『反・自由貿易論(新潮新書)』中野剛志

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 『TPP亡国論』から2年と少し。もうそんなに前になってたんですねぇ・・・。論理的に完膚なく、TPPへ邁進することの愚を明らかにしたのにも関わらず、安倍自民党はTPPという日本的なものを破壊する行為へ向かって行っているように見えます。
 この『反・自由貿易論』は、これまでの世界情勢を踏まえて、自由貿易を批判的に検討しつつ、TPPへの警鐘を奏でています。
 中野さんは、〈経済学者は、自由貿易理論が極めて限定的で非現実的な条件を前提としていることを伏せたまま、「経済学の理論は、自由貿易はメリットをもたらすとしている」という結果だけを主張して、貿易自由化を正当化することが少なくありません。これはほとんど詐欺に近い行為と言ってもよいのではないでしょうか(p.29)〉と述べています。その通りだと思います。
 本書は、反・自由貿易だけではなく、反・グローバリズムでもあります。〈グローバル化こそが世界的経済危機の原因であるなら、その解決策は「グローバル化を制御すること」であるはずです。安定的な世界経済秩序を再構築するためには、グローバル市場に経済を全て任せるのではなく、政治が介入してその市場を管理し、グローバル・インバランスを是正しなければなりません(p.104)〉というわけです。
 本書で特に感慨深かった箇所は、p.124の「農村にあった直感と智恵」です。もちろん、農村には農村特有の陰湿さもあるわけですが、それらを含めても、農村には先祖からつながる知恵があるのです。ここの文章は、大人としての品格がにじみ出ていると感じました。〈各地の農協を訪問して、特に印象深かったのは、どんな小さな町村の農協であっても、その地の組合長に選ばれている方はひとかどの人物であったということです(p.124)〉と語られています。また、〈神楽は中国地方だけでなく、東北、九州地方など農業が盛んな地域を中心に日本各地に存在し、神楽団体は全国で700近くもあるのです。そして神楽のような地元に根ざした伝統芸能が、高齢化と過疎化を抑制し、山間部の小さな農村を生き生きとしたものにしていたのです(p.128)〉ともあります。素晴らしいですね。中野さんは、〈TPPを巡る騒動は、まさに「日本的なもの」が破壊されていく過程でした。そして、反対派が何とかして守りたかったのも、この「日本的なもの」だったのです。各地の農村を訪れたおかげで、私ははっきりとそれを知ることができました(p.129)〉と述べています。
 本書の結論は、インターナショナルへと導かれています。〈経済を「グローバル化」ではなく「国際化(インターナショナル化)」する。これこそ、我々が、日本人のみならず人類全体が目指すべき世界秩序の構想なのではないでしょうか(p.192)〉と語られています。この結論に私は感動を覚えました。なぜなら、私が心から尊敬するヨハン・ホイジンガが、ナチスの猛威が振るう危機のヨーロッパにおいて、圧倒的な絶望の中で希望を語った言葉と重なったからです。ホイジンガの『朝の影のなかに』の、ホイジンガの残した言葉を以下に示して、本著の感想を終えたいと思います。

 いずこの地にてであれ、よしんばひよわなものであれ、真正のインターナショナリズムの芽が出たならば、それを支え、水を与えよ。生きた水、おのれじしんの国家意識の水を与えよ。芽は、その水をうけて、つよく育つであろう。インターナショナルな感覚、これは、すでにそのことばからして、ナショナルなものの保持を想定しているのである。だが、そのナショナルなものとは、たがいにみとめあい、差異のうちに差別をつけない態のものでなければならない。インターナショナルな感覚は、新しい倫理の器となるであろう。その倫理にあっては、集産主義と個人主義の対立も止揚されるであろう。それがのぞめるほどまでに、いつかはこの世界も、それほどまでによくなるであろうとは、これはむなしい夢であろうか。たとえ夢であるとしても、しかし、わたしたちは、理想を高くかかげなければならないのである。

 

『朝の影のなかに(中公文庫)』ホイジンガ (著), 堀越 孝一 (翻訳) より敬意を込めて抜粋。

 

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