『ロボット工学の三原則』

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 ロボット工学の三原則

第一条
 ロボットは人間に危害を加えてはならない。
 また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条
 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
 ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りではない。

第三条
 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、
 自己をまもらなければならない。

 ――『ロボット工学ハンドブック』、
    第五十六版、西暦二○五八年
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 ロボット工学三原則は、アイザック・アシモフの『われはロボット』で呈示された概念です。実際のロボット工学においても参考にされている基準です。『われはロボット』内の「証拠」においても、〈ロボット工学三原則は、世界の倫理体系の大多数の基本的指導原則〉だと言われています。確かにそうなのですが、その原則を逸脱する基準こそが真に価値あるものだと考える私のような危険な人物もいますので、注意が必要です。基本原則を逸脱する基準の探求こそが、心あるものの存在理由だと私は思うのです。
 『われはロボット』などのアシモフの作品内では、このロボット工学三原則が厳密に成り立つことを前提として、論理が組み立てられています。この論理構造に基づいて、様々な話が展開していきます。前期ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』内の真理函数を用いることで、成り立つ世界です。「人間」や「危険」や「危害」を伴う命題(文)に、真理函数を適用すれば良いのです。『論理哲学論考』における、次の命題番号の記述などが参考になります。

【4.21】
 最も単純な命題すなわち要素命題は、一事態の存立を主張する。
【4.26】
 真なる要素命題すべてを挙げれば、世界の完全なる記述となる。要素命題すべてを挙げ、加えて、要素命題のいずれが真、いずれが偽であるかを挙げれば、世界は完全に記述されたことになる。
【5】
 命題は要素命題の真理函数である。
 (要素命題はおのれ自身の真理函数である。)

 しかし、『論理哲学論考』は、世界を完全に記述していません。「ゲーデル・タルスキーの不完全性定理」が証明しているように、あるシステムの真理性は、そのシステム内部では定義不可能だからです。それゆえ『論理哲学論考』の世界は、実際の世界における限定された領域に対し、さらにある特定の制限を課した場合にしか成立しないのです。
 よって、ロボット工学三原則は、目指すべき一つの基準ではありますが、それが成り立っていることを前提にすることは、原理的に不可能なのです。『われはロボット』内の「迷子のロボット」では、〈われわれはロボットを使わずに仕事をするか――第一条を修正するかの境に立たされた――そこでわれわれは後者を選んだ〉という記述がありますが、現実にこのようなことはできないのです。第一条が不完全であるしかない現実の中で、なんとか第一条と折り合いをつけるしかないのです。世界は、後期ウィトゲンシュタインの『哲学探究』の番号三三七に示されているように、〈意図は状況の中に、人間の慣習と制度の中に、埋めこまれている〉からです。

 

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