『SAPIO2011年12月7日号』

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 まず言っておくと、私は脱原発に賛成です。今号のゴーマニズム宣言で示されている反原発の論拠にも基本的には賛成です。ですから、懸念は、そのやり方だけです。

『利便性と換えられないもの』という論考において、佐伯啓思さんは、〈東京の町は暗くなり、全国的に脱原発で電力消費の削減が唱えられている。しかしだからといって誰も、あの麓郷(ろくごう)へ移住しようなどとは言わない〉と述べています。これは電気のない生活には戻れないということを述べているだけです。ですが、小林さんは『SAPIO2011105日号』のゴーマニズム宣言で、〈脱原発の気運に批判的な立場を選んでしまったのだ〉と、誰も言ってない暴論を、論敵(佐伯さん)が言っているかのようにデマ飛ばして攻撃しているように思えます。〈佐伯啓思までが「『五郎の丸太小屋』には住めないだろう」と言い出すとは、夢にも思わなかった〉と小林さんは言っていますが、これは脱原発ができないということでは全然なくて、電気のない生活には戻れないというだけのことです。

詳細は、『SAPIO2011105日号』の感想にも書いてあるので、興味があったら見てください。

ちなみに佐伯さんは、『表現者39』の座談会で、〈僕はガヴァナンスの一環として、脱グローバリズム、脱原発、脱金融資本主義を入れるべきだと思います〉と述べています。

 まともな意見をデマで潰して、今号の57ページの欄外で小林さんは、〈もう「保守」と言える知識人はいない。自称保守がいるだけだ〉と述べています。小林さんが、脱原発を現実的に実現したいのか、それとも自分だけが正しいことを言っていることにしたいだけなのか、正直分からなくなってしまいました。

 『利便性と換えられないもの』という論考はまだネットでも見ることができるので、小林さんの言うように、脱原発の気運に批判的な立場を選んでいるのか確認してみてください。選んでいるなら、私の読解が間違っているので、根拠を教えてくだされば謝罪して訂正します。

 

 全く話はかわりますが、今号の『業田良家の「ガラガラポン!日本政治」』の三つ目の四コマは最高です。ウィットとユーモアの両方が非常に高いレベルで示されていると思います。

 

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