて嬉しいですね。

 この二つはマジでお勧めです。

 こういった素晴らしい作品は、安易な感想など書けないので、単純にお勧めするという形でご紹介させていただこうと思います。



 今号の特集は、「資本主義の砂漠 ピケティ現象もその一角」です。

 主に、ピケティの『21世紀の資本』に対する言及が多くみられます。今号も、気になった記事にコメントしていきます。


<座談会 保守思想が問う、ピケティ現象>

 西部邁氏の発言に違和感を覚えました。26ページでは、〈僕はピケティの本を詳しくは読んでいないので明確には分かりませんが〉と述べながら、44ページでは〈こうなってくると僕も乱暴な言葉になってきますが、やっぱりトマ・ピケティは不真面目な人じゃないかなと思ってしまう〉と言い出します。さらに51ページでは、〈格差反対だけで分厚い本を書かれたら、私は何とか読みましたが、本心は、読む気が起こらない(笑)〉と言い出す始末です。自己宣告からは読んだのか読んでいないのは不明瞭ですが、座談会の発言内容から判断するなら、明らかにきちんと読んではいないと思われます。


<資本主義ニヒリズムを越えて>富岡幸一郎
 いずれにしても、ピケティの主張は資本主義社会の矛盾を突いている、という程度の次元で日本でも話題となったに過ぎない。グローバリズムへの本質的な批判や自由貿易がもたらす弊害などへの課題は外されており、不平等という感覚に訴え、人間のルサンチマンを掻き立てるという意味で人気を博したのである。


→ 富岡氏に限りませんが、とりあえずピケティの功績をほとんど無視し、無理矢理におとしめるような記事が散見されたのは残念です。ルサンチマンを持ち出す者には、ニーチェその人がその典型ですが、同族嫌悪の可能性を指摘することができます。


<ピケティ騒動の意味するもの>佐伯啓思

→ 質の高い議論が展開されています。ピケティの見解に同意できる箇所を明確化した上で、その問題点が指摘されています。ピケティの議論を読み込んで、的確に理解した上で発言していることが分かります。



<民主主義は資本主義を救いうるか?>柴山桂太

 ピケティが資本主義の格差拡大を問題視するのは、それが「金持ち中心の政治」を復活させ、デモクラシーの原理を脅かすと考えるからである。だが、それは杞憂というものではないか。現代のデモクラシーは、親の財産で遊んで暮らす人々の存在を、決して許しはしない。


→ そうでしょうか?
 確かにデモクラシーには、その傾向性が内包されているでしょう。しかし、それにも関わらず、現在のデモクラシー国家アメリカがそうであるように、「金持ち中心の政治」がまかり通ることは可能でしょう。そして、その可能性に危機感を持つことも必要でしょう。世の中の複雑さ故に、それを杞憂と言ってしまうことは危険だと思われます。


<ピケティのEUナショナリズム>東谷暁
 この本が英語版でも「ユーロ」単位で押し切っていることがからしても、ピケティはアメリカが自分の提案を呑むなどと思っていないし、彼の説得の対象はヨーロッパ、それもフランスを中心とする大陸ヨーロッパであることは明らかだ。


→ 佐伯氏の記事と並んで、今号で重要なもう一つの記事です。他の安易なピケティ批判にはない観点が、この記事には示されています。


 さて、今号はピケティについて多くの原稿で言及されていますが、佐伯氏と東谷氏の記事がずば抜けて秀逸だったと述べておきます。



 今号の特集は、「プラトンに倣い、民主主義を疑え」です。
 表紙をめくってすぐの3ページ目には、〈民主主義そのものが無秩序でアナーキーな大衆社会を生み出し、「自由」という名の放縦を充満させ、人間の品格と社会の価値を破壊しつくしている〉とか、〈この「野蛮」を増幅させているのが、ネットなど情報化社会の愚劣な大衆性である〉と記されています。
 おどろおどろしい表現ですね。民主主義に問題があることは確かですが、このような過剰な表現を見せられると、逆についていけなくなります。民主主義を問題視するなら、被害を過大に宣伝するのではなく、事実に基づいた冷静な議論が必要でしょう。これでは、大衆批判という名の大衆性だと、皮肉の一つも言いたくなってしまいます。
 やはり何かを批判するときには、広い意味での芸(ウィットやユーモアなど)が必要になってくるのだと思われます。
 以下、気になった論文にコメントしてみます。



≪南モンゴルの悲劇(下) ヤルタ協定が滅ぼしたモンゴルとチベット≫三浦小太郎
 読む価値のある論文です。楊海英『チベットに舞う日本刀』(文藝春秋)について論じられています。



≪部屋の中で旗を振るな≫佐藤洋二郎
 大上段から他人を非難しまくっているのを見ると、読んでいて不快に感じられます。批判するにしても、やっぱり芸が必要なのだと再認識させてくれます。
 この論文の冒頭には、次のような批判があります。


 日本の政治家は本当に政治家なのかと思うことがある。他人事のような話や言ったことをやらない者ばかりが、報道機関に出てしゃべっているような気がする。彼らぐらいの知識なら、自分たちのほうがましだと考えている国民は多いのではないか。


 そこまで言うなら、それを批判する者はどれだけ賢いのかと期待してしまいますよね?
 論文の最後に示されている見解は次の通りです。


 民主党はコップの中の波を大海の波と勘違いせず、目を醒ましなさいと言いたい。しばらくは解散もないのだから、どうすれば政権を奪取できるかだけを考えればいい。それが自分たちが望む二大政党制をつくる基ではないのか。


 いや~、ひどい見解ですね。この程度の知識なら、自分たちのほうがましだと(以下略)。



≪民主主義は政治を破壊する≫佐伯啓思
 民主主義について、次のような言明があります。


 こうなると、民主主義なるものが政治を崩壊させるのも時間の問題になる。崩壊という言い方が強すぎれば、政治を混迷へ突き落とすといってもよいが、いずれにせよ、民主主義こそが問題を生み出すことになる。


 やっぱり、言い方って大事だなと思わされます。冒頭(3ページ目)のような表現だとひいてしまいますが、このような言い方なら素直に聞けますよね。



≪言葉、テロル、民主主義≫藤井聡
 議論をする資格が示されています。82ページ目には、次のような指摘があります。


 さらに事態を難しくしているのは、「議論に参加する人々『全員』がこうした資格を所持していなければ、その議論は破壊される運命にある」という事実である。


 この論文に対し、「言動不一致」というテーマで色々と書けますが、その議論は破壊される運命にあるので止めておきます(苦笑)。



 『漫画は思想する』に、『アホガール(5) (ヒロユキ)』―言葉の意味と概念の本質―を追加しました。

 今回も、アホが見抜く世の中の真実をお楽しみください。



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