『永井均の『哲おじさんと学くん』で哲学する』


 本書が哲学史上における傑作(かそれ以上)であることは間違いなく、永井均が哲学者としてずば抜けて優秀であることも疑いえません。しかしながら本書は、とても万人にお勧めできるようなものではありません。この水準に付いていける人は、限られていると思うからです。
 もし永井哲学に興味をもたれた方がおられるなら、いきなり本書からではなく、『〈子ども〉のための哲学』などから入ることをお勧めします。

 この哲学書では、題名にも出てくる哲おじさんと学くんが対話をしながら哲学をしていく形式になっています。たまに、悟おじさんも出てきますので、登場人物は3人だけになります。
 本書は「まえがき」によると、「ここで新たに哲学を実行しているその現場を示すための本」とのことなので、私もその現場を見ながら哲学してみようと思います。


<第11話>
学 でも、世の中にそんなことを不思議がっている人は誰もいないよね?
哲 いや、少なくとも一人はいる。
学 誰?
哲 私だ。

→ 格好良すぎる・・・。



<第21話>
悟 そういう考え方は自我にとらわれた考え方ではないかな。
哲 いや、おそらくはその逆です。

→ 見事です。なぜなら、それは、非人称的なあり方を捉える考え方だから。



<第27話>
哲 過去はもうなく、未来はまだない。にもかかわらずなぜあるのかといえば、今ある記憶や予期として今の中にあるからだ。実は、今しか存在しない。今がすべてなのだ。

→ ここで学くんは哲おじさんに返答していますが、私ならその返答とは違う返答をするでしょう。私なら、「でも、今がすべてだと言った瞬間に、その地点に到達した瞬間に、今がすべてだとは言えなくなるよね? そして原理的に、今がすべてだとは言えなくなるということが、本質的だよね?」と聞くでしょう。



<第28話>
哲 禅や西田哲学ではこれを主客未分というが、正しくない。主体と客体のではなく、私と世界の区別がないのだから、私界未分とでもいうべきだ。

→ 主客未分と私界未分が違うものだということは分かりますが、私界未分と西田哲学の「純粋経験」とはどう違うのでしょうか? そもそも純粋経験とは、私界未分と今永未分のことなのではないでしょうか? 違うというのなら、何が違うのでしょうか?



<第73話>
哲 つまり、世界は一枚の絵に描けるような構造をしてはいないのだ。正確に言えば、一枚の絵に収めようとしてもどうしても何かが飛び出してしまうような構造をしている。

→ これは感動的な台詞です。しかし、この本をしっかりとじっくりとここまで読み進めていない場合、この言葉はその人によって異なるものへと解釈されるでしょう。解釈されざるをえないでしょう。それでは、この感動が薄れてしまうので、できれば・・・。



<第77話>
哲 だから、この問いに答えようとしてはならない、とプリチャードは主張した。この問いに答えられないことが問題なのではなく、答えてしまうことが問題なのだ、と。

→ ここからさらに、一歩踏み込むべきなのではないでしょうか? 答えてしまうことが問題なのだから、さらに何か答えるべきものを探すべきなのではないでしょうか? いや、正確には、踏み込まざるを得ない人もいるのだと思います。そこには、おそらく哲学だけで救われるものと、哲学だけでは足りない者の対立が待ちかまえているのでしょう。



<第80話>
哲 充実は多くの場合何かの誤魔化しに由来する。人生は、本質的に空しく、根本的にその意味が分からないという意味で無意味なものだからだ。それが本質なのだから、それを味わい尽くしたほうが、生まれて生きた甲斐があるというものではないか。

→ それは、哲学そのものを救いにできる者にのみ適用できる台詞ではないでしょうか? そして、そのような者は、たまたまそうであるだけなのですから、たまたまそうである者はそうすれば良いとは思います。では、そうでない者は?



<第81話>
哲 言い換えれば、生き方なんかどうでもいいのだよ、結局は。

→ でも、それは結局、生き方なんかどうでもいいという生き方でしかないわけです。それは、いつまでもその構造を抜け出せないわけです。だから、その構造を眺めることに満足を覚える人生はありえるけど、そうでない人生もありえるわけです。



<第82話>
哲 君がそこまで見透しているなら何も言うことはない。それは本当のことだから。

→ そして、それが本当のことだから、だからこそ哲学には価値があるのだと思います。確定された友達は、哲学をどこかで無価値にしてしまうでしょう。友達が確定されていないということこそが、哲学が価値あるものであるための前提なのだから。




 

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